勇者、本当のことを言うと取り合いっこなんてされたことない


 その店は、俺達が元いた飲食店通りからかなり外れた場所にあるという。


 表通りはきちんと整備されていたが、裏通りまでは行き届かないらしく、石畳はところどころ剥がれていて街灯も切れたままだ。ラクスがランタンで道を照らしてくれていたけど、それでも何度か転びそうになったよ。手押し車、庁舎に預けてきて良かった。あれに乗ってたら、今頃は舌を噛みすぎて食事するどころじゃなくなってたかもしれない。


 到着したのは、通りの片面がまるまる一棟となった横に広い建物。一応石造りではあるが、随分と築年数が古いらしく、道と同じように外壁が欠けていたり苔むしたりしていた。


 中はいくつかに仕切られているようで、それぞれに玄関がある。ここはどうやら住居として使われているみたいだ。


 そう、住居である。


 だって干しっぱなしの洗濯物が並んでたり、どう見ても家庭菜園用と思われる鉢植えが置かれてたりするし、表札が出ているところに今、ただいまーってオッサンが帰っていったし、どこをどう見てもどう考えてもアパート的な建物だろうが。



 う、うん……レトロ感溢れる隠れ家的なお店だと思えば、そんなに悪くない、かな?



「素敵なところね。わたくし、こういう退廃的な雰囲気の場所が大好きなの!」



 インテルフィが目を輝かせて笑顔を向けると、ラクスは困ったように苦笑いした。



「インテルフィ様って、本当の本当の本当に変わった趣味をしてますよね……」



 おいこら、今何で俺を見た?

 俺までこいつの変わった趣味に含めるな! 俺に対して失礼だろう!


 ラクス達に促されて木製の扉を開けて中に入ってみると、ボロっちい外観を裏切り、内装は豪華……ということもなく、年季の入った玄関マットに置きっぱなしの掃除道具と想像通りの状況だった。しかし、奥からは空腹をくすぐられる美味しそうな美味しそうな香りが漂ってくる。



「こんばんはー! ビオウさん、飯食わせてもらいに来たぞー!」


「私達だけじゃ食べさせ甲斐がないっていつもぼやいてましたから、今日はお客様も連れてきましたよー!」



 二人が呼びかけると、ゴツゴツとした石の壁からこれまた岩みたいに厳つい顔立ちの男がひょいと顔だけ出した。生首かと思って軽くビビってチビリかけたのは、ここだけの秘密だ。



「おお、ラクスにパンテーヌ。いらっしゃい……と、そちらは?」


「エージ・ウスゲンさんとインテルフィ様です。インテルフィ様は、元女神様なんですって!」



 パンテーヌが子どものようにはしゃぎながら俺達を紹介する。それを聞いて、男は強面を柔らかく緩めた。



「ああ、なるほど。これまで経験したことのない異様な気を感じて身構えていたんだが、そういうことだったのか。すまない、ラクス、パンテーヌ、今ちょっと立て込んでて手が離せないんだ。お二人を二階に案内したら、料理を運ぶのを手伝ってくれ。お代はそれでいい」



 俺達にすみませんと詫び、ビオウとかいう奴は首を引っ込めた。


 ふむ、インテルフィの気配を感じたということは、ビオウさんという方も魔力が高いのか。


 それにしても、インテルフィが女神だということは率先して伝えたのに、俺のことは勇者として紹介してくれなかったよな。


 ああ、わかっているとも。彼女達は、俺を勇者として認めていないんじゃない。俺をどちらの彼氏として紹介するか、牽制し合ってたのだ。


 やれやれ……隠そうとしても、俺にはお見通しだぜ? 全く、可愛い奴らだ。んもぉう、遠慮せず素直に言ってくれたら二人一緒に恋人にしてあげたって構わないんだけどな!

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