絶望に落ちた夜



 私はオーラルの練習をしていた。


 いつものようにお母様との魔法の練習。


 その日は何故か調子がよくて、いつも以上に頑張った。


「凄いわよ、フラン」


 そして精霊化オーラルフォーゼまで出来てしまった。





 その日の夜に悪夢は起きた。



 私が寝苦しいと目を覚ました後に見えたのは私に覆い被さっているお母様の姿だった。


 ベッドを囲むように火が立ち上ぼる。


 何かに守られているように火は私のベットに近寄ろうとしない。


 火の灯りから部屋の全体が浮かび上がる。


 間違いなくここは私の部屋で、私のベッドは白色の筈なのに所々赤く変色している。


 それは悪夢のようで。


「お母様?」


 いつものように暖かい声を聞かせて。


「お母様?」


 不安で一杯な私の頭を撫でて。


「お母様?」


 お母様の頬に手を当てて起きてと願いを込めて声をかける、だけど触れた手から否応に伝わってくる。


 お母様の身体は段々と冷たくなっていくのだ。



 私の願いが通じたのかお母様は薄らと目を開けて、おぼろげな瞳で私を見つめる。


「……の」


 お母様から微かに声が聞こえてくる、私はお母様を抱き寄せた。


「お母様!」


 私の不安を察したのか、お母様は私の頬に手を触れると。


「私の希望、だけは」


 振り絞る声が微かに聞こえてくる。


『貴女の、み、らい、に加護が、あら、んことを』


 ぎこちない笑み。


『フィオーラ』




 なんで? なんで?


 視界が一瞬で変わる。


 私の部屋からお屋敷の外に転移した。


 そこはお屋敷から少し離れた森の奥。


 そこからでもお屋敷から立ち上ぼる火の海は私にこれは現実だと訴えていた。




 私はお屋敷に急いで戻る。


「お母様、お母様、お母様、お母様」


 お母様の命が危ないから。


 お屋敷の近くに来た私は崩壊していくお屋敷を見ながら木の影に隠れた。


「俺は今ものすご~く機嫌がいい!」


 黒銀のオーラを纏った人物が崩壊した屋敷の上で何かを持ち上げながら叫んでいる。


「まさか、俺の魔法を食らってなお、娘を助けに走るとは人族風情がたいしたものだ」


 その何かはピクリとも動かない。


「お前らも運が悪かったな~こんな辺境に屋敷を建てたことはまだいいんだ」


 私はその人物の言葉に耳を傾ける。


 何が? 何がいけなかったの?




『悪かったのは俺の通り道に家を建てたことだ』




 私の目の前は一瞬で真っ暗になった。


 そんなことで?


 そんなことで私の家をお母様を。


「ふざけるな!」


 私はソイツに向かって声を出す。


「やっと出てきたな、命がけで守った子供を後追いさせるのも好きなんだよぁ~俺は」


 ニタァ~と笑みを私に向けるソイツ。


 ソイツが私に近づいてくる。


「自分がしたことが無意味だったとあの世で思わせることが出来るって最高だろ?」


 怒りに身を任せて出てきた私は今更ながらに後悔した。


 ソイツが持っているピクリとも動かない物の姿が近づいてくるにつれて露わになる。


「お、かあ、さま」


 私の全身から力が抜けると地面に膝が降りる。


 信じたくなかった、まだ助かると心の中の淡い希望も砕かれた。


「あぁ、コイツが気になるのか?」


 ソイツはお母様を物のように扱う。


「よ~く見とくんだぞ」


 ソイツの顔は不気味に歪むと。


 持っている手から闇のような炎を出して動かないお母様を飲み込んだ。


 その炎が消えると灰すらも残らずお母様は消えた。


 私の中の怒りが声にならない。


 理不尽な世の中。


 ふっとお母様の笑顔が脳裏によぎる。




『私達がもしピンチになったら剣の勇者様が助けに来てくれるから』




「剣の勇者様が貴方なんかやっつけてくれるんだから!」


「剣の勇者だと笑わせてくれる! 誰でも知っている、そんな奴はこの世界にいない!」


 嘘だ! お母様が嘘をつくはずがない。


 絶対に助けに来てくれるんだから!


「お喋りはここまでだ、死ね!」


 はっきりとわかる気持ち悪くなるような笑みを張り付けて拳を高々と掲げると私に向かって振り下ろす。


 だがそれは薄い膜のような光の壁に弾かれる。


「あの女、めんどくさい事をしてくれたな」


 私はお母様に守られている。


 安心感が沸き起こってくる。


「機嫌がよかったのにな、俺を怒らせた事を後悔しろ」


 お母様を飲み込んだ黒い炎が両手の拳に燃え上がる。


「痛みを味わいながら死んでいけ!」


 ゴッゴッと光の壁を殴り付ける男。


 段々とヒビが入っていき安心感が段々と無くなる。


 安心感の隙間を埋めるように恐怖で塗りつぶしながら私の心を覆っていく。


 パリンと心の全てが恐怖で染まる頃に光の壁も砕けた。


 心も疲れ果てたのか私の視界は暗闇に染まった。






「倒れた少女に止めを射すのは俺の趣味なんだよなぁ~」




『ほう、それは随分と気持ち悪い趣味だな』



 月明かりが照らす闇の中から声が聞こえる。


「誰だ?」


 男は声がした方向に振り向く。


「頭悪い奴等はそれしか言わねぇな」


「きゅい!」


 肩に黒い小さなドラゴンを乗せた銀髪の少年は名乗る。




『俺は剣の勇者だ』






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