第37話 野村勝己というキャラの方向性に悩んだ結果、よくわからないことになった。

「それで、遂に別れられたんっスね」

「……うん……」


 僕は愛澄華あすかに別れを打ち明けた事実を放課後、文芸部員の皆に伝えた。


 協力してくれたのだから目標を達成できたことを報告するのは当然だ。


「ようやっと、別れることができたというのに浮かない顔をしているわね」

「……そう……ですね……」


 僕は愛澄華のことが好きではない。付き合っていることに罪悪感を感じていた。


 だからこそ、別れを打ち明けた。


 だというのに、僕は胸にもやもやを抱えたままでいる。


 僕はこの感情にどう向き合っていいのかわからない。


「これでやっとわたしと付き合えるね」

「……うん……」


 僕を元気づけるために鈴寧すずねさんが言ったのだろうけれども、僕はこれっぽちも嬉しくはなかった。


 というのも……。


「別れたのにどうして一緒に登校して来てるんっスか?」

「僕にもわからないよ」


 愛澄華と別れられれば万事解決。元通り。


 愛澄華との縁は切れるもんだと思っていた。


 だというのに、愛澄華は僕に変わらず接してくる。


 僕のために描いてくれた絵は、再度付き合うことになったら見せてくれることにすらなっている。


 もうすでに彼女の中で復縁することが決定しているようだ。


 愛澄華に別れを打ち明けた。けれども、諦める気はない。そんな事実を皆に伝えると、それぞれ反応してくれた。


「なかなかしぶといわね」

「ゾンビっスね」

「でも、別れたのだからわたしが付き合ってもいいのよね」


 入江部長、香崎、鈴寧さんが口々に言う。


 別れられたというのに、僕の気持ちは晴れないまま、そういったことから僕は鈴寧さんの気持ちに応えれなかった。


「ごめん。鈴寧さん……いまいち気持ちの整理ができてないんだ。それに愛澄華と別れられたからって、すぐに別の女子と付き合うなんてなんか違う気がする」

「……そう……だよね……」


 嬉しそうにしていた鈴寧さんの表情が沈んでいくのを感じる。


 罪悪感を感じるも僕はどうすることもできない。


「まぁいまさら立石先輩が女子をとっかえひっかえしたところで最低であることに変わりはないんっスけどね」

「グフッ!」

「ちょっと! かなちゃん! そんな言い方しなくても……」

「鈴寧先輩もいつまでもこんなヘタレのことを好いてないで別の人に乗り換えたらどうっスか?」

「ちょっと!」

「まぁまぁ、かなちゃん。いくら立石くんがどうしようもない最低クズ野郎だとしても言い過ぎよ」

「ガハッ!」

「あれ? 立石くん。どうしたの?」


 入江部長のは絶対にわざとだ。そう思うも僕は言い訳すらできずにいた。


「ちょっと外の空気を吸ってきます」


 カバンからラノベを取り出し、部室をあとにした。


 気分転換に外で読書しよう。




 僕は文芸部室を出てから校内にある自販機で缶コーヒーを購入し、校門前にあるベンチに座る。


 ベンチは木のすぐそばにあり、木陰ができていて快適だ。


 校門の出入りがよく見える。見えたからどうというわけではないが、人の流れを見ると、変わらず時が流れているんだなぁと感じられる。


 空は晴れ渡っているというのに、僕の心は晴れない。そんな状態で校内にある自販機で購入した缶コーヒーをひとりですする。


 読書したいという気持ちはあるが、少しのんびりする。


 こういう時間もきっと大切なのだろう。だれかと一緒に過ごすわけではなく、晴れた空の下、ひとり思いふける。


 常にだれかといたがるような人だったり、常になにかをやっていないと気が済まない人なんかには、理解できないことかもしれない。


 だが僕は、別にそういった感性を持っているわけではない。


 別にひとりでいることを苦に感じないし、むしろそういった時間が必要だとさえ思っている。


「こんなところでアホ面さげてどうした」


 隣から声がした。その声に聞き覚えがある。


 愛澄華あすかと付き合ってからというもの、僕のことを恨んでいるようにしか思えない。


 常に睨まれているように感じている。そう――バスケ部の野村のむら勝己かつきだ。


