勇者、女の子にハジメテを捧げられたい


 腕に絡みついて甘えるインテルフィなど綺麗に無視し、俺はキリッと表情を引き締めてゲダヨ副団長に向き直った。



「事件が起こったのは、リラ団長が向かわれた女子宿舎の方だったのですね?」


「は、はい。ここに詰める魔道士達の自室には、それぞれが集めた貴重な魔導書も置いております。そのため部屋を空ける時や眠る時などは、防犯のため鍵だけでなく個人で結界を張るのです」



 気配を隠して女子宿舎に侵入した犯人は、それを知らなかったのだろう。おかげで、他の女性達には被害がなかったそうだ。


 しかしどの部屋にも侵入できないまま立ち往生していたところに、リラ団長と出くわしたのではないか、とゲダヨ副団長は推測しているらしい。



「男子宿舎には何事もなく、私は十分と経たずに男女の宿舎を繋ぐ外の渡り廊下に出ました。ここで待ち合わせて結果を報告し合おうと、団長と決めていたのです」



 渡り廊下でいくばくも待たない内に――ゲダヨ副団長は、例のおかしな気配と微かな羽ばたきの音を捉えた。


 そして廊下から顔を出して夜空を見上げた彼の目に、とんでもないものが映った。

 リラ団長が、立った状態で宙に浮かんでいたのである!


 よく目を凝らして見ると、空を浮遊しているのはリラ団長だけではなかった。大きな黒いコウモリが、彼女を導くようにその先を飛んでいたのだという。



「私は慌てて大声で団長に呼びかけました。けれども、リラ団長は何の反応も示しませんでした。気を失ってはいなかったはずです。星の明るい夜でしたから、目を開けているのが確かに見えました。ですから、リラ団長は魔法で操られていたのだと思うのです」



 そこまで言うと、ゲダヨ副団長は伺うように恐る恐るこちらを見た。俺達の見解を求めているとわかったけれど、これだけの証言では答えようがない。


 うーん、と顎に手を添えるカッコ良いポーズを取り、俺はゲダヨ副団長から聞いた話を整理してみることにした。


 リラ団長は、魔道士団で最高の魔力を誇るという。その彼女をたやすく術中に陥れたのだから、相手は間違いなくそれ以上の能力を持っていると考えていいだろう。


 次のヒントは、大きな黒いコウモリ。


 コウモリを使役するといったら、アンデッド系の魔物の可能性が高い。奴らなら魔力が高いし、ヴァンパイアが処女の血を求めて女子宿舎に侵入したと考えれば辻褄も合う。


 ヴァンパイアは通常、美味しくお食血しょくぢをいただいた後は、そっと立ち去るものだ。


 だがしかし、例外もある。それは、一目惚れならぬ一口惚れした時だ。


 拐うほど気に入った相手にヴァンパイアが求めることは、主に二つ。側に置いて不自由させず養うことを条件に、健康面を配慮しつつ食血を提供していただくか。愛を誓い合い、己の血を与えて同族になってもらうか。そのどちらかだ。


 簡単に言うと、無理矢理恋人にする……というより、強引に結婚させるに等しい。


 もちろん、ヴァンパイアの中にも文通から始めて親しくなろうとする奴だっているし、自分なんて相手にされないと涙を飲んで諦める気弱な奴もいる。しかし、拐われてしまった場合は、断るという選択肢は取っ払われているのだ。


 ちなみに、男の吸血鬼が拐うのは極上の処女を選ぶことが多いと聞く。



 と……ということは?


 リラ団長は……しょ、処女? ヴァンパイアすら拐わずにはいられなかったほど極上の処女なのか!? そうか、そうだ、そうに違いないっ!


 処女……。

 乙女……。

 初モノ……。

 ヴァージン……。

 あなたにアタシの大切なハジメテをあげるわ…………!!



 キラキラとした妄想が、ムラムラと脳内を駆け巡る。



「うわっ、エージ! 鼻血出てるぞ!」


「ひゃあ、結構大量ですよ!? 大丈夫ですか!?」


「ひえっ、きったな! きっもちわる! きっしょくわっる!!」



 ラクスはすぐに回復魔法をかけてくれたし、パンテーヌはハンカチを手渡してくれた。二人共、何だかんだいって俺に惚れ始めちゃってるんだなとわかってキュンとした。だがゲダヨ、てめーはダメだ。俺に嫉妬してるからって、わざとらしく汚物扱いすることないだろう!


 で、インテルフィはこの騒ぎの中、何をしていたかといったら、テーブルに置いてあったチラシで作った紙飛行機を飛ばして遊んでいやがった。こいつ、ちゃんとゲダヨの話を聞いてたのか? 誰のせいで、こんな面倒事に手を貸さなきゃならなくなったと思ってるんだ!



 まあいい。全く気乗りしなかったけれど、今となってはここに連れて来てくれたことに感謝だ。


 きっとリラ団長こそが、待ち焦がれた俺の運命の女性。彼女を救うために、イケメン勇者の俺様がいっちょやってやろうじゃないか!




 副団長室から出ると、俺達は他にも目撃者がいないか確認するために、あの晩に夜間警備をしていた者達にも会いに行った。



「自分は庁舎前の警備を担当していましたが、特に何も見ていませんね。ところでその人、何でパンツだけの裸なんです?」


「あたしは庁舎の内部を見回りしていたわ。おかしなことは何もなかったわよ。ところでその人、何でパンツしか履いてないの?」


「僕は宿舎の周辺を巡回してたんだ。ゲダヨ副団長にも聞かれたけど、異変は全く感じなかったよ。ところでその人、何でパンツ一枚なのかな? 貧乏で服が買えないとか?」



 ――――しかし目新しい情報は得られず、わかったのは早く服を着た方がいいということのみだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る