すくーる/くとぅるふ(ダイスロール有り)

文月やっすー

Session 1  神宮寺紗儚

導入 この世に偶然なんて存在しない

導入① 敗北少女と子犬少女

世の中は、いつだって思い通りにならない。

 

傘を持たない日に限って雨が降るし、レジに並べば途端にトラブルが起こる。

それに、絶対に大丈夫と言われても、大丈夫じゃないことだってある。それも決まって結構大切な時に。


【ダイスロール】

《紗儚|なにとはなしにダイスを振る:達成値95》

《達成値95 → 96 失敗》


 それが世の中だ。

 だから私は、希望を持たない。

 願ってしまったら叶わないから。

 それが普通だから。


『紗儚みたいな考え方をな、敗北主義って言うんだぜ。

 いつも最悪を考えているなんて、ずいぶん結構な人生じゃないか』


 それは、私の嫌いな学校の魔女の科白ひにく

 でも、その通りだ。認めたくはないけれど。

 戦えば負ける、それが私の常識。

 でも。もう慣れた。

 いや、もう分かった。

 

 敗北は珈琲と同じだ。

 苦味を愉しめるようになれば嗜好品になる。

 だから私は、今の状況を愉しんでいる。



 ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ 



 私しかいない部室。

 暮れなずむ夕日の赤。

 私よりも長くのびた影。

 溜め息。

 それから、ひとりごと。


「もうこんな時間だよ」唇を尖らせながら。

「すぐに行く、って言ったのに。遅すぎだよ」


 私は幼馴染みを待っていた。

 放課後に会ったとき、幼馴染みは嬉しそうに「数学の追追追試を受けてくる」と言っていた「満点とってすぐに行くから、部室で待ってて」そう自信ありげに言っていたのに、まだ帰ってこない。きっと追追追追追試あたりを受けているのだろう。そこまで面倒を見てくれる先生と、毎回待ってあげている私に感謝して欲しい。そしてちゃんと、追試で合格して欲しい。


「早く来ないと、私、おばあちゃんになっちゃうよ」


 呟き。それから、おばあちゃんになるまで待つつもりでいる自分に溜め息。

 行き場の無い気持ちと視線を、何となくに窓の外に向ける。

 外では世界の縁が真っ赤に染まり、そこへ丸く赤い夕日が沈んでいた。

 反対側では空が藍色に色調を変えている。

 もうすぐ、昼が終わり、夜が始まる。

 溜め息をして、少しだけ息を止めた。

 太陽は沈み、空には夜の帷が落ちる。

 私は、夜になって最初の呼吸をした。

 夜の空気は冷たい水のように、体の中へ静かに染み込んでいく。

 感覚が澄んでいくような気がする。そこに、かすかな音がした。

 からからから、とダイスが転がる音。


【ダイスロール】

《紗儚|音のした場所の特定:達成値30》

《達成値30 → 62 失敗》



 今でこそ私しかいないが、昔は先輩方がそれこそ自由に使っていた部室だ。ギャンブル好きだった先輩が、ダイスの一つや二つ持ち込んでいても不思議じゃない。きっと、どこかでそれが落ちたのだろう。

 いちいち確かめるのも億劫だ。


 それから。

  あはは。 また、音だ。


 乾いた廊下を鳴らす、軽い足音。

 短く軽い律動スタッカートは、まるで子供みたいに元気いっぱいで、思わず口元が緩んでしまう。

 足音は部室の前で止まり、それから勢いよく扉が開けられた。

 登場したのは幼馴染みのいぬい識暉しき

 向日葵ひまわりが咲いたような笑顔で立っている。


「追追追追追追あーもうわかんないけど終わった! 紗儚っ、遊ぼう!」


 小学生のような端的な要求。

 高校生としての自覚の無さが心配だけど、他の人の前ではちゃんとしているようなので、あまり注意はしていない。むしろ、私の前だけではそんな風にしてくれているのは、特別感があって、こっそり嬉しい。

 

