第42話 強引な女の子は嫌いじゃないよ。

立石たていし諒清りょうせいはどいつ?」


 ある日の放課後。


 突然、僕の名前を呼ばれた。


 教室の出入口で腕を組んで仁王立ちをしている近隣公立中学の制服を着た彼女は、教室内にいる生徒ひとりひとりの顔を見やる。


 帰りのホームルーム直後であるため、相当数の生徒が教室内にいる。数に紛れているためか、すぐには僕を見つけれれないでいるようだ。


「なに? あの子。かわいい~」

「中学生? どうしてここにいるの?」

「立石くんに用事って……もしかして……キャっ!」

「っていうか誰かに似てない?」


 クラス内の女子が彼女を見て騒ぎ出す。


 しばらく騒いでからクラス中の生徒が一様に僕を見た。


「あんたが立石諒清ね」


 クラス中の視線が集まることで、当然のことながら僕の居場所はバレ、彼女は僕に近づいてくる。


 僕は彼女になにかした覚えはない。というか、そもそも会った記憶がない。


 彼女の強気な口調が恐ろしく、本当なら隠れていたかった。


 だが見つかってしまった。


「ここじゃ話しづらいわね……ついてきなさい」

「……うん……」


 突然の来訪者に驚くも、僕は彼女についていくことにした。


 それにしても、彼女は誰かに似ているような気がする。




 彼女に連れられ、僕たちはファミレスに来店した。愛澄華と勉強会をしたファミレスだ。


 彼女と対面する形でテーブル席に腰かける。お互いにドリンクバーのみ注文し、お好みの飲み物を席に持ってきた。僕はホットコーヒー。彼女はホットココア。


「それで? 君はいったい誰なのかな?」


 僕には妹がいるため、年下の子と話すのは慣れている。だがそれは、あくまで妹であるため、見ず知らずの子とファミレスでふたりっきりで話すのはなんだかいけないことをしている気になる。


 僕としては早めに切り上げたいところなのだけれど、急く気持ち抑え彼女の話を聞く姿勢をとる。


「蒼華の名前は川田かわた蒼華そうか。あんたの元カノ、川田かわた愛澄華あすかの妹よ」


 その言葉を聞いて僕は得心した。


 誰かに似ていると思ったら、愛澄華に似ているんだ。


 よく見るとそっくりだ。キレイな金色の髪。強めな口調。強引な行動。


 過去の愛澄華との思い出と照合すると重なるところがある。


 違いがあるとすれば短髪であることと……。


 ……あ! 胸はまだこれからみたいだね。


「……なによ?」


 気づけば蒼華ちゃんは両腕を前にして胸を隠すポーズを取っている。


「そんなに見られると恥ずかしいんだけど……」


 頬を赤らめてかわいらしい。


 なんて考えている場合ではないと悟った僕は謝罪する。


「えっと、ごめん」


 頭を下げると、今度は蒼華ちゃんが僕をまじまじと見ている。


 まるで品定めされているような気分だ。


「あんたが立石諒清……お姉ちゃんが前に付き合ってた彼氏とは随分と雰囲気が違うのね」

「野村くんはイケメンだからね。僕なんかとは違うよ」

「僕なんか…………」


 僕が言ったことを小声で繰り返して、蒼華ちゃんはなにか考えているようだ。


 考えがまとまらないのか、マグカップを手に取り、ココアを飲んで間をおく。


 僕は蒼華ちゃんの動作にならいミラーリングよろしく、僕もマグカップを手に取りコーヒーを飲む。


「マネしないでくれる!」

「うっ! ごめん」


 僕が動作を真似たのが気に入らなかったのか、蒼華ちゃんはソーサーにマグカップをカシャンと置いて怒りだしてしまった。


 おかしいな。心理学の本にミラーリングは効果的だと書いてあったのに……あれは間違いだったのかな。


 数秒の間のあと、蒼華ちゃんは髪をくるくると指先でもてあそび、小声で呟いた。


「調子狂うなぁ~」

「体調悪いの大丈夫?」

「そういう意味じゃない!」

「え? あ、そうなの?」

「そう! あんたみたいな、うじうじ、ふにゃふにゃ、したやつをなんでお姉ちゃんが……」

「そういえば愛澄華、大丈夫?」

「……は?」


 蒼華ちゃんの口から愛澄華の話題が出てきたから食いついてみたけど、まずかったかな?


 目を丸くして「場違いなこと言うんじゃねぇ!」って顔してる。


「誰のせいだと思ってるのよ……」

「……へ?」

「お姉ちゃんが元気ないのは誰のせいだと思ってるのよ!」


 蒼華ちゃんが急にテーブルに手をついて前のめりに立ち上がる。


 僕はその勢いに押され、り、年下相手に情けなくもおびえてしまった。


 店内にいるお客さんの視線が集まり、恥ずかしさを覚える。それは蒼華ちゃんも同じらしく、冷静さを取り戻したのか、席に腰を下ろす。


 お互いに飲み物をすすり、集まった視線がれるのを待った。


 僕は年上であることを自身に言い聞かせ、愛澄華の妹である彼女にかける言葉を考える。


 おそらく……というか確実に、蒼華ちゃんは姉思いで、落ち込んでいる姉を気にかけ、僕の元へとやって来たのだ。


 できることなら僕は、愛澄華に元気を取り戻して欲しいと思っている。だからこそこの前、僕はせめて謝罪をと思い、美術室へと赴いた。だが、愛澄華は聞き入れてくれる状態ではなかった。


 それにいくら謝罪したとしても、僕が好意を向ける先は変わらない。そしてなにより、僕が彼女に……愛澄華に嘘を吐いていたことに変わりはない。


 それでも僕は、できることをしたいと思っている。


 そうして考えた末、僕が蒼華ちゃんにかける言葉に選んだのは……。


「どうしたらいいと思う?」


 情けなくも年下の愛澄華の妹に相談を持ち掛ける言葉だった。


「へ?」


 蒼華ちゃんは首を傾げて、僕の言っていることが理解できないでいる。


 それはそうだ。


 自分で犯した過ちの尻拭いをどうしたらいいか、なんてこと、傷を負わされた側の妹に相談するなんてどうかしてる。


 でも、それでも……愛澄華に元気になってもらうためには、どうかしていることだってやってやる。


 僕は蒼華ちゃんの目を見据え、固い意志があることを目で訴えかける。


「あんた……お姉ちゃんのこと好きじゃないんじゃなかったの?」


 図星を突かれて気圧されるも、引くわけにはいかない。


 自分で犯した過ちは自分でなんとかする。


 なんとかできなくとも、なんとかしようとする。


 ひとりでどうにもできない時は他人を頼る。


 それはきっと、人として当たり前のことで……けれども、その当たり前を実際にやるのはすごく難しい。


 そして難しいからといって――


 —―逃げるわけにはいかない。


「僕は愛澄華をこれ以上、傷つけたくはない。だから……」


 席に座ったままであるも、僕は深々と頭を下げて懇願した。


「お願いします。僕に愛澄華を元気づけるアドバイスを下さい」

「…………わかったわ。それじゃ――」


「その話、ウチも混ぜさせてもらおうか」


 僕たちの話に割って入って来たのは、髪をピンクに染め、ハート型のピアスをつけるギャル――飯塚いいづかあかりだった。

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