第50話 和解
僕は
待っている間、先ほどのことを考える。
もしかしたら愛澄華が追いかけてくるかもしれないと思い、僕はかなりゆっくり移動していた。
だけど、まさかキャミソール姿のまま追いかけてくるとは思わなかった。
それだけ真剣であったことが
真剣な話をしているのだから、ちゃんと愛澄華を見ようという気持ちがあったけど、直視できなかった。
それを愛澄華はよく思っていないようだったけど……仕方がないよね。
「……お待たせしました」
しばらくすると、愛澄華が部屋から出て来てリビングにやってくる。
服装はピンクと白のゴスロリ服。遊園地の時とは違う服だ。
「見苦しいところをお見せして、申し訳ございませんでした」
「ううん。むしろ僕は得したというか」
「……はい?」
僕は発言を間違えたのかな?
愛澄華から威圧感を感じる。
「そんなことより、改めてお願いするよ」
「……そんなこと……」
愛澄華はすけすけキャミソール姿での
不機嫌そうな声で僕が言ったことを復唱した。
不機嫌オーラを察知した僕は弁解する。
「いや、そんなことも大事なことだけど……そんなことより大事なことで……」
「ふー。……まぁいいでしょう」
全然よくない感じに見えるが、仕切り直して僕は改めて愛澄華を誘うことにする。
「僕と一緒にチョコリングを食べない? できれば外でコーヒーでもすすりながら」
すでに一度誘っていることから、誘うハードルはそんなに高く感じなかった。
それでも面と向かって誘うのは気恥ずかしく、それを愛澄華がいつも平然とやっていたことは尊敬に値する。
そしておそらく愛澄華の返事はすでに決まっているからこそ僕は緊張しなかった。
決まり切った返事を愛澄華は口にする。
……と僕は思っていたのだが……。
「ごめんなさい。それはもう叶わないわ」
予想していた返事と違った。
「どうして? だって、さっきはあんなに……」
「仕方がないじゃない」
愛澄華は申し訳なさそうに
僕は彼女のことをわかった気になっていたのかもしれない。
わかった気になって決めつけていた。
愛澄華にならうように僕も俯き、重い空気が流れる。
「仕方がないの……だって……」
聞きたくない気持ちがあるも、聞き入れなければならない。
そう思い、愛澄華の言葉を受け止める。
「もう食べちゃったんですから……」
「……はい?」
空になった紙箱という証拠を見せてくる愛澄華。
一瞬、僕はなにを言われているのか理解できなかった。
いつ食べたのかという疑問はもちろんあるが、それよりも驚きなことがある。
僕が持ってきたチョコリング。それは1人分ではない。
カロリーにすれば千キロカロリーは優に超える量があったはずだ。
それを彼女は1人でペロリと平らげてしまった。
どうやら、
「おしかったですよ」
「……それは……よかった……」
元々僕は愛澄華に元気を取り戻して欲しいからチョコリングを作った。
そしてそれは達成された。
だから僕的には満足な結果であるはず……。
なのだけれど、この前クリアしたゲームで感じたメッセージ『おいしいものは愛する人を救ってから一緒に食べるんだ』を思うとなんだか寂しく感じられた。
その後、愛澄華はそんな僕の心情を察してか、コンビニでスイーツを購入して、一緒に食べようと誘ってくれた。
もちろん僕はその誘いを受け、おいしいスイーツを一緒に食べた。
そのときに選んだスイーツはふたりともガトーショコラだった。
愛澄華と仲直りした翌日。
週初めのだるい月曜日の放課後。
僕は久しぶりに文芸部部室へと向かう。
久しぶりなのはパンづくりのために放課後を使っていたから、だるいのは愛澄華を元気にするために行動し達成したからだ。
普段からなにか目標に向かって努力しているわけではないため、なお一層だるさを感じる。
だからといってなにか目標に向けて努力する習慣をつけようとは思わない。
だって……疲れるじゃん。
だるさを感じないよう常に努力して体を慣らすより、だるさが感じるほどの努力をしないよう努めたい。
こんなことを公言すると批判されそうだ。
ただ逆に肯定してくれる人もいることだろう。
だって疲れるの嫌じゃん。だるいの嫌じゃん。
とはいえ、こんな僕でも努力することはある。
それは好きな人と共になら、というものだ。
好きな人というのは愛情だけでなく、友情でもいい。
この前奮闘した愛澄華のためのパンづくりなんかがそれだ。
香崎、飯塚、蒼華、と共に愛澄華へプレゼントするパンづくりをした。
僕一人なら、パンを作ってプレゼントしようとしなかっただろう。また、たとえ思い立ったとしても途中で心が折れていただろう。