「良い喫茶店を教えて貰ったんだ。一緒に行こう」

「いいわね、でもこんなに待たせたんだから、識暉のおごりでしょう?」

「うう。待たせたのは悪かったけど、おごりはちょっと」

「なんでよ」

「紗儚と一緒にお茶する回数が減っちゃうから」


 あー。なんだろう。うん。

 本当に、織暉は良い子だ。

 見た目も良いけれど、中身も。

 武道で鍛えられた細くしなやかな体に、昨今珍しいくらい真っ直ぐな性格。

 そして、思いやりに篤い心。

 恵まれた身体と健全な精神。

 そして、子供のような純粋さ。

 まるで甘えん坊の子犬。

 元気の塊で、いつも誰かと一緒に遊びたい。

 そんな、良い子だ。


「冗談よ。ちょっと識暉を困らせようと思っただけ」

「でも、待たせたのは確かだし」

「はいはい。次から気を付けてね。じゃあ行きましょう」


 楽しいお茶会に出発。そんなウキウキした気分だったのに。

 こんな時に限って 《携帯の着信音》 水を差される。

 人生なんてそんなものだ。

 着信を知らせているのは識暉の携帯だ。

 識暉は慌てて携帯を手に取ると、一度こちらを見る。

 電話に出ても大丈夫? の、無言の確認。可愛いヤツめ。

 私は頷きで返す。

 

「もしもし、どうした?」最初は軽い調子。それから、声色が変わる。

「落ち着いて。いまどこに居た? 分かった。すぐに行くよ。大丈夫。誰かが居た方が安心するだろ。いいよ、近くにいるから。すぐ行く。だから待ってて。それじゃ」


 そう言って通話を切った。

 退っ引きならない感じの電話で、思わず聞いてしまう。


「ずいぶん慌ただしい感じだったけど、誰から?」

「ああ。神那かなからだった」


 有名人の名前が出ていて、私はへぇ、となった。

 うちの学校の中で、尾井おのい神那かなさんの名前を知らない人はいないだろう。

 なにせ、ウチの学校のアイドルだ。

 見た目が良くて、頭も良い。おまけに性格も良い。

 私が特に印象的だったのは、ハンドボール部での練習の様子だ。

 動きに無駄がなく綺麗で、飛んだときの様子はそれだけで絵になっていた。

 識暉の友好関係は広いから、どんな名前が出ても驚きはしないのだけれど、学校のアイドルまでカバーしていたとは。恐るべし。


「大丈夫そうなの?」

「いや。大丈夫そうではなかった。涙声で、なんか混乱しているみたいだった。心配だから、今から直接あって話を聞く」


 そこまで言うと、識暉はやっと「あっ」という表情になった。

 やっと気がついたか。

 一緒に喫茶店に行くと言った矢先に、目の前で別の用件を入れたのだ。それもキャンセルできなさそうなヤツを。


「……ごめん」


 しょんぼりした識暉を見て、私は。

 笑ってしまった。


「なにしょんぼりしてるの。困っている人が居たら、放っておけないのが識暉でしょう。どのくらい付き合ってると思うの? もう慣れたわ」


 もう慣れた、か。

 本当はいつまで経っても慣れないのだけど。


「行ってあげなさい。喫茶店はまた今度行きましょう」


 その言葉に、識暉は笑顔を浮かべた。


「ありがと。紗儚。大好き」

「はいはい。私も大好き」

「それと、できれば。紗儚も一緒に来てくれないかな?」

「私?」

「うん。電話口では大丈夫って言ったんだけど、オレだとどうにもできない気がしていて。もしもの時には、紗儚の力を借りたいんだ」


 まぁ、確かに。

 識暉は飛んだり跳ねたり、フィジカルな面は得意だけれど、メンタルな面はダメダメのダメだ。

 相手を思いやることはできても、それ以外のことはできない。

 素朴で優しくて、だからこそ不器用だ。

 要は話を聞いて、頷いてあげることしかできないのだ。

 まぁ、それで解決することがほんとんどだけれども。


「一応確認だけれど、私が行ったら神那さんに迷惑じゃない?」

「たぶん、大丈夫だと思う。それに、オレだけが行くより絶対にいい」


 識暉がそういうなら、そうなのだろう。

 それに、興味がある。

 学校のアイドルに、いったい何があったのか。


「分かったわ。でも解決するのは識暉よ。私は居るだけ。それでもいい?」

「うん。助かる」

「それじゃあ、行きましょう」

「うん、行こう」


 そう言って、私は識暉と一緒に夜の中に歩きだした。

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