勇者、ニンズンの他にピーマソも嫌い


「ビオウさんは、元は我々と同じ魔道士団に所属していたんだ。今はここで、宅配専門の料理店を開いている。貧しい人達にも安価で料理を届けたいというのが、ビオウさんの夢だったそうでな」


「リラ団長に料理の手解きをしたのも、ビオウさんなんですって。ふぁあ、ビオウさんの作るイッスンボウシとデェコンのトメィトゥ煮込み、本当に絶品! いくらでも食べられちゃう!」



 二人は大喜びだが、粗末な長テーブルといくつかの椅子だけという殺風景な空間に、お皿もカトラリーも見るからに安物といった感じでオシャレさなど皆無だった。しかし並べられた料理は品数もそれぞれのボリュームもさることながら、花や薬味を使った彩りが鮮やかで盛り付けも美しく、空間が地味であるからこそ主役として華やかに際立つ。


 オシャレなムードも食事を楽しむには欠かせないという持論を持っていた俺だが、このメインを魅せる『引き算テク』には感心せざるを得なかった。簡単に例えるなら、イケメンばかりの中にいるより、残念な顔面レベルの野郎達に囲まれていた方が俺の造形の美しさが引き立つという手法だ。


 俺が赤い劇物と呼んで忌み嫌っているニンズンなる野菜も、この中にあると美味しそうに見える。花弁型に切り抜かれたそれは、なまめかしいツヤを花蜜のように纏い、まず目から誘惑。誘われるがままにうっかり口にしたが最後、口腔に広がるバターの香り、砂糖の柔らかな甘さ、そして丁寧に取られたのであろう上品な出汁の風味の虜となり、止まらなくなるときたもんだ!


 生まれて初めてニンズンを美味いと感じたぞ……くっ、あの男、かなりできる!


 最初の内は下から声がかかる度にラクスとパンテーヌが料理を取りに行っていたが、途中からは仕事が一段落したと言ってビオウさんが自ら運んできてくれるようになった。配達に関しては、注文を聞いた時に予約票代わりに魔法陣を描いた紙を渡し、それを目印に風属性魔法で届けるからわざわざ出向く必要はないのだという。魔法にもいろんな使い道があるもんだと、また感心したよ。


 ラクスとパンテーヌがギブアップして間もなく、俺もお腹いっぱいになったので、隣のインテルフィに声をかけて食事を止めさせた。


 貴族の令嬢を思わせる優雅なフォーク運びで食物を口に収めていたインテルフィは、俺の声に素直に従い、カトラリーを置いた。食事を必要としない彼女だが、このように食物を味わうことはできる。何も言わずに食べていたということは、ビオウさんの料理がとても気に入ったようだ。不味かったら何故か俺の顔に向けて食物を吐き出してくるからな、こいつ。


 俺がわざわざ声をかけて止めたのは、インテルフィが空腹も満腹も感じられないせいだ。放っておくと延々と食べ続けるから、今回のようなシェア方式の食事の場合は、頃合いを伺って俺が終了の合図を出さねばならないというわけである。



「でもエージ、まだお食事は残っていますわよ? もったいないのではなくて?」



 しかしインテルフィは不服そうに美しい顔を曇らせ、俺に訴えてきた。彼女がこんなことを言うのは珍しい。でも気持ちはわかる。俺も限界超えるくらい食べたけれど、胃がもっと大きかったらなと思うくらい美味しかったからな。


 ここは恥を忍んで、ビオウさんにお願いしてみるか。



「あの、すみません。この料理、持ち帰りって」

「はいエージ、あーん。お残しはいけませんわ?」



 俺の言葉を遮り、インテルフィがフォークに差した肉を突き出してくる。その瞬間、俺の目には淡い微笑みを浮かべる彼女が女神に見えた。

 いや、実際に元は付くものの女神なんだけど、日頃の行いが悪すぎて忘れかけていたのだ。


 あーん……何という甘美な響き。相手がインテルフィだろうと、こんなことされたらトキメキがメキメキになってしまうではないか。あーん……アーンアーンアンアンアンアン、アァァァーーン!



「し、仕方ないなぁ。もうちょっとなら食べられるかもしれないし、頑張ってみるか」



 懸命にニヤニヤを押さえつつ、俺は口を開けた。するとインテルフィは嬉しそうに肩を竦め、俺のくちびるに向けてフォークを寄せてきた。


 やだ、何これ可愛い。俺達、今とてもいい雰囲気じゃない? おいおい……インテルフィを俺の女にしてやってもいいって気になってきたぞ!



 が、優しい気持ちでいられたのはそこまでだった。



「んがっ! ぎぐっ! げごっ!!」



 すぐに俺は、情けない悲鳴を上げて悶える羽目となった。このクソアマ、俺の舌に思いっ切りフォークをぶっ刺してきやがったのだ!



「はいエージ、あーん」



 俺の舌から抜き取った血塗れのフォークにまた食物を刺し、インテルフィは再び笑顔で同じ台詞を吐いた。


 こうなれば、ラブ行為の一つであるあーんにももう喜べない。凶器を向けて、今から刺しますよと言ってるようなものではないか!



「いやもうお腹いっぱいれ……ぐがげ!」



 こいつ、警戒してあんまり口を開けないようにしていたら今度は歯茎を狙ってきたぞ! 何て恐ろしい奴なんだ!



「ほら、まだたくさんありますわよ。エージ、あーん」


「やめれ……やめれくれろ……痛くて食べるどころりゃ……げぎごっ!」



 信じられねえ……手で押さえたのに、隙間からくちびる目掛けて刺してきた! こんなのどうしろと!?



「うふふ、エージったら痛がる顔も本当に可愛いわね。ほら、たくさん食べて。食べて食べて食べすぎて、胃も腸も破裂させてしまいましょう。それでも食べさせ続けてあげますから、苦しむ姿をたくさん見せてくださいませ。大丈夫ですわ、死んでもわたくしが何度でも蘇生してさしあげますから」



 ほらぁ、わざとだぁ……やっぱりわざと俺をいじめてるぅぅぅ!


 しかも蘇生してさしあげるとか何とか抜かしてやがるけど、どうせ俺から代償を奪うつもりなんだよな!? この女、どこまで性格が悪いんだ!



「あ、あの、インテルフィ様! 残りは包みますので、無理に召し上がっていただかなくても大丈夫ですよ! ええと、薄毛様も満腹でいらっしゃるようですし!」



 女神様の暴挙に唖然としていたビオウさんだったが、ついに見兼ねて助け舟を出してくれた。ラクスとパンテーヌは見て見ぬ振りだというのに、優しいんですね。でも……。



「うしゅげりゃにゃいれしゅ……うしゅげんれしゅ……」



 薄毛じゃないです、ウスゲンですと言ったつもりだったけど、伝わったかどうかはわからない。ビオウさんは舌打ちして睨み付けるインテルフィに怯えて、それどころじゃなかったようなので。


 元魔道士というより現役軍人と言われた方が納得できる立派な体格とごっつい顔付きをしていても、女神様の逆鱗に触れるのはやっぱり怖いらしい。

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