竜王




 僕が知っている世界は最初から夢だったかのように消え去った。


「ねぇフィリアちゃんはどう思う?」


 フィーリオン剣士学園の女子寮で記憶が改変されなかったフィリアちゃんと話す。


 昨日から必死に集めた情報をフィリアちゃんと交換している。


 世界が変わったかのように色々な事が変わっていたからだ。


「昔の剣の勇者をよく知っている者は改変出来なかったという訳じゃな」


 僕は昔の剣の勇者と会ったことはあるけど、よく知っている程ではないから女神様の改変に巻き込まれたんだと思う。


 それが良かった事もあり、僕は改変前の記憶と改変後の記憶をすでに持っている。


「リリアが忘れるというのは我も衝撃だったな、記憶というのは脆いものなのかもしれん」


「違うよ! リリアちゃんは少し忘れてるだけ! すぐに、すぐに記憶を取り戻すよ!」


 立ち上がって叫ぶ僕を見てフィリアちゃんが驚く。


 クレス君から聞いたことがある。




『クレス君はなんでリリアちゃんの事を気にかけてるんだい? 兄妹ってだけじゃない気がするんだよ』


『ユウカも分かるだろ? 元勇者ならな。人の汚さ、戦いの醜さ、命の尊さ、勇者はいつだって精神を磨り減らされる』


『うん』


『だけどな、欠けた心をリリアは笑顔で暖かさで埋めてくれた……リリアから貰った大事な物だ』


『兄妹以上に大切なんだね』


『あぁ、俺の生きる意味だ』


 ニカリと笑い教室に入って行ったのをユウカは覚えている。




「なのに……なのに、そんなリリアちゃんがクレス君を忘れるなんて」


 僕は座りながらクールダウンする。



 その場でアナウンスが流れる。


『優等生で出られる方はフィーリオンのゲートに行ってください、魔物の群れが攻めてきました。繰り返します……』


 そのアナウンスに耳をすませる。


「確かめに行ってはどうじゃ? クレスはどうせ、そこにおるじゃろ」


「そうだね!」


 僕はフィリアちゃんの部屋から出ていく。




 見覚えのある後ろ姿に僕は安堵した。



『クレス君? 僕は怒ってるよ』


 話してみて分かったのが、クレス君は変わらずクレス君だったという事。



 クレス君を忘れているリリアちゃんに少し嫌がらせをしてしまった。


 僕のせいでリリアちゃんに嫌われて落ち込むクレス君もこの現状を受け入れているように思えた。




 そしてギルドに行くと言い出した時にニヤニヤとしてるから逃げる作戦でも思い付いたんだと確信した。


 クレス君からチートってよく言われる直感を使わなくてもいいぐらいにバレバレだ。


 嘘とか何かを企む時はすぐバレる事を本人には自覚がないらしい。




 僕はギルドの部屋の前で待たされた。


 ガチャリと鍵を閉める音が聞こえて僕は神化を使い扉を壊して中に入る。


 これだけは伝えないと!



『約束は絶対守って貰うからね!』



 クレス君は約束を絶対守るって知ってるから。


「逃げることぐらい分かってたよ、クレス君がいたら楽だったのにな」


 僕は呟く。


 僕達だけじゃ無理だよ。


「あ、あの」


 受付にいたお姉さんが話しかけてくる。


「ごめんね、これ修理代」


 学生証を見せるとお姉さんは上からタグをかざす。


「迷惑料も取っちゃっていいよ」


「いえ、そこまでは要りません! 英雄様ですから」


 本当はクレス君が貰う筈だった英雄の称号に罪悪感が生まれる。





 そして一週間後に予想していた未来が現実になる。


「外れてくれたらよかったんだけどね」


「直感が外れる訳ないじゃろ」


 フィーリオン王国の門の前で学園の優等生が勢揃いする。


 冒険者は一人もいない。


 優等生の中には僕の妹のミライちゃんまでいる、姉としては鼻が高い。


 元邪神のフィリアちゃん、同じクラスのフレイル君とアクア君もリリアちゃんの両隣にいる。


 元プレイヤーが多くいるように思う。


 そして元天才と言われたミミリアちゃん、今では剣の勇者を召喚した国のお姫さまということで禁忌の姫と呼ばれている。


 世界のつじつま合わせでミミリアちゃんが学園にいる理由は入ったら転校できないという規則があるからだ。


 剣の勇者に憧れて入ってきたというのに世界を揺るがせた剣の勇者に今は皆んな嫌悪感で染まっている。


「クレス君さっさと来てくれないかな~」


「来てくれたならと思う我もそうとうクレスの英雄っぷりに魅せられておるな」


「神級が二十五体しかも旧クラスのとか僕もう逃げたいよ」


 旧クラスではクレスが言っていた神級、新クラスは旧クラスで上級の魔物だ。


 神級魔物のクラスは新クラスと旧クラスに別れる。




 魔物達はフィーリオンに攻めてこない。


 学園の優等生が魔法で攻撃をしているが魔物はかすり傷一つ付いていない


『汝らが我の友を葬ったと言うのか?』


 低い声と共に赤黒いドラゴンが優等生に話しかける。


『ハヤク、ニンゲン、コロス』


 狼型の魔物が口を開く。


『黙れ!』


 ドラゴンの威嚇で狼型が黙る。


 魔物達は統率が取れていないようだ。


『我は竜王ブラッド・ドラゴン、コヤツラとは関係ない! 確かめに来たのだ! 我の友を葬ったというのは本当かと!』


「友と言うのは誰なんだ!」


 ミミリアちゃんが竜王ブラッド・ドラゴンに尋ねる。


『剣の勇者ユウ・オキタだ』


 この魔物の群れの中で一番強いと言っても良いほどの魔物。


 他の魔物を従えて来たと言う訳じゃないらしい。


「それは誰に聞いたんだい?」


 僕は先頭に立ち竜王に尋ねる。


『それを汝らに言う必要があるのか?』


「ふむ、闇の女神が関わっているのか」


『ッ! 久しぶりに面白い人間に会った、我を驚かせる者がまだ居たとはな』


「竜王は改変されてないんだね」


『我があのような魔法にかかるはずがない』


「じゃあ僕達の味方をしてくれないか? 一つだけ今君に言える事がある、信じてくれるならこの魔法弾いたらダメだよ」





 竜王はユウカの瞳をジッと見つめる。


『テレパシー』


 竜王は目を見開くとユウカはニヤリと笑う。


『面白い気が変わった』


 竜王は羽を広げ飛び立つとフィーリオンの国を背に飛び降りる。


『ユウカと言ったか? 虚言であれば許さぬぞ』


「虚言だったら最初から信じてないよね」


『フハハハ、神級の魔物を相手にするのは久しぶりだ! ここは友の言葉を借りるとしよう』


 心底楽しそうに笑う竜王。



『手加減してやるからかかってこい』



 竜王の周りに荒々しく吹き荒れる魔力の渦。


「これで手加減とか戦わなくて良かった、そんなのと渡り合うクレス君も本当に化物だよ」


 ユウカの呆れた言葉をきっかけに魔物達が動く。


『ウラギッ』


『ウラギタ』


『ウギッデ』


『ウラギッタ』


 相対する魔物達の周りにも荒々しく魔力の渦が出来上がる。


「僕も本気で行かないとリリアちゃんを守れない……守れなかったら剣の勇者が本当に世界を滅ぼしちゃうよ」


「そうじゃな」


 リリアを任された身には堪らないなとフィリアとユウカは思ったのだった。


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