第14話 助けるか、無視するか
ベランダを
クライマーではないので、あの突起物に
助けるか、無視するか。
本来であれば、こんな選択肢は存在しない。
助ける。
その一択なのだけれども、この稀久保学園では、そうはならない。わざわざ木の上に登って、男子を待ち構える頭のおかしい女子達がいるのだから。
助けちゃだめ、だよね?
ヴィオラ先輩の教えを守るのであれば、ここは無視の一手。実際に、他の生徒たちは足を止めることはなく、すたすたと通り過ぎていく。
ただ現代っ子が冷たいということではなく。
僕も、この学園のルールに従うのであれば見過ごすべきなのだ。しかし、僕の中の常識が次の足を出させてくれない。
もしも、と頭をよぎってしまう。
もしも、本当に猫を助けに登って降りられなくなっているのだとしたら。
さぞかし、心細いだろうと。
「ちょっと待ってて!」
悩んだ結果、僕は、良心に従うことにした。不思議なことに助けると決めた瞬間に、僕の身体は、重りを取り除いたかのように、軽やかに動いた。そりゃそうだ。正しいことをするのにブレーキはいらない。
僕は何か足場になりそうなものを探した。ベランダから助けにいくという方法もあるが、残念ながら、僕にサーカスを演じる力も
平凡ながらも確実な方法を選ぶのが最善。うん、ほんと、マジで。地味とかそんな非難は受け付けない。
かっこつけたがる自意識に反論していたところ、ちょうど玄関のところに
用務員が片付け忘れた?
いや、そもそも望んで木に登る女子が大勢いるのだ。普通に彼女達が使うのかもしれない。
僕は脚立をひっつかんで、猫を抱える女子のもとへ向かった。よほど怖いのだろう。彼女は、猫を抱えて丸まってしまっている。
「大丈夫! 今、助けるから!」
僕は脚立をめいっぱい伸ばして、校舎の壁に立てかけた。うまくやれば何とか足をかけられそうな高さにまでステップは到達している。
これならば、降りられそうだ。
僕は、脚立を駆け上った。彼女が降りるためには、まず手元の猫を受け取る必要があるからだ。両手がふさがった状態で、降りるのはさすがに怖い。
「ほら、もう大丈夫。助けに来たよ」
僕が、顔を見せると、猫を抱える女子は、涙を浮かべた瞳をうるっとこちらに向けた。黒髪ロングの美少女、くりっとした瞳が子供っぽさを
「ここから下に降りられるよ。さぁ、まずは猫を渡して」
「む、む、むり、です」
「え? どうして?」
「わ、わ、私、高所恐怖症、な、な、なんです! 怖くて、う、う、動けません」
じゃ、何で登ったし。
と突っ込みを入れたいところだけど、これは困った。相当びびっていそうだから、受け渡し時に猫とか落としそうだし、下手に動いて、バランスを崩されるのも怖いし。
「わかった、じゃ、僕につかまって。抱えて降りてあげるから」
見たところ小柄。猫を含めても、なんとか抱えられるだろう。
力自慢とはいかないけれど、中学時代は、柔道部だったんだ。女子を一人抱えるくらいの力はある。
と思う。
いや、無理か?
早まったかもしれない。だいたい引退してから、ずいぶんとブランクがあるじゃないか。
僕が差し出した手をひっこめようと思ったとき、先に黒髪女子が僕の手をつかんだ。
「ちょっと待って。やっぱりもっと力の強そうな人を探して――
結果からいえば、僕に力があるとかないとかそういうことは関係なかった。どちらであってもおそらく同じ結果となっただろう。
高所恐怖症の人間が、高所にいるということをもっと深刻に考えるべきだった。その恐怖は想像を絶するもので、もしも助かる術が目の前に現れれば、それが悪魔であっても飛びついてしまうくらいにパニックに陥っている。
そう、黒髪女子は文字通り飛びついたのである。
何に?
僕に。
いや、もはやタックルに近い。片手で僕の手をとって、片手で猫を抱えて、僕にその身を投げ出してきたのだ。
そんなもの脚立の不安定なステップに立っている僕に支えられるわけがない。
黒髪女子の小柄な体が、僕の身体に衝突して、踏ん張った足の裏から次第に重力を感じなくなって、フッと黒髪からシャンプーの匂いが香って、視界に空の白い雲が見えた頃、やっと僕は、現状を理解した。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
あ、これ、死んだわ。
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