だけど無事に成し遂げられたのはみんながいてくれたからだ。
みんながいるから楽しくパンづくりができ成し遂げることができた。
決して、僕が官能小説を読んでいたことを香崎にバラすと脅されたわけでも、愛澄華と近しい間柄の飯塚や蒼華に怒られそうなのが嫌だったわけではない。
そこは勘違いしないで欲しい。本当だよ。
部室の前に来ると室内から声がする。どれも聞き覚えのある声。
「それで? どうしてここにいるの?」
「どうしてって……文芸部に入ったからですよ」
「え? 聞いてないよ。そんなこと」
「私も初耳っスよ」
「今、初めて言いましたから」
「入江部長! 本当なんですか?」
「……うん。特に断る理由はないからね」
いつまでも立ち聞きしているのも悪いと思い、部室内に入る。
室内には、
……
「
部室に入った途端。愛澄華が抱き着いてきた。
声が聞こえたため、いることは予想していたことだけれど、まさか早々に抱き着かれるとは思わなかった。
抱き着かれた勢いに押されて後ろに倒れそうになるも、瞬時に右足を後ろへと移動させて、グッと倒れないように支える。
それを見た鈴寧さんの表情がえっ! という驚きから、むっ! という怒りに変わるのが見える。
「どうしてここに⁉」
「約束を果たしに来ました」
「約束?」
「はい! 諒清が書いた小説のキャラを私が描く約束です」
僕が勢いでした約束を覚えていたことが嬉しい。
嘘の彼氏彼女だったときは後ろめたい気持ちで受け入れることができなかった。
だけど今は違う。
正直に、好きだと言ったことは嘘だと伝え、愛澄華との日々は楽しいと伝え、仲直りすることができた。
今の関係なら愛澄華が描いた絵を見てもいいだろう。
ただ鈴寧さんの表情がむっとしているのが気になる。
「まだその約束、覚えてたの?」
「はい。それで……」
抱き着いたまま話を続けようとしてくる愛澄華。
部員のみんなに見られているのが恥ずかしくなった僕は慌てて愛澄華に離れるように言う。
「愛澄華……近いから少し離れて」
「え~。どうしてですか? 私のこと好きなんですよね?」
「……えっと、それは……」
言われた僕はたじたじになる。
彼女にプレゼントしたチョコリングに載せたハート型のチョコプレートに『大好き』と書いて渡した。
だがそれは、僕的には友達としてという意味で渡したつもりだったけれど、愛澄華的には恋人としてという意味だと思ったらしい。
よくよく考えてみればそうだ。
誰が女友達に大好きなんてメッセージを送るというのだ。
何度考え直してみても恥ずかしい。
やらかしたという恥ずかしさもあり、僕は愛澄華に言い出せずにいる。
僕がどうしたものかと困惑してると、鈴寧が問い詰めんばかりの勢いで迫って来た。
「どういうこと⁉ わたしのことが好きなんじゃないの?」
「……えっと、それは……」
嘘ではない。僕は鈴寧さんが好き。
だけど愛澄華がいる前で言いだすことができず、たじたじが止まらない。
はっきりしない僕を凝視してくる愛澄華と鈴寧さん。
そして、ハモった。
「諒清は結局、どっちが好きなのですか⁉」「立石くんは結局、どっちが好きなの⁉」
本心を打ち明けたくとも、ふたりが怖すぎて僕はその場から逃げ出した。
一心不乱に駆け出す。
「「コラー!!」」
愛澄華と鈴寧さんが声を上げて追いかけてくる。
逃げたところで問題が解決しないことはわかっている。
その場しのぎでしかない。
それは愛澄華への告白の返事を間違えた件で身に染みている。
入江部長や香崎は僕の行動に呆れていることだろう。
だけど今日は勘弁してほしい。疲れているからね。
しばらくしたら真実を話す。
真実を知ったうえで愛澄華が絵を見せてくれるというならば見よう。
なにはともあれ、愛澄華が元気になってくれたようで僕は嬉しい。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
作品を読んで頂き、ありがとうございます。嬉しい限りです。
このお話はこれで一区切りついたことになります。
少しでも面白いと感じましたら、レビューの☆1つでも頂ければ、なお嬉しいです。
続きを書くかどうかは、作品の人気具合であったり、キャラが動き回るかどうかです。
なお、本作を執筆した経緯と次回作に関しましては近況ノートにてお知らせします。そちらも読んで頂ければ嬉しいです。
陰キャな僕は学園一の美少女に告白される。だけど意中の女子がいるため、断ろうとしたら返事を間違えてしまった。 越山明佳 @koshiyama
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