勇者、憧れのアイテムをついに装備したから褒めるよろし


 昼の休み時間を見計らい、俺とインテルフィは魔道庁舎を訪れた。


 ラクスとパンテーヌがこの時間に行くことを前もって伝えておいてくれたおかげで、受付窓口ではゲダヨ副団長様が既に待機なされておりましたよ。いけしゃあしゃあと、嬉々としてお出迎えくださりましたよ。



「おはようございます、インテルフィ様。ふぉぉ、今日もお美しい! これからすぐに発たれるそうですね。しばらくお会いできなくなるなんて本当に残念です……!」



 俺には見向きもせず、ゲダヨ副団長はインテルフィに笑いかけたり感激してみせたり涙ぐんだりと大忙しだ。媚び媚び小人め、さらに縮んで俺の視界から消え去ってしまえ。



「ええ、急いだ方が良いかと思いまして。そこで一つ、お願いがありますの」



 インテルフィはそう言ってそっと膝をつき、ゲダヨ副団長と目を合わせると彼の手を取った。



「ラクスさんとパンテーヌさんを連れて行きたいのです。あのお二人は魔力が高いとお聞きしております。彼女達が抜けるといろいろと支障があるとは思いますけれども、ご迷惑を承知で、どうか許可をいただけませんでしょうか?」


「えっ……あの二人を? そ、それならもっと役に立ちそうな奴らを選抜してお付けいたしますよ! 五人でも十人でも構いません。あいつらは魔力こそ高いですが、実務経験はほとんどありませんのでね。どうしてもあいつらを連れて行くというのなら、私もお供いたします。出来損ないの魔道士を指導するのも、副団長としての務めですから!」



 女神に跪かれるというトンデモ状況に狼狽えつつも、ゲダヨはキリッと表情を引き締めてインテルフィの手を握り返した。


 プークスクス、あれでカッコつけてるつもりー? 俺のカッコ良さの足元どころか、足の裏にも及ばないな!



「まあ、副団長様は本当に責任感がお強い方ですのね。出会ったばかりのわたくし達に、そんなにもお気遣いくださるなんて感謝しかありませんわ。けれども副団長様には、ここで皆をまとめるという大切なお仕事があるのでしょう? 団長様が不在の今、副団長様であるあなたがこの魔道士団の唯一の頼りです。あなたがいれば大変心強いのはわかりますが、残された魔道士団の皆様のお気持ちを考えるとお連れするわけにはいきません」


「唯一の頼りだなんて、そんな……え、インテルフィ様、私のことを心強いと言ってくださりましたですか!? えへへ、心強いって……インテルフィ様が、女神様が私を心強いって……うへ、うへへへへへ!」



 チラリとインテルフィが俺を振り返る。今だ、という合図だ。



「おい、フサヒ・ゲダヨ!」



 剣を抜き、それを向けて俺は叫んだ。女神様フィーバー中のゲダヨが、うっとりした顔のままこちらを見る。



「フサヒ・ゲダヨは皆に嘘つかなぁい〜、嘘言わなぁい〜、嘘抜かさなぁ〜いぃ〜! フサヒ・ゲダヨは正直な子〜、素直な子〜、言うこときくいい子〜いい子〜いい子〜になぁる〜!」



 俺が放ったのは魅了魔法と同じく、一定時間のみ精神を操る無属性魔法『イイコイイコンフェッション』だ。


 やはり俺のことを本物の勇者とは思っていなかったらしく、おまけにインテルフィのお世辞にのぼせ上がって油断していたせいもあって、ゲダヨはあっさり魔法にかかった。



「やい、ゲダヨ。てめえ、昨日はよくも俺だけハブにしてくれたな? 俺があまりにもイカしてるから嫉妬するのは仕方ないが、嫌がらせなんて醜いぞ!」



 インテルフィにお手からのお座りをさせられたイイコゲダヨに近付くと、俺は強い口調で糾弾した。


 昼休憩の時間とはいえ受付は休む暇がないようで、庁舎内には窓口に座る職員さんや相談を受ける魔道士、そして昨日より多くのお客さんがいる。その皆に注目されてるから、軽く緊張して声が裏返っちゃったよ……でも、そんな俺も可愛いはずだから問題ない。


 リラ団長の件について吐かせる前に、まずは俺への嫌がらせについて一言詫びてもらわねば。


 心優しい俺は、ゲダヨが泣いて心から謝罪して、これからの旅費と精神的苦痛を与えたことへの慰謝料とついでに当分遊んで暮らせる生活費をまとめて現金で一億エンヌほど出してくれればそれで帳消しにしてやろうと思ったのだが。



「嫉妬? 誰が? 誰に? というかお前、誰? いつからいたの?」



 ゲダヨは不思議そうに首を傾げるばかりだ。


 あるぇ?

 おかしいな、魔法にかかってないのか? うっかり違う魔法かけちゃったのかな?



「ぶふっ……エージ、お前、ゲダヨ副団長に存在を全く認識されていなかったみたいだな? そんなにイカしたカッコしてるのに……っ」



 振り向くと、いつのまにか背後にいたラクスが口元をおさえて身を震わせていた。



「イカしたじゃなくて、イカれたの間違いでしょ……というか頭のそれ、何ですか? どこでそんなクソダセェ……ふひっ、いえ、個性的で独創的なセンスが溢れて滴り落ちて溺れ死にそうな被り物を入手してきたんですかっぶわっはぁっ!」



 ラクスの隣にいたパンテーヌが盛大に吹き出す。次いで、ラクスも笑いを暴発させた。



「バカ、パンテーヌ! お前が笑うから、私まで釣られて笑ってしまったではないかぁぁあっははははは! 必死に我慢していたのにぃいいいっひひひひひひ! 無理無理無理無理、何あの頭、バカじゃねーのぉぉぉおおっふぉふぉふぉ!」


「わ、私のせいじゃないですよっ! エージさんの頭がぁぁあっひゃひゃひゃひゃ! 別の意味で頭だけ目立ってる! あれじゃハゲてる方がマシですよねぇぇえええっふぇふぇふぇふぇ!」



 二人は俺の頭に装備されたサークレットを指差しながら、腹を抱えて笑い転げた。奴らに触発されたらしく、周囲の皆も笑い始める。あっという間に庁舎内は、大爆笑の渦に包まれた。



 せっかくビオウさんに譲ってもらったのに。


 部屋の片隅に放置されてたこれを一目見て、カッコ良さに痺れたのに。


 風味のある金の飾り彫りがスタイリッシュさと渋さを兼ね備えていて、まさに俺の求めていたものだったのに。


 市場の抽選会の景品で大したものじゃないからと渋るビオウさんを、必死に説得したのに。


 実用には向かないと何度も言われたけど、頭を下げてお願いしてやっと頷いてもらえたのに。


 早速装備してみせたらあまりにも俺に似合いすぎたせいで、ビオウさんの表情が完全なる無になったほどなのに。



 サークレットは俺にとって、ずっと憧れのアイテムだった。

 普段使いしにくいから買ったことはなかったが、再び勇者として皆の前に立つことがあれば、その時は必ず装備したいと考えていた。


 見た目のカッコ良さもさることながら、頭部が開いているから蒸れないという利点もある。おかげでヘアも伸び伸びとオシャレが楽しめるというのに、この素晴らしさがわからないとは……この町の人達、皆してセンスって言葉も知らないのか? 笑ってるお前らの方こそが笑われるべきなんだぞ!

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