勇者、クールに孤高を貫いた時代は便所の花だけが友達だった


 婆さんの家を出てマーロの家に二つのスウィカを置きに行くと、俺達はいよいよ町民の捜索と聞き込みを開始した。


 といってもマーロがいるおかげで、それについては苦労せずに済んだ。



「……、……、……」

「ああ、そうかぁ。夏休みの宿題が忙しい時期だもんなぁ」


「……、……、……」

「ええー、彼女とラブラブしてたの? いいなぁ、羨ましいな、コンチクショウめ」


「……、……、……」

「それは早く謝った方がいいっすよ。意地張って大切なものを失っていいんすか? 友達だからこそ、言葉できちんと伝えないと。思ってるだけじゃ何も伝わらないっすよ?」


「……、……、……」

「旦那さんの帰りが最近遅くて思い悩んでる? 大丈夫っすよ、あの人に限って浮気なんてしませんって。町の皆がどれだけノロけられてるか知ってます? あんな愛妻家、他にいませんよ!」



 超音波でも感じ取っているのだろうか、俺の耳には全く音として届かない微量な声を聞き取り、マーロは発見した町民達と話してくれた。


 途中から何でも相談室みたいになっていたけれど、気にしないでおく。コミュ障ゆえに、悩んでいても誰にも打ち明けられないということは多いだろう。


 ああ、わかるさ。俺の学生時代にもそんな奴がいて、いろいろと世話を焼いてやったからな。いつもぽつんと一人でいたが、パリピで陽キャで意識高くて自信に満ちている俺が話しかけると毎回キョドッていたよ。いつの間にか他に友達ができて、ぼっちなのは俺だけになったんだよな……フフッ、ヒーローというのは孤独なものなのさ。だから気にしていないよ。こっそり便所飯しながら、幾度か泣いたこともあるけど。


 そんな心がビッグでラージでワイドな俺に対して、女三人は非常に辛辣だった。



「面倒ですわねぇ。エージが町全体に魅了魔法をかけて、さっさと町民全員に吐かせれば簡単に済むことですのに」


「私が土属性の重力魔法で、隠れてる奴らをまとめて引きずり出そうか? ついでに五、六発も殴れば、とっとと吐くだろう」


「殴るのも手間ですから、私が火属性魔法で追尾火球を出しますよ。速度遅めの温度低めに設定しておけば、迫る炎の恐怖も味あわせられますし、じわじわ炙れば口の固い奴も大抵いけます」



 な? 最低だろ……?

 どいつもこいつも思いやりの欠片もありゃしねえ。


 町全体に魅了魔法なんかかけられるか。どんだけ代償奪われると思ってんだ、駄女神め。それと殴るな燃やすな、バカエルフ共が。

 焦る気持ちもわかるが、捜索開始したばかりからこれでは先が思いやられる。


 三人が恐ろしいことを言うもんだから、おかげでマーロが怖がってさらに萎縮しちゃって、泣き止ませるのに苦労したよ。


 何故この俺様が、自分よりガタイが良くて髪が多くて、おまけに怖い入墨かと思ったら『家族友達生涯尊敬』とか『ラブ・アンド・ピースウィカ』とかやたらファンシーな言葉を彫り込んでる男をヨシヨシせにゃならんのだ。


 俺はヨシヨシされたい側なんだよ! 可愛い女の子限定でな!



 日がほぼ沈むと、あちこちから夕餉ゆうげの香りが漂ってきた。


 廃墟じみた町並みが、美味しそうな匂いに包まれるというのは大変シュールだ。マーロ曰く、この時刻になると市場はほぼやってないそうだが、夕食を終えると住民達の動きは昼間よりも活発になるという。人目につきにくい夜間の方が安心して出歩けるから、というのが理由らしい。


 俺達も腹が減ったので食事にしようということになったが、これにも大きな問題があった。


 アガリカ町の飲食店は住居と同じく、地下にあるらしい。傾いたり割れたり朽ちたりした看板をいくつも見かけたけど、あれは壊れてるんじゃなくて町の雰囲気に似合うようにわざと小汚くしてるだけで、ちゃんと看板として機能しているんだって。絶品グルメの店も多いというが、俺達のような余所者が行くと店員も料理人も固まってしまって食事を提供するどころじゃなくなるんだと。


 なので俺達は店に行くのを諦め、マーロがテイクアウトで買ってきてくれたトメィトゥとポティトゥのブレッドサンドを暗い廃墟群の一角で食すという、実に陰気な夕食タイムを過ごした。火を灯そうと提案したのだが、ラクスとパンテーヌに虫が寄ってくるから嫌だと却下された。


 インテルフィの白いドレスが薄闇の中に浮かび上がり、幻想的というよりホラーな雰囲気で、彼女が身動きする度に懸命に舌を噛んで悲鳴を殺していたのはここだけの秘密だ。

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