第38話 嘘はバレるようにできている。
「あーさん。元気ないね」
放課後、美術部の活動中に私—―
誰にもバレないよう元気に振舞っていたというのに、どういうわけか、彼女にはバレてしまいます。
「なにかあった?」
私のことを気遣ってくれるのを嬉しく思うものの、どう言ったらいいかわかりません。
とりあえずとばかりに私は事実だけを伝えました。
「
「諒清って……この前、遊園地で会ったやつ?」
「そうです」
「なんで? 仲良さそうだったじゃん」
「わかりません」
そうです。私が落ち込んでいる理由はなぜ別れを切り出されたのかがわからないからです。
わからないことは怖い。けれども、知るのはもっと怖い。
だからこそ私はなぜ別れを切り出したのか聞き出せないでいます。
諒清は好きではなくなったからだと言っていました。
しかし私はもっと別の……私には言えないような理由があるような気がします。
「あーさん。元気出して。ほら、チョコあげるから。超好きっしょ!」
「はい。ありがとうございます」
私はあかりんが差し出してきたファミリー用サイズのお菓子袋に入っているチョコを……鷲掴みします。
「豪快だねぇ~」
10粒は取れただろうか。テーブルの上の広げ、1粒ずつ口へと運んでいきます。
「1日に何粒食べれる?」
「はむ。数えたことないけど……はむ。1袋は余裕でいけます……はむ」
「語尾は『はむ』になってるし」
「はむ。しょうがないじゃないですか……はむ。止まらないんですから……はむ」
「かわいいなぁ」
そう言ってあかりんは微笑みを浮かべつつ、私の頭を撫でてきます。
どうもこの情景は餌付けされているようにしか思えません。
しかし、一度食べ始めたら止まりません。はむはむ、と食べ続けてしまいます。
「そういえば彼氏の前ではチョコばっか食べるのを我慢してたんだっけ?」
「はむ。そうですよ……はむ。悪いですか? ……はむ」
あかりんは理解できないようなので、私は訊かれる前に答えます。
「だって……こんなにチョコばかり食べる女だと思われたくありません……はむ」
「チョコ食べながら言うなし!」
そうこうしているうちに私は、先ほど取り出したチョコ10粒をすでに食べ終えてしまった。
「満足?」
「うーん。どちらかというと……満腹? かな?」
「なにそれ~。意味わかんない」
私の返答にケラケラと笑っています。
なにが可笑しいのかわかりません。けれども、あかりんの笑顔を見ていたら元気が出てきました。
元気を多少取り戻した私は「よし!」と気合を入れて絵の続きを描きます。
自然豊かな緑に囲まれた遊園地。数多くのアトラクションの中心で楽しそうにクルクルと回りスカートを翻す女の子。
「あれ? これってこの前の遊園地じゃん?」
「そうです。楽しかったなぁと思いまして」
「めっちゃ未練たらたらじゃん」
「そんなこと……ありませんよ……」
「強がるんなら、もっとはっきりと強がろうよ」
「うるさいですよ」
「そんなに好きだったの?」
「……はい」
考えていても仕方がないのに考えてしまいます。
どうしたら考えないようにできるのでしょう。いや、そもそも考えないようにする必要があるのでしょうか。
別に会えなくなったわけではありません。
付き合っていた当初と変わらず、登下校を共にしているわけですし。
別に彼氏彼女なんて関係でなくてもいいのではないでしょうか。そこにこだわる必要はないんだと思います。
だいいち、諒清は私のこと好きだったのだから……いえ、もしかしたら今も、好きかもしれません。好きだけど別れたのかもしれません。
そのことを怖くて聞けない私がいます。
彼に思い切って告白した私はいったいどこに行ってしまったのでしょうか。
「そういえば、立石っちって、あーさんのこと好きじゃないらしいね」
「……え?」
突然、あかりんが妙なことを言いだしました。
好きでなくなったのならまだわかります。それも確証はありませんが。
疑問を拭いきれない私は、イーゼルに載せた絵からあかりんへ視線を移します。さらに、あかりんの顔に自身の顔を近づけて詳しく訊く態勢を整えます。
あかりんから甘いいい香りがします。くんかくんか……なんて考えている場合ではありません。
「だれから聞いたんですか⁉」
「え?」
「どこで聞いたんですか⁉」
「お?」
「いつから私のこと好きじゃないんですか⁉」
「はわ!」
ドスッ!
私がぐいぐいぐいとあかりんに詰め寄ったことで、彼女は後ろに倒れてしまいました。
スカートがめくれて下着が見えたり……しません。汚れてもいいようにジャージを着てます。
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
先立つ気持ちを抑え、まずはと思い、あかりんに謝罪と共に手を差し伸べます。
あかりんは私が差し出す手を掴み「よっと!」と声を上げつつ、立ち上がります。それからジャージに付いたホコリをはたいて落としつつ、先ほどの私の質問に答えてくれました。
「聞いたのは
「……そう……ですか……」
驚愕の事実を聞かされて、全身の力が抜けていくのを感じます。
諒清の好きな人としか付き合わないという言葉は嘘だったのでしょうか。それとも、私の聞き間違いだったのでしょうか。
だとしても、彼は私のことを好きだと何度か言ってくれたことがあります。あれは嘘だったのでしょうか。
そんなことを考えていると気分が落ち込んでいきます。
「あー、でも! 盛快って結構、適当なところあるからさ! なにかの間違えじゃん?」
あかりんが私のことを
「そうですね。なにかの間違いですよね……きっと」
「そうそう。あんなおちゃらけたヤツの言うことなんて信じる必要ないよ」
「そもそも、あかりんが話さなければ知らないままで済んだんですけどね」
「あれ? そうだっけ? まぁ~気にしない。気にしない」
この似た者カップルが!
私は適当を絵に描いたようなふたりに呆れます。もっと考えて行動できないのでしょうか。
あかりんと話したことで心の荷が少し軽くなりました。
そこでふと、教室に数学の教科書を置き忘れていたことを思い出します。勝己の件で落ち込んでいたとき以来でしょうか。
数学担当の
「世の中にはいいかげんな人を批難する風潮がありますが、私はそうは思いません。いいかげんな人はおおらかさで場を和ませる力があります。逆に真面目な人は緊張感を与えて関係をギスギスさせます。要はバランスが大事です。ということで今日出す宿題は……」
……と、言っていたことをあかりんの適当な会話で思い出しました。
「教室に忘れ物したのを思い出したので取りに行ってきます」
「りょ。いってらー」
お気楽ボイスを背に2年A組の教室へと向かいます。諒清に偶然会うことを期待してB組の前を通るルートで。
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