早暁の消滅

春嵐

第1話

 彼がいなくなった。

 いつか、こんな日が来ると、なんとなく感じていた自分がいる。


 彼のいない、部屋。

 彼の私物。彼が食べようと取り置きしていたポテトチップス。ひげそり。充電中の携帯端末。

 全部置いていって、彼は消えた。


 夜になったことに、気付かなかった。


「電話しなきゃ」


 明日の仕事。なんとかしないと。


 立ち上がろうとして、ふらついた。

 そういえば、何も食べていなかった。


 なんとかして電話を入れて、明日の仕事を遅らせた。こんな状態でも明るくいつも通りに振る舞っている自分に、吐き気がした。


 冷蔵庫。

 彼が取っておいたプリン。


 持ってきて。ふたを開けて。スプーンで、そっと、口に運ぶ。


「うっ」


 吐き気をこらえる。

 食べないと。

 食べなきゃ。

 なんとかして。


「うえ」


 だめだった。

 机の上。

 一口ぶんのプリンが、かわいく乗った。


「うう」


 その机に吐いたプリンを、またスプーンですくって、口に運ぶ。

 今度は、うまく飲み込めた。

 そのまま。勢いで、すべてプリンをすする。


「うう。うえ。うええ」


 吐いた。でも、何も出てこなかった。プリンは、うまく胃から下に落ちたらしい。


「水」


 机を拭きながら、ゆっくり、少しずつ、水を飲んだ。

 プリンが落ちたところ。何度も、丁寧に拭う。


 ようやく、水を飲み終わった。


 朝が来ている。


 プリンを食べて水を飲むだけで、一晩を使いきった。


 ベッドに潜り込んだ。

 眠いけど、寝れない。

 こういうときは、いつも彼がいて。私を抱いてくれたのに。彼は、もう、いない。


 彼はもう、いない。


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