第40話 ケンカするほど仲がいい?
僕と
愛澄華は僕と登下校しなくなった。当然だ。
昨日、あんなことがあったんだ。
僕とは顔も合わせたくないだろう。
心なしかカバンについている愛澄華からもらったお守りが悲しそうだ。
もう別れたのだから付け続ける必要はないとわかってる。
それでもせっかく作ってくれたのだからと思い、外せずにいる。
それにこのお守りを外してしまうと、愛澄華との縁を完全に切ってしまうような気がした。
別れようと考えていた僕だけれど、こんな別れ方は嫌だ。
だからこそ僕は、彼女とどう向き合ったらいいか考える。
「よう! 今日は川田と一緒じゃないんだな」
学校に到着すると
「でたな諸悪の根源」
「なんだよその挨拶。斬新だな。俺も使っていいか?」
「ダメだ。これは僕だけが使うことを許されている」
「なんだよそれ」
野村くんが教室にいないことを確認してから盛快に文句を言う。
「僕が愛澄華を好きじゃないこと、言っただろ」
「ごめん!」
僕が盛快に文句を言ったつもりなのに、謝罪の言葉は別方向から聞こえてきた。
「え? なに? あかり、どうしたの?」
盛快は困惑した様子で、僕を見ては飯塚さんを見て、僕を見ては飯塚さんを見て、自身に人差し指を向ける。と、同時に顔を突き出して言った。
「俺、なんかした?」
した。
だが飯塚さんは否定する。
「いや、盛快じゃないし」
一拍おいてから盛快は納得したようで……。
「あーそうだよな」
「そもそも盛快がなんかしたのにウチが謝るわけないじゃん。保護者かっつーの!」
「だよねー」
盛快に謝罪されるのならわかるが、飯塚さんに謝罪される理由がわからない。
話が見えない僕は飯塚さんが僕に謝罪してくる理由を聞いてみる。
「飯塚さんから謝罪を受ける覚えはないんだけど……」
「実はあーさんに立石くんがあーさんを好きじゃないってこと言っちゃった!」
僕はそのことを飯塚さんに話した覚えはないんだが……。
まさかと思い盛快に目線をやる。
「おう。俺が灯にこの前、話したやつな」
「やっぱり犯人はお前か!」
「は⁉ なんだよ! いきなり!」
「うっさい!」
遊園地で偶然、会った際に盛快に僕は話していたのだ。
いつもの悪乗りで勢いに任せて話していた。
あの時、僕は「誰にも言うなよ!」と念を押そうとしたのに……くま型のカステラのせいで、くま型のカステラのせいで!
言えず中途半端に伝えてはいけない事実だけを伝えてしまっていた。
なんという失態。そして盛快! お前もなんで言う。
盛快が野村くんに話していたことは昨日の一件で知っていたが、飯塚さんにも話していたとはね。
僕はげんなりと頭を抱えたままでいると、飯塚さんが謝罪を繰り返してきた。
「ごめん。ごめん。本当にごめん! ほら、盛快も謝って!」
「へ? なんで俺が?」
「ウチにあんなこと話したからいけないんでしょ!」
「灯が当人にぺらぺら話すなんて無神経が原因だろ!」
「なに? やるつもり?」
「おう! この前の続きやるか?」
本当にまずかったのは野村くんに知られたことなんだろうけど……。
僕の話はどこかへ追いやられ、盛快と飯塚さんがケンカを初めてしまった。
その様子は僕にとって羨ましいものに感じられる。
今の僕と愛澄華もケンカしているといっていいだろうが、お互い真面目過ぎるがゆえに険悪だ。
だが今目の前でケンカしているふたりはお気楽同士ゆえに、ふざけあっているだけのように見える。
「なにを! やるんだ?」
ふたりのケンカを仲裁するかのように数学担当の直見先生が話しかけた。
恐る恐るという感じにふたり動きをシンクロさせ、グギギと顔だけ先生の方へと向ける。
そういえば次の授業は数学だ。
朝のホームルームはいつ終わったのだろう……まぁそんなこと今はどうでもいいか。
「もちろん! 今日やる数学の小テストの話だよな!」
「「もちろんですとも!」」
「期待してるぞ!」
ふたり、勉強していないのか顔を青ざめた状態で席に着いた。
ちなみにあとで昨日の野村くんとのやり取りを盛快に話すと……。
