勇者、事前情報の確認はとても大切と悟る


 確認しなかった俺も、悪かったとは思う。


 でもラクスとパンテーヌは、非の打ち所のない美人だと言った。美人ってより武人じゃん……俺が聞き間違えたのか? なあ?


 部分的にモフみがあるのが可愛いとも言ってたよな? 確かに、顔とか手のひらとか胸元とかはモッサリしてないけどさあ……明らかにあの毛の質感、モフじゃねーだろ。ゴワもしくはゴソもしくはゴリだろ? 可愛いも皮良いと聞き間違えたってのか? おい?


 思えば彼女達は、自分達の美しさにまるで無頓着だった。どれだけ綺麗だ可愛いと褒めても聞き流された。このイケメンなる俺すら、キモイウザイウスイと毛無し……じゃなくて貶していた。顔を洗う時も力任せにガシガシして拭きもせず放置してたし、見兼ねた俺がそこらに生えていたへチムァで化粧水を作ってやったのにスキンケアを全く知らないらしくてゴクゴク飲み干しやがったし、洗濯している時にチラッと見たパンツも、姉妹お揃いで黄土色のウン○コ柄と壊滅的にダサかった。


 彼女達が俺に全然靡かなかった時点で、察するべきだったのだ。こいつらの美女基準は、俺の理想と大きくかけ離れているのだと。



 さようなら……俺のトキメキ・エブリデイ…………。



「伏せてっ!」



 打ち拉がれていたら、パンテーヌの鋭い叱咤が耳に届いた。と同時に、側にいたインテルフィが俺の頭に体重を乗せて地面に押し付ける。


 ゴツンっていった! 思いっ切り頭打った! 大切なサークレット、割れたかもぉぉぉ!


 しかし、それに文句を言うなんてできなかった。自分達がいた場所を狙って、ビームみたいに雷が走ったのだから!


 雷属性の攻撃魔法は通常、上部に雷雲を発生させて下に向かって落とす。魔力の高い者なら、対象相手の真上に密度の濃い小さめの雷雲を作って攻撃することも可能だが、ほとんどがランダムに落雷する。どこに落ちるかは術者にもわからない、それが雷属性魔法の怖さだ。


 だが、信じたくはないけれどリラ団長であるらしいゴリラ女が見せたのは、『自分の周りに雷雲を作って真横に雷を飛ばす』という常識破りの魔法だった。しかも、ピンポイントで俺達に照準を合わせて、だ。


 これを実現させるには、高等な雷属性魔法だけでなく、重力魔法も使わねばならない。しかし、認めたくはないがリラ団長だというゴリラ女は、両腕に陰気ュバスを抱いたままだ。つまり――――魔導書なしで、この恐ろしい魔法を放ったのである!



「…………あんな難解な詠唱を、暗記しているのか……!?」



 インテルフィに頭を押さえつけられたまま、俺は呻くように言った。


 そうだ、ラクスとパンテーヌは!?


 二人の無事を確認しようとしたが、インテルフィがなかなか離してくれない。こらこら、俺の頭を足で踏むな。岩にグリグリすな。頭皮が削れて傷むだろうが!



「エージ、下手に動くな! 死ぬぞ!」



 ラクスの怒声が飛ぶ。その声音には必死さが滲んでいた。インテルフィの踏み付け攻撃の中、何とか顔の向きを変え、俺は二人の方を見た。


 真っ暗だったはずなのに、辺りは真昼のように明るくなっていた――――横殴りの雷に加え、生き物みたいに蠢く無数の炎の触手まで乱舞していたせいで。


 どうやら炎はパンテーヌが放っているらしく、小さな手に分厚い魔導書を開き、四方八方から襲い来る雷に対抗して攻撃を仕掛けている。


 ラクスはパンテーヌを守るように前に立ち、リラ団長と対峙していた。同じく片手には魔導書、もう片方の手は真っ直ぐ前に翳している。彼女の手が見えない盾を生み出しているかのように、雷は二人の周囲で弾かれていた。


 ラクスは防御魔法でバリアを施し、その間にパンテーヌは魔法を詠唱して炎属性魔法を放つ――二人で共闘する姿を見るのはこれが初めてだが、感心する余裕はなかった。


 相手の放つ雷の威力は凄まじいらしい。パンテーヌが操る炎は、雷に触れるだけで霧散してしまう。術者を止めねば魔力を削られるばかりだというのに、相手に届く前にかき消されるのだからキリがない。


 二人の横顔が苦しげに歪んでいるのを見て、俺は悟った。このままでは保たない、と。



 思うが早いか、俺は剣を握り直して立ち上がった。声をかけるまでもなくインテルフィが微笑み、背後から俺を包むように肩を抱く。



「ラクス、パンテーヌ! 今助ける!」



 流れ込んでくる熱い力を感じながら、俺は剣を地面の岩に突き刺した。すると岩場のあちこちが大きく隆起し、雷を次々に跳ね返し始める。弾かれた雷は起動を変え、ラリーみたいに術者へと向かっていった。


 思い付きで繰り出した技だが、さすがは俺だ。これなら一撃で防御も攻撃も可能、しかも岩を動かすだけでいいから、魔力消費も少なく済む。


 名付けて『ボコボコボッコン・リフレクション』!

 我ながら、素晴らしきネーミングセンスである!



「っ、危ない!」



 だが――――悦に浸る俺の目の前で、信じられないことが起こった。ラクスが魔導書を放り出し、リラ団長の方に飛び出したのだ!!



「お姉様っ!」

「ラクス!」



 パンテーヌと俺の叫びが重なる。



 複数の雷の矛先がラクス目掛けて走り――――しかし彼女の身は電撃の雨を浴びる前に、その場から消えた。突進してきたラクスを、リラ団長がごっつい手で力任せに突き飛ばしたせいで。



 直後にリラ団長も空高く跳躍し、雷は奴の元いた場所に落ちて消えた。

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