勇者、受け入れ難い現実から逃避する苦しみでポンポンペイン
再び、暗闇が視界を支配する。
ランタンの光を頼りに、俺はパンテーヌと共に、背後霊みたいにインテルフィくっつけた状態でラクスに駆け寄った。
幸い、ラクスは水の張っている窪みに投げ出されたおかげで大きな怪我はなかったようだ。
「リラ団長……どうして」
血の気を失ったラクスのくちびるが、言葉を紡ぐ。
泣きそうに顔を歪ませるラクスの肩を掴んで自分の方を向かせると、パンテーヌは毅然とした口調で言い聞かせた。
「お姉様、しっかりして! リラ団長は操られているだけです! でなきゃ私達に攻撃なんてしません!」
「そうですわ。それにリラ団長さんは、ラクスさんを助けようとしたではありませんか」
インテルフィに言われ、俺も気付いた。
リラ団長はインキュバスに操られている。俺達を攻撃してくるのは、そのせいだ。彼女の意志とは関係なく、インキュバスにとって脅威となる存在を排除するよう仕向けられているらしい。
しかしリラ団長はさっき、ラクスを突き飛ばした。あれは反射して襲ってきた雷から、ラクスを守ろうとしての行動だったに違いない。
「ほら、見て」
インテルフィが、雷の落ちた岩盤を指差す。
「穴が開くどころか、焼けてもいないでしょう? あの方、熱量は高くても随分と威力の低い魔法をお使いだったようですわよ」
ラクスとパンテーヌが黙り込む。
つまりリラ団長は、操られながらもインキュバスの魔力に必死に抗おうとしている、ということだ。大切な仲間を、傷付けないように。
意志を奪われて傀儡と化した美女を止め、愛の力で美女の心を取り戻すのは、勇者と相場が決まっている。もちろん、心無い行為に傷付いた彼女を慰めて受け止めるアフターケアも含めて、だ。
でも……けれど……だけど、だけどだけどだけど!
「お願いだから、帰って。さもなくば、今度こそ本気で戦うしかなくなるわ。ここから早く立ち去って!」
夜風をさらうように、鈴の音に似た声が降ってくる。暗い上にゴリラ顔なのでよくわからなかったが、リラ団長は悲しげな表情をしていた……ように思えた。
ああー、声は可愛いのになー!
目を閉じて声だけ聞いてると、余裕で抱ける感じなんだけどなー!!
「パンテーヌよ、リラ団長はああ言っているが?」
「ええ、お姉様。ワンピースを着ているリラ団長、可愛すぎです」
「だよな、あんなに可愛い団長を放っておけるわけがないよな」
会話になってるんだかなってないんだかわからないやり取りをしてから、ラクスとパンテーヌはひそひそ声でインテルフィに尋ねた。
「要は、あのショボい男を張り倒せばいいんだよな?」
「あの地味メンをブチ殺せば、リラ団長を取り戻せるというわけですね?」
インテルフィはしっかり頷き、俺に笑顔を向けた。
「さあ、エージ。いよいよ出番ですわよ! ……エージ? どうしたの?」
「す、すまねぇ……急に腹の調子が悪くなって」
前屈みになって両腕で腹を抱え、なるべく辛そうな表情を作り、俺はか細い声で答えた。
「また腹を壊したのか? 懲りない奴だな。リラ団長にお願いして、あの家のトイレ貸してもらうか?」
「やだー、何かウン○コ臭いと思ったらエージさんだったんですねー。くっさーい、もう漏らしてるんじゃないですかー?」
どうして腹が痛いイコール、そっち系だと思われてしまうのか。しかも漏らしてないのに、ウ○ンコ臭いとまで言われなきゃならないのか。
だが、今は何でもいい。信じてくれるならゲリラーと思われたって構わない。
ああ、わかっているさ……こんな時に仮病を使うなんて、最低だ。
でもさあ、でもさあ、でもさあ!
リラ団長こそが、運命の相手だと信じてここまで来たのに……それがゴリラだっただなんて。人は見た目によらないとは言うけど、でもゴリラなんてゴリラなんてゴリラなんて!!
俺があまりにも悲壮な顔をしていたせいか、インテルフィが珍しく心配そうに囁いた。
「エージ、大丈夫? 痛いの痛いの飛んでけをしてあげましょうか? そうだわ、ラクスさんとパンテーヌさんに治癒魔法を施していただければ」
「すまない、もう魔力切れなんだ」
「ごめんなさい、私もです……」
二人がロープから覗く長い耳を垂れて詫びる。
「インテルフィ様個人の能力ではダメなのか? 確か再生も可能だったはずでは?」
「そうだ、インテルフィ様の加護で、エージさんが自己治癒すれば問題ないのではありませんか?」
ラクスとパンテーヌの提案に、インテルフィは力なく首を横に振った。
「わたくしの再生能力は、自らが破壊したものにしか使えないのです。それに、エージは己のために加護を使おうとしません。道中でお腹を壊した時も、我慢していたでしょう? 大切なものが奪われる辛さを知っているから、なるべく加護に頼らないようにしているのです。そんな健気なエージに、わたくしから無理矢理に加護を与えるなんてできませんわ」
皆があまりにも優しくて、ついに俺の両目から涙が溢れた。
彼女達の向こうに、リラ団長の姿が見える。
涙で揺らぐ視界の中でも、ゴリラだ。どこまでも逞しく、女なのにとてつもなく雄々しいゴリラだ。混血らしいけど、どこにも人の要素が見られない、めっちゃすんごくとってもゴリラだ!
うわぁああん! やっぱりゴリラは無理だあ! エージのエージがエージしないもん!
星がキレイからの君の方がキレイだ……の流れが破綻するもん! キレイって言ったら『お世辞なんかいらねーんだよ!』ってボコられてドムられてウホられそうだもん!!
リラ団長は、ラクス達にとって大切な存在。そしてリラ団長にとっても、それは同じなのだろう。
だからこそ懸命にインキュバスの魔力に抗い、警告までして二人を傷付けまいとしているのだ。だって俺達を追い出したいなら、今こうしてのんびり作戦会議をしている間にも攻撃してくるはずだ。
ラクスとパンテーヌが言っていた通り、きっと優しくて意志が強くて人……じゃくてゴリラ……じゃなくてゴリウホ族なんだと思う。
わかる、頭ではわかるけれども!
すまん…………俺はあのゴリラ女を救うために、大切なものを捨てられない!!
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