「あー、あいつはそういうやつだよな」
「知ってたの? 知ってて話したの?」
「まぁ嘘なんていつかはバレるんだからいいだろ」
よくはないが、元はと言えば僕のせいだから盛快を責めきれない。
それにしても盛快はどこまでお気楽なんだ。
――放課後。
僕は飯塚さんと共に美術室にいる愛澄華の様子を見に行った。
彼女にバレないように出入口から室内を覗き見る。
室内には不自然な程に静けさが漂い、愛澄華以外に人がいない。
どんよりと暗黒オーラを
「あれ……なに?」
「知らないの?」
「知らないよ」
「野村くんと別れたときもあんな感じだったよ」
「そう……なんだ……他の部員は?」
「この空気に耐え切れなくて出て行ったみたい」
「確かに……この空気の中を居続けるのは嫌、かも……」
室内の至る所に道具が散らかっている。
そのことから、飯塚さんが言う通り、最初からいなかったわけではなく、しばらくは居たけれど空気に耐え切れなくなって出て行ったように見える。
「それで? どうするつもり?」
「どうしよっか?」
「は⁉ あーさんのところに行きたいって言ったのあんたでしょ!」
飯塚さんが言う通り、僕が愛澄華と放課後、会いたいと話した。
愛澄華にどう接すればいいのか、なにを話せばいいのか、わからない。
とりあえず様子を見に来たのだが……。
「僕……この
「瘴気⁉ って……しっくりくるけど、そう表現するのは元カレとしてどうなん?」
「そう言われても……飯塚さんなら、この瘴気に耐えきれる?」
「……無理だし。こんなの死にに行くようなもんじゃん」
「それはそれで、親友としてどうなの?」
「いいからあんたはさっさと死にに行く! 元はと言えばあんたが悪いんじゃん!」
そう言って飯塚さんは僕の背中を押して、愛澄華がいる美術室内へと押し入れようとしてくる。
「ちょっと! 僕だってまだ死ぬ覚悟は……っていうか死ぬってなに? 途轍もなく怖いんだけど!」
そうやって僕たちが悶着していると――
—―愛澄華が僕たちの前に来ていた。
「なにかようですか?」
彼女の声は僕が今まで聞いたこともないドスの聞いたおっかないもので、僕は全身が震える思いだ。
彼女と対面するのは怖い。
怖いけれど、飯塚さんが言う通り、元はと言えば僕が悪いんだ。
だからこそ僕は覚悟を決めて、彼女に話そうと思った。
「……あ、あの……愛澄華、僕は……」
「帰ってくれますか?」
愛澄華は背を向けて室内の奥へと移動していく。
「えっと……あれ?」
愛澄華から放出される暗黒オーラへの恐怖も相まって、なおさら僕はなにを言ったらいいのかわからない。
「どうしたの? せっかくだからガツンっと言っちゃいなよ」
ガツンとって……文句を言いに来たんじゃないんだから。
「そんなこと言われたって無理だよ」
「随分と仲がいいんですね」
僕たちが
僕はここぞとばかりに謝罪を口にすることにした。
頭を下げ、誠心誠意。僕は思いの丈を伝える。
「ごめん! 僕は愛澄華を騙してた! いや、結果的に騙すことになってしまった。許して欲しいとは言わない。けど……」
「帰ってください!」
僕が言い終わる前に、愛澄華に制止させられてしまう。
「言い訳なんて聞きたくありません!」
言い訳しようだなんて思わない。
「いいの……私が告白したのが……私があなたを好きになったのが悪いんです」
そんなことはない。そんなことあるはずがないのに、僕は言えないでいる。
「いいんです。私があなたを無理やり付き合わせただけ……それだけ!」
いいわけがない。このままでいいはずがない。
だって彼女は――愛澄華は……背中越しでもわかるくらい――
—―悲しんでいるのだから。
「いいから帰ってください!」
バンッ!
愛澄華は力強くドアを閉めた。
それはまるで僕と愛澄華の仲を分かつようだ。
いや……実際、そのつもりで愛澄華はドアを閉めたのだろう。
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