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宿の説明を受け部屋に案内されたカジュは、持ってきた荷物を整理し、必要最低限の衣服をハンガーにかけた。
夕飯の時刻まではまだ時間がある。着ていた服を脱いで寝間着に着替えると、どっと疲れが押し寄せて思わずベッドに寝転がった。
(これからどうしようかしら…)
男爵家を離れる前に立てた計画では、魔法を使える職を探すつもりだった。カジュは魔法治療薬も作ることができるため、どこかで雇ってもらえるだろう。
(たくさんの種類の魔法治療薬を開発してみたいけれど…この国で薬関係の職についたら開発もできるのかしら…)
チューリ家にいたころは父に教わりながら薬の研究にも携わっていた。魔法を強化するために王都にあった高等学院に通うかどうかも悩んでいたくらい、カジュは魔法が好きだった。
(もし、もしこの国で優秀な魔法治療薬の研究者になれたら…何かの形でいつかお父様たちに会えるのかしら……いえ、だめね、こんな夢を見ては。)
ふと頭をよぎった家族や執事たちの顔がカジュの胸を締め付ける。もう二度と会えないという気持ちが波のように押し寄せて、息が詰まった。
「そういえば…ロメリアさんがおっしゃっていた学園ってどんなところなんだろう。学費を払う余裕はないから通えないけど…」
苦しい気持ちを振り払うようにカジュはフォンを取り出して電波魔法へと接続する。フォンはゲームなどの娯楽から電話、文のやり取りや調べものまでできる小型電子機器だ。
但し使用するには電波魔法につながなければならず、電波魔法を使うにはお金がかかる。16歳のカジュは成人していないため、一人では電波を契約できない。
そのため、こうして誰かが管理している電波魔法につないでフォンを使用するしかなかった。フォンは自分で購入したので、家族にも連絡先は伝えていない。
「あっこれだわ…プリムラ学園…」
フォンで調べた情報によるとプリムラ学園には3つの学科が設けられている。
「魔法実践学科、魔法研究学科、魔法歴史研究科…」
ホームページの興味がある部分だけ読み進めていくと魔法研究科のページで手が止まった。そこには学生が実験道具を片手に魔法の実践を行っていた。どの学生の表情も真剣である。
「ここなら私の知らないことも学べるのでしょうね」
ため息交じりにつぶやいたカジュは、そこで読むのを止めた。通ってみたかったという思いで胸がいっぱいになることに耐えられなかった。追放を自ら選択したのに後悔しそうな自分が嫌だった。
「夕食が始まるまで眠ってしまおう…」
カジュはそうつぶやくと布団をかけることも忘れて、すぐに意識を手放した。
夢も見ないほどぐっすりと眠っていたカジュはロメリアがドアを叩く音で目が覚めた。
「おーい、ご飯が冷めてしまうよ!降りといで!」
「…ん……えっ…もう夕食!?すぐに行きます!」
カジュは急いで起き上がると、寝癖が付いた薄紫の髪を手櫛で整えて、小走りで一階へと降りた。
木造の階段を踏むたびに、ぎしっと音を立てる。
宿は店と同じ濃い茶色の木を基調としており、重厚感がある。
築年数は経過しているものの、古臭い感じはしない。ロメリアが掃除を隅々まで行っているからだろう。
(あの家もいつもきれいに掃除されていたわ。侍女たちのおかげね。)
目に映るもの一つ一つにチューリ家を思い出してしまう。この癖も時間と共に薄れるのであろうか。
一階に降りると、先ほど店として使われていた場所の奥に小さな食堂があった。食堂には調理台と4人掛けの丸テーブルがあり、窓からは夜の暗さがうかがえる。
「眠ってたのかい?疲れてたんだねえ、腹ごしらえしてからゆっくり眠りな」
気遣うようなロメリアの声と共に温かいスープとパン、シチューが運ばれてくる。
「ええ、ぐっすり眠ってしまって…ごめんなさい、食事を用意するお手伝いができなくて…」
「いいのいいの!お客様なんだから私に任しときな。しばらく客はカジュだけだしさ」
ロメリアの優しさに感謝しながらシチューをパンに浸して食べると、ふわっと濃いミルクと香ばしい鶏肉の香りが広がった。
「美味しい…!」
思わず口に出すとロメリアは照れくさそうに笑いながら、おかわりもあるからねと言ってくれる。チューリ家ではマナーに気を遣う堅苦しいご飯が多かったため、マナーをあまり気にせずご飯の味を楽しめるのはありがたかった。
「それで、カジュは学園への出願は終わっているのかい?」
急に学園入試のことを聞かれ、カジュはご飯を食べている手を止めた。
(そうだった…入試で来ていることにしていたんだったわ。)
「ええと、実はまだ出願していなくて。家の者に反対されていたものですから、反抗同然に家を飛び出してきたのです。」
苦し紛れに聞こえただろうかと心配しながらも、精一杯の嘘をつく。
「そうなのかい!?それじゃ、きちんと家の方に連絡を取ったほうがいいね!心配しているんじゃないかい?」
ロメリアは大きな声をだしてきりりとたくましい眉を寄せる。
「はい、先ほど父とフォンで連絡を取りました。入試を受けることは許してくれるそうですが、学費までは出してくれるかどうかは…。多分私が学園に受かるとは思っていないのだと思います。」
カジュがそう説明すると、ロメリアは少し目を細め肩肘をつくと、遠くを見ながら言った。
「ああ、プリムラ学園に入るのは難しいからね。カジュの父上の怪訝も間違っちゃいない。
知っているかもしれないが、あそこは国内でも有数の魔法学校で、しかも授業料免除の特待生制度があるから倍率が高いのさ。
カジュも特待生として受かれば授業料や寮費を払わなくてもいいけどね。」
その話を聞いたカジュは無意識に頬を少し紅潮させた。
(特待生…!そうか、その制度を利用すれば私も通えるかもしれないわ。)
魔法について学べるかもしれないという期待が鼓動を早くする。
「ロメリアさん、美味しい夕食と情報をありがとうございます。私、特待生で受かるように挑戦してみます。特待生ならばきっと父を納得させられると思うのです。」
カジュはそう言うと残りの夕食を食べ始めた。もっと詳しいことを確認して、受験するならば明日から勉強をしなければならない。やることは山積みだ。一刻も早く体を休めたかった。
急いでご飯を食べるカジュを見つめながら、ロメリアは考えた。
(さあ、受かるかね。この子の実力が分からないからね。ただでさえ倍率が高いのに、特待生を今から狙って間に合うのか。)
うわの空でそんなことを考えていたロメリアの耳に遠慮がちな声が届く。
「あの、お代わりをいただいてよろしいですか?ご飯がとてもおいしくて…」
少し恥ずかしそうにお代わりを要求するカジュを見てロメリアは大きな声で笑った。
「もちろんだよ!お腹がすくのはいいことだ。たんと食べて明日からに備えな!」
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