勇者、勇気ある者こそが勇者と呼ばれるべきだと思う


 一時間ほど経って、自宅で夕飯を食べてきたマーロと再び合流した俺達は、また目撃者探しを開始した。


 これがまた怖いの何の!


 日中みたいに、住人が隠れてるんじゃないの。マーロの言った通り、夜になると動き出す奴が多いみたいであちこちに人影が漂ってるの。でも堂々と道を歩くんじゃなくて、街灯もない中を灯りも持たずにフラフラしてるの。そこかしこで、亡霊かゾンビみたいに蠢いてるの。何これ、超怖い!


 廃墟をさまよう者達の中には、マーロの知り合いもいたらしい。早速彼はその人物に駆け寄り、一週間前の夜に何か見ていないか尋ねてくれた。



「じ……な……。 そ……ち……し……。ま……い……き……?」



 聞こえた!

 昼間より格段に声が聞こえる! 何を言ってるかまではわからなかったけれども、ちゃんと喋ってる!


 こんな些細なことに感激している間に、顔面ピアスだらけの男はさっさと去っていった。しかしマーロは渋い表情をして立ち尽くしたまま、動こうとしない。



「どうした、マーロ? 変なことでも言われたのか? それとも急に具合が悪くなったのか?」



 心配になって、俺は遠慮がちに問い質した。マーロはそれでも戸惑うような目を向けただけで、口を開かない。



「『自分は何も見ていないな。そういえば町長が、深夜業務の合間に散歩を日課にしているらしいと聞いたよ。町役場に行って聞いてみたらどうだ?』と、あの方は仰っておりましたわ」



 背後から俺に抱き着いていたインテルフィが、代わりに翻訳してくれる。五感の鋭い彼女には、あのボソボソ声を聞き取ることができたようだ。



「へえ、そうなのか。じゃあすぐに行ってみようぜ!」


「……町役場は、その先を右に曲がった背の高い建物の地下っすよ。アガリカ町では住民の活動時間が遅いから、この時間も開いてるっす」



 やっと手がかりが掴めるかもしれないと浮き足立つ俺とは裏腹に、マーロは静かに言い放った。



「何だ、お前は来ないのか?」

「まあ、場所がわかれば問題ありませんけれど……」



 避けられていることを知っているラクスとパンテーヌもマーロの離脱には納得がいかないようで、初めて自ら彼に声をかけた。


 マーロが無言で頷く。


 仕方ないので、俺達はマーロにお礼を告げてそこで別れた。




「どうしたんだろうな、マーロの奴。スウィカの食べ過ぎで、腹でも壊したのかな?」


「もうエージったら、本当にロマンがありませんわねぇ。町役場に元恋人がいて、会うのが気まずいのかもしれませんよ?」


「ああ、それはありえそうだな。同年代の女子が苦手というのも、そのトラウマなのかもしれん。こっぴどくフラれたとか、親友に寝取られたとかな」


「マーロさん、よく見ると顔立ちも素敵ですし体付きも立派ですし、困っている人を助ける優しさも兼ね備えてますもんね。私も元恋人説を推します!」



 俺を置き去りにして、女子三人はキャッキャと盛り上がった。


 うわ、何だかやな感じー。この俺を差し置いてマーロの話で盛り上がりやがるなんて。



「へっ、マーロに元恋人なんかいるわけねえよ。あいつ、同年代の女の子が苦手なんだぞ? きっと学校でもモテなくて浮いてるに決まってるぜ!」



 悪役の取り巻きにいる嫌味っぽいモブキャラみたいな言い方になったが、俺は皆の目を覚まさせようと女子トークに割って入った。


 別に悔しいなんて思ってないし? 本当のことを言っただけだし? 俺の方が注目されるべきだし? こんなふうに構ってちゃんする俺も可愛いはずだし?



「エージさん、わかってませんねぇ。年頃の女の子は、無口でシャイな男の子にグッとくるものなんですよ。マーロさんを狙ってる子は多いんじゃないかなぁ? 髪もフサフサですし」


「むしろ誰かさんみたいに、モテたいモテないを拗らせてがっついてくる奴の方がモテなさそうだよな。同年代が苦手だというなら、年上の女性とお付き合いしていたんじゃないか? 髪もフサフサだし」


「無駄に自信満々で鼻息荒く迫るばかりのエージと違って、マーロさんは母性をくすぐるタイプのようですものね。わたくしの好みではありませんけれど、放っておけないという女性の気持ちはわかりますわ。髪もフサフサでいらっしゃいますし」



 パンテーヌからラクス、そしてインテルフィにまで反論され、俺は涙目になった。


 何だよ何だよ、皆して……俺よりマーロの方がモテそうだと言いたいのか? 髪がフサフサだから?


 俺だって……俺だって……!



「お、俺だって……フ、フサフサだし……っ!」



 だから、勇気を出して言った。


 まだ未完成ではあるが、五年の月日をかけて育てた集大成。俺の努力の結晶。これまでの成果を、今こそ皆に問う時が来た。そう思った。


 サークレットから溢れた髪を、夜風が優しく撫で、ヘロヘロと頼りなく揺らす。



 少しの沈黙があった。



 ラクスは、さっと目を逸らしてなかったことにした。


 パンテーヌは、発狂したのかと思うくらい盛大に笑った。


 インテルフィは俺の頭をナデナデしてくれたが、その手をじっと見て『このボリュームでフサフサを自称するなんて、さすがエージだわ……』と小さく呟き、溜息を落とした。



 ――――俺は泣いた。


 ワンワン声を上げて泣いた。ついには膝を付き、地面を叩き、激しく慟哭した。



 ねえ、髪が薄いってそんなにイケナイコト……?

 頑張ってもフサフサへの道はファラウェイ、俺の努力はいつムクワレル……?

 母なる大地よ、教えておくれ……俺は迷えるベイビー、この戸惑いラビリンスから抜け出す術をどうか授けてはくれないか、ウォウウォウウォウ……。


 傷付き涙しながらも、この胸の痛みをも歌として昇華してしまう自分がニクイ。苦難すら創造の糧とするなんて、俺って奴は本当に才能に溢れすぎている。時折、こんな己自身を怖いとすら思うぜ。


 もう少し夜の大地と対バンしていたかったが、インテルフィによって俺は手押し車の荷台に放り込まれ、そのまま町役場の方へと連れて行かれた。いつまでも泣き止まない俺に業を煮やしたらしい。


 やれやれ、情緒ってもんがわからない奴らはこれだから困る。


 せっかくだから今思い付いた歌を三人に披露してやろうとしたのだけれど、涙と嗚咽が止まらなかったせいで、断末魔みたいにしかならなかった。無念。

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