第11話 多々良寺にて
怖い。怖い。まず、感じたのはそれだった。
溶砲を撃った私を蹴り飛ばすでも殴り飛ばすでもするのかと思えば、私の前にいきなり立ち、そして私の溶砲を体全体で受け止める。全く、本当に全く意味が分からなかった。どういう意図で。どういう気持ちでそれをやっているのか、本当に分からなかった。
分からないから、怖いと感じたのだろう。今まで、あんなに意味が分からない人と会ったことは無かったから。
口で、陰陽師や巫覡がどうたらこうたらと能書きを垂れるのなら分かる。今までそんなこと、何回もされてきた。人助けをしろ。人のために生きろ。耳で聞くことなら、慣れっこだ。
でも、アイツは。あの巫女は。
口で言う前に、体で示してきた。
もしかしたらあのまま口喧嘩をしていたら先に口で言ってきたかもしれない。いや、それでも。
自分の体を犠牲にして私の溶砲を受ける、なんて。
ただ、他人が傷つくのを防ぐために、もしかしたら死ぬかもしれないことをするなんて。
本当に私には、意味が分からなかった。
今は少し落ち着いているが。本当にそれを目の前でされた時は、理解が全く及ばす、ただ怖かった。目の前にいる人間が、妖怪より果てしなく怖いものに見えた。
そんな存在が巫女なんてやるな。妖怪より怖い巫女がいるか。
今ならそんな軽口も、少しは出てくる。
結局あの後、気を失ったあの巫女に対して、陰陽術を使って巫覡の増援を呼んで、私はその場から逃げた。増援の巫覡に見つかったら何質問されるか分かったもんじゃないから。でも多分、ちゃんと巫覡が来て適切な処置をしてくれただろうと思う。多分。
生憎私は水の陰陽術を使えないから。応急処置もせずに本当にそのまま置いてきてしまったけど、多分大丈夫だろう。なんか、生命力強そうな感じだったし。きっと、あのまま何もしなくたって勝手に目を覚まして起き上がってたに違いない。
そうして私、
私の家系、倉永家は、代々この多々良寺に仕えている女流陰陽師の家系だ。主に五行の内、火と金を扱う。割と、名が知られた名門だ。代々、才のあるものを輩出していて、何人もの陰陽師がうちから本家に出向いて修行をしている。
うちの母、倉永
ただ最近は、イソイソというよりイライラしているが。
今も、帰ってきて門をくぐった瞬間の私と、縁側で考えことをしながら歩いている母とは目が合ったが、一瞥してどこかへと行ってしまった。
お帰りの一言くらいないものかね、と思うが、まぁいい。
母がイラついているのも、弟子をたくさん取らないといけないのも、そのせいで忙しいのも。全部、私と私の姉が悪いのだから。
玄関で靴を脱ぎ、自分の部屋へ行こうとすると、ちょうど階段を降りてきた姉とすれ違う。
ボサボサの長い茶髪に眼鏡を掛けて、パジャマ姿で上から降りてきた。もう夜の十時だぞ。今、寝起きか。
「おーはよー」
「こんばんは、だろ。眼鏡逆だぞアホ」
「えー? あーほんとだ道理であまり見えないと思ったー」
アハハと笑う私の姉、倉永巻。今は、私みたいに実戦を行う陰陽師ではなくて、術などを研究する理論の陰陽師として一応、働いている。
理論の陰陽師といえば聞こえはいいが、術の研究や開発などは普通に私達もするから、要は、実戦をしていない陰陽師、だ。家に籠って仕事もせずに研究ばっかやってる陰陽師。別に、凄い術を開発したなんて話も聞かないし、本当に何をやっているんだか。
昔は、天才と囃し立てられていたらしい。私が小さい頃は。四歳離れていて、丁度私が七歳くらいの時までは、実戦もバリバリやっていたし、倉永家一の天才、なんて言われていたみたいだ。独自の術も開発するし、それを使いこなすし、本当に天才、だと。
ただ、何があったかは知らないけど。それ以降、実戦から退き、ご覧の通り引きこもりになってしまった。
そうして。いつの間にか私もこんな感じで。遊んで碌に修行もしないから。
私達の母親は弟子をちゃんと育てないとってことで、最近忙しいらしい。同情しちゃいそうだ。絶対にしないけど。
小さい頃から。この目の前のボサボサと比べられ続けた。
あの子ならもっと早く出来た。あの子ならもっと上手に出来た。
母親の声で、私を素直に褒めたことなんて、一度も聞いたことない。
同情なんてしてやるものか。因果応報って、そういう奴だろ。
母親も、姉も。憎い。あぁ、憎いさ。大っ嫌いだ。いっそのこと死んでしまえって、何度も思った。今じゃ、死なれても後味悪いだけだから、死なれるくらいなら私の悪口でもなんでも言っといてくれって思って、諦めてるけど。
目の前の憎い肉親の前を通る。と。
急に、腕を掴まれた。凄い力で。
「いっ!? い、痛い痛い! なんだよ!」
姉の顔を見ると、さっきまでのボケッとした様子はなく、とても焦ったような顔で。
「ふ、
そう言った。
「な、何? 巫覡?」
もし巫覡と会っていたとして、何だというのか。別に巫覡と会うことくらいあるだろう陰陽師なんだから。そう言おうとすると、姉の言葉に遮られた。
「
また、突拍子も無いことを言う人だと思った。本当に、なんだ急に。風鷲の、包容力のある快活な巫女? えらい、限定的じゃないか。
「……巫女には会ったけど、風鷲じゃ無かったよ。
そう私が言うと、目の前のボサボサは分かりやすくしょぼんとして。
「……そっか。少しだけ匂いがしたんだけどな……」
そう言った。なんだ匂いって。気持ち悪っ。何? この人、悪い宗教とかにはまってない? 大丈夫? 陰陽師が悪い宗教にはまってたらそれはそれで笑い話だから笑い飛ばしてやるのに。
「……もう、いい?」
「う、うん。もういいよ。止めちゃってごめんねぇ。ああ、あと裾も強く握っちゃってごめん。しわになっちゃうね……」
しおらしい。本当に見ててイライラする人だ。もっと正々堂々としろよ、と思う。こんな人と比べられるために私の幼少期があったと思うと。
本当に、反吐が出そうだった。
この姉とずっと比べられていた、なんて今思い出してもどうにもならないし、考えるのなんてやめて、早く自室に戻ろう。そう思い、姉から視線を外そうとした途端。
「お二人。いいかしら」
背筋が張った。
まるで背中に氷を入れられたように、ピーンと。本当に、この声だけは生まれてからずっと聞いているけど慣れないものだな、と思った。もっと優しい声は出せないものかね。仮にも名門の当主でしょ。もっと余裕持ちなよ。
私達、姉妹二人が馬鹿をやっている廊下の奥。そこに立つ着物姿の、厳格な女性。ラスボスみたいな風格だな。本当に目の前のボサボサと血、半分同じなのかよ。
私達の母親、倉永書が、立っていた。
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