第15話 努力。それはどこか他人事のような響き。
あぁ、走る。
「はぁっ……、はぁっ……」
走る。
「はぁっ……、はぁっ……」
走る。
「はぁっ……、はぁっ……!」
ただ、走る。私は。
自分の中に溜まっている、それを。溢れそうで苦しい、それを。決壊しそうな、それを。少しでも忘れるために。願わくば、無くなってほしいと、思いながら。
ただ、私は。
星が輝く新月の夜に、走っていた。
周りの景色に目もくれず、走っていた。
気付けば周りには田んぼばかりで、自分が住んでいる町の、かなり郊外まで来ていた。
それでも、走る。まだ自分の中にある、モヤモヤとしたそれが無くなっていないから。今止まってしまえば、零れてしまう。止まらなくなってしまうから。だから、私は走る。それを溢れさせることは、零すことは、決壊させることは。今までの自分を否定することに繋がるから。今までの自分の生き方を、殺すことに繋がるから。だから、走る。
だって、そうじゃん。
私が感じているこの気持ちは。母に謝られて湧きあがったこの気持ちは。例えば怒り、虚しさ、寂しさ、それらは。
もっと前に謝ってほしかったって、そういうことだから。もっと昔に謝ってほしかったって、そういうことだから。今まで、何食わぬ顔で生きてた振りをして、ずっと心の中では助けを求めていたって、そういうことだから。そんなこと、認めたくないじゃん。認めたくない。認めたくないよ。
私は。今のままで平気なの。今のままで。自分の才能に甘んじて、適当に遊んで暮らして。それで、いいの。それより上もそれより下も、求めない。求めてないの!
今のまま。その場凌ぎで、突いて割れる泡のような、皮だけ歩いている人形のような、下り坂のような人生でも、別に誰にでも股開くとか、母に恩を仇で返してるとか、水無川だとか、そんなこと思われても、どうでもいいの! 私は今のままで、今のままでいいの……!
昔のことはもう、諦めてるの……。だから、だから…………。
今になって努力しろとか、言わないでよ……。
努力の仕方とか真っ当な生き方とか、全部。全部!
「覚えてないよ、もう……」
疲れた。
足が止まった。
アスファルトで舗装されている、車がすれ違える広い道。でも、左右には田んぼがあって、周りにはぽつぽつと住宅しかないような、そんな道。
大分、走ったなぁ。なんて思って。取り敢えずは何も考えずに、周りを見渡そう。そう思って後ろを向いた時。
見覚えのある男が、私の後ろにいることに気付いた。
「よぉ……。女の子がこんな夜に何してるんだい……?」
ニタァ、と気持ち悪く笑う。その口には、人間には見られないほど鋭い牙があった。
「さっきの、化け狸……」
言って、気付く。
いつの間にか、周りを囲まれていることに。
「俺ら化け狸っていうのはよぉ、群れることと化けることが性分でよ……。だから狸に手を出したら、周りに何もなくても油断しちゃいけねぇよぉ……? こうやって、仕返しにくるからよぉ!」
そう言って私を殴ってくるさっきの化け狸の攻撃を躱す。いやいや、いくら化け狸が化けるのが上手とはいえ、ここまで囲まれてるのに霊気に気付かないなんてことある? 私はその狸の攻撃を躱しながら思案する。見たところ、私を囲んでいるのは、八体。いくらなんでもこの数に囲まれれば、例えどれだけ混乱していようが、霊気には気付くはず。そういえば、私コイツと一回ヤッてるし、それだけ近づいても霊気に気付かないっていうのは、何かカラクリがある気がする。なんて、八体の化け狸の攻撃を避けながら考えて、まぁ、いいかと思う。
コイツらボコして、聞けばいいか、その理由。
戦ってれば何も考えなくていいし。丁度、いいや。
後ろから来る狸の手をするりとかわし、足をひっかける。前から跳んでくる狸の腹を蹴って迎撃して、右の狸の頭を掴んで左の狸にぶつける。
「はぁ、それにしてもさぁ」
「うおらぁ!」
怪力に身を任せて、ガードレールをぶっ壊して残骸を投げてきた。飛んできたそれの下をくぐって、投げてきた狸の腹にショルダータックルをかます。
「才能が無い雑魚がいくら集まって烏合の衆作ったって鬼一匹には勝てねぇんだよ! 分かってんのか?」
才能がない奴を見てると、イライラしてくる。それが群れ強がってるのなんて特に。仮にも才能があるなんて言われてる陰陽師だよ。化け狸が何体群れたって、簡単に負けるわけないでしょ。
あぁもう、めんどいな。ここら辺道広いから車通るかもだし、人に見られたりしたら書類書かないといけないから、最悪なんだよね。
ていうか、ガードレール壊れてるじゃん。もう書類書かないといけないじゃんふざけんなよ!
「もう、殺しちゃえばいいや」
まともに相手してたらキリが無いよこんなの。思えば、さっきの狸も逃がしたから仲間引き連れて来たんだし。今回こそは逃がさない。というか、今なら別に周りに人もいないし、陰陽術使ってもあの巫女何も言わないでしょ。
……嫌な顔思い出したわ。死んでないだろうなアイツ。
「お前らのせいで嫌なこと思い出した。まじ死んで」
仲間が次々倒されて困惑している狸に向かい言い、右手の人差し指を出す。
「
人差し指の場所に五芒星の右手が来るように五芒星が現れ、己と言った瞬間に人差し指をその五芒星の右足にスライドさせる。あー、丙と己だけじゃなくて、この状況ならここに
「庚」
と、印を付け足す。
丙、己、庚はそれぞれ、火の陽、土の陰、金の陽の属性を持つ十干。三種類の十干を使う、
「
詠唱覚えてるもんだな、なんて思いながら。最後の仕上げに術名を言う。
「――
一瞬静寂が訪れた後。
私を中心としドーム状に爆発が起こる。
本当に爆弾が落ちたように。そこに本当に、ダイナマイトが置いてあったかのように。半径三メートルほどではあるが、確かに。強かに。火薬を使った爆弾のような、爆発が起こった。
延焼はしない。しかし、その爆発の中にいたものは、確実にその衝撃を食らう。音速を超えた空気の波に体を潰され、その後、二千度の熱で焼かれる。それは炎ではなく、ただの二千度の熱エネルギーだ。空気の波で体を潰されていれば、間違いなく炭になるだろう。自然のものであれば。
今回も簡単に。簡単にというか呆気なく。狸達は炭になってしまった。
「……あー、しまった。なんで私が気付かなかったのかのカラクリ、聞くの忘れた」
本当に何も考えずに使ってしまった。しかもよく考えれば、爆扇洞なんて人が住んでいるとこで使うなって言われてたし。本当に、本当にそういうとこあるなぁなんて思いながら。まぁ、始末書書くだけだしいっか、なんて矛盾した思考をしながら。
スッキリしたし。危害加えて来たから仕方なかったし。
そう思い、家に帰るの嫌だから友達に電話しようかな、なんて考えていた。
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