雑魚







 俺は右手の模擬剣でアクアを指す。



「おい、お前! 俺に一撃でも当てられたらリリアに近づくことを許してやるだから」


「いいんですか? リリアさんのお兄さんだからって手加減しなくても」


「手加減? それは俺のすることだ、それよりお前は俺に一撃でも当てないとリリアに近寄らせない」


 アクアは剣は構え直す。


「手加減なんていりません! じゃあ、行きますよ!」


 アクアの姿が消える。


 能力が下がりまくってる俺は動けてない。


『バタッ!』


 アクアが突然に尻を地面につく。


「えっ!」


「知ってるか? まず戦闘では場所取りが基本だ。もしその場所取りで自分がいる場所も取られた場合の事を考えた事があるのか?」


 俺は尻をつき全く動けてないアクアに近づく。


「お前は魔力量で戦闘の勝ち負けが決まると思ってる。剣の勇者は魔力があったという説もあるみたいだが、もし魔力がなかった場合どうやって邪神に勝ったんだろうな?」


「それは魔法を斬れるからじゃないんですか?」


「魔法が斬れたからって全部が全部斬れる訳じゃないだろ。しかも全方位から神級の魔法が雨のように降ってきたらさすがに負ける。相手は魔力が多い魔族なんだぞ? 無尽蔵に魔法を放てる」


「そしたら魔力が剣の勇者にもあったんじゃないですか」


「俺が言いたいのは魔力量はそれだけで有利になるが戦闘の基本も大事だと言うことだ。どんな物でも極めればそれが強さになる」


「じゃあ僕がいま倒れてるのはクレスさんがやったと?」


「それはな、お前が自分のいるところを守れなかったからだ。歩行を極めれば相手の居場所を奪える」






 クレスはアクアを見下しながら続ける。


「それじゃあ手加減をしてやろう」


 クレスは邪悪な笑みを浮かべ。


『相手にならないからな』


 元勇者のセリフではない。


 クレスも妹をかけてるんだ。真剣にやらない訳じゃない。


 クレスは今、無理をしてる状態だ。


 ガムテープで縛られた状態で無理矢理にでも剥がそうとしてる時に近い感覚じゃないだろうか。


(あとは絶対に勝てないと脅しをかければいいだろう)


 その時だった。


「グッ!」


 横から来た魔法がクレスに当たる。


「おいおい、こんなのも避けられないのかよ」


 左腕から痛みを感じる。


「お前!」


 赤髪の男が突っかかってきた。


 さすがに今のクレスはアクアに集中していないと負ける事はわかっていた。弱体化の魔法でクレスの能力は異常に下がっていたのだ。





 ミントが横から入る。


「貴方達、ケンカはやめなさい!」


 自分の弱さに吐き気がする。魔力が無いことで絶望したことは何度もあるがそれでも自分の剣を信じていた。


 これが昔の世界なら俺は死んでたな。




 それからミントが間に入り授業は滞りなく終わった。


 アクアとの面接は俺がケガをしたことで取り止めだ。


 リリアは俺がケガをした左腕に回復魔法をかけながらずっと傍にいてくれた。


 本当に可愛い妹だ。


 赤髪の男に強烈な殺気を放った時は俺の不注意だということで怒りを鎮めてくれた。


 


 次の日から周りの態度が豹変した。


 魔力テストに向けて授業をたんたんとこなしていく。


 最初からそうだったといえばそうだったと思うが、思っていた事を直接言ってくるようになったのだ。


 まぁ俺は気にしないし多分だがアクアが本当に真剣にやってたら俺は負けてただろう。


 歩行を極めた場所取り? あれは油断してる奴にしか効かない猫だましの技だ。


 こけおどしの技を使って勝とうとしたのはそれほどまでに今の俺は弱いからだ。


 弱体化の魔法はそれほどに強力だということ。


 俺をバカにしてくるのは赤い髪が印象的で名前はフレイル・ジ・マルクスというらしい。


 悪ガキなのにコイツは貴族で美少年だ。


 イケメンで貴族なら許されるのか! うらやましい。


 コイツもリリアをチラ見していた一人だ。


 俺が思うに兄ちゃんより強いぜ! かっこいいだろみたいな事をしたいんだろうが。


 リリアは俺の事で怒ってくれる可愛い妹だ。兄想いの妹様にそんな事をしたら嫌われるのは当然。




 そして魔力テスト前日。


「おう、クレス! 今日も来てたのかお前がいたら空気が汚れるな」


 椅子に座っている俺にフレイルが突っかかってくる。


 正直、俺には別にどうでもいいことだが。


「お兄ちゃんにそんなこと言わないでよ!」


 いつものことだ、リリアは俺の為に怒ってくれる。


「リリア~こんな奴ほっといて俺と遊ぼうぜ」


 は? 何言ってんの? コイツ。


「私はお兄ちゃんと一緒だもん、貴方とは遊ばない」


「そうか、じゃあ貴族の権力で女なんかどうとでもなるんだよ!」


「やめろよ!」


 アクアがリリアとフレイルの間に入る。


「はぁ~、アクアか平民上がり風情が! いつの間に俺の前に立てるようになったんだ!」


「僕は貴族だ、フレイル! 権力にお前との差はない。お前の横やりのせいでまだ試験が終わってないんだ! だがな僕の力が足りないことは思い知らさせた。止めて貰った事には感謝してる。また再試験ができるからな」


「力が足りない? 訳のわからないこと言ってるがそこの雑魚を庇うならお前も標的だぞ」


 雑魚ということは否定できないよな。うん、もう剣術でどうにかできるレベルを越えてるもん。


 だって身体を動かすにもやっとだぞ。なんか動きにくいなって思ってたら呪いの影響って知らされて知る前より動きにくい身体になってしまった。


「明日の魔力テストでトップになったらリリアさんの傍にふさわしいと思う! フレイル勝負だ!」


 ちょっと待てお前ら、盛り上がってるけどリリアはもう無視してるぞ。


 俺に『はい、お兄ちゃん』と言いながら水筒に入ってるお茶をコップに注ぎ、俺と一緒にティータイムに入ってるぞ。


「僕はリリアさんが好きだ! そしてクレスさんにも認めて貰う! お前なんかに渡せない」


 さっきから思ってたけどアクアって主人公みたいだよな~。


「やってやるよ! 俺もリリアに一目惚れした! リリアは俺の物だ!」


 アクアはまだ俺に認めて貰うまで手を出さないと言うがフレイルは、はっ? やっていい? コイツ! 俺の物だとか抜かしやがったぞ!


 殺ってやる! 俺は椅子から立とうとして。


『お兄ちゃん、おかわりは?』


『いただくよ~』


 席に座る。


 リリアが淹れてくれたお茶はうまいな~。


 リリアの話をしているのにリリアは俺の方しか見ていない。


 主人公とライバルの劇を見ている感覚で俺はリリアが出してくるお茶を飲むのだった。


 



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