 野村くんは部活の休憩時間に抜け出してきたのか。体操着を着ていて、首にはタオルを巻いている。手には水筒を持っていた。


「野村くん? どうしたの? 珍しいね」

「珍しいのはどっちだよ」


 野村くんは人1人分のスペースを空けて僕の隣に座って来た。


 水筒に入っている飲み物をゴクゴクと飲んで、それから会話を続ける。


「愛澄華とはどうだ?」

「え?」

「いや、え? じゃねぇよ。付き合ってるんだろ? うまくいってんのか?」

「……」


 野村くんに突然、愛澄華とのことを聞かれて驚いた。どう答えたらいいかわからない。


 無言のままでいると、野村くんは再び水筒の飲み物を飲んでから言った。


「うまくはいってないようだな」

「……うん……」


 すんなり肯定できてしまう僕。そんな自分自身が情けなく思うも、事実であることに変わりはなく、むしろうまくいっていないことを喜んでさえいるような気がした。


 そんな情けない僕を野村くんはどう思っているのかわからないが、野村くんは訊いてもいないことを語りだした。


「あいつは重いんだよ」


 急に女子のことを重いだなんて失礼じゃないかと思うも、体重の話ではないとわかっている僕は、ツッコまない。


 そのまま僕は、野村くんの話を黙って聞くことにした。


「人のことをノートに記録したり、別れを切り出しても引っ付いて来たり」


 僕にも覚えがある。というよりも今の僕がそうだ。


「なんのために別れたのかわかりゃしない。それに愛澄華の私服はなんだ」


 ゴスロリ服のことか。あれは確かに驚きだよね。


「おかしいだろ。デートにゴスロリ服を着てくるなんてよ」


 そこまでは思わない。


 個人的にゴスロリ服は嫌いじゃないし、似合ってもいた。


 野村くんは一通りしゃべり終えたようで沈黙が流れた。


 今だ、とばかりに気になっていたことを訊いてみる。


「野村くんは愛澄華のこと好きなの?」


 その瞬間、強風が吹いた。下校途中である女生徒のスカートがめくれて白い布地が見える。


 僕と野村くんはその女生徒ににらまれる。


 風が止んでから、仕切り直しとばかりに「ふー」と息を吐いてから野村くんは言った。


「好き……なんて言えばいいのか?」


 僕の顔を見て、そんな答えとも言えないことを言った。


 白パンが好きなんだと錯覚しそうになったが、そうではない。愛澄華のことだ。


「俺はそんな理由であいつと付き合ったわけじゃねぇ」

「じゃあ、どうして付き合ったの?」


 どうも僕は腑に落ちない。


 愛澄華からは野村くんに好きでもないのに好きだと嘘を吐いてもてあそばれたなんて言っていた。だが僕は、どうも納得できない。


 野村くんがそんな人だと思えないんだ。だからこそ聞く必要があると感じた。


 その答えを野村くんは惜しむことなく、答えてくれた。


「—―バスケをうまくなるためだ」


 思いにもよらない回答であったため「は?」と声を漏らして首を傾げる僕。そんな僕を見て野村くんは「ふっ!」と笑った。


 いや、わからない。


 確かに野村くんはバスケ部員で日々練習に励んでいる。それを知っているのは僕だけではないだろう。


 部長に選出されたのだって、そのひたむきに懸命に励んできた成果だろう。


 そこまではいい。わかる。


 だけれども、それと愛澄華と付き合うこととどう関係があるのだろう。


「ホルモンって知ってるか?」

「焼き肉屋で頼むやつ?」

「そっちじゃねぇ」


 見当違いなことを言ってしまったためか。野村くんは呆れているようだ。


「性ホルモンの方だ」

「は?」


 相変わらず野村くんがなにを言いたいのかわからない。


「ある説のよると、恋愛経験が豊富なやつは収入が高いとされている」

「そうなんだ」

「おう。それでだな。これは収入だけでなく、スポーツの成績に関係しているのではないかと俺は睨んだ。だから俺は愛澄華と付き合うことにした」


 ここで彼がバスケが上達したいと愛澄華と付き合うことにした理由が繋がった。


 だが僕は、気になることがある。


「結果は?」

「結果は――」


 僕は息を呑み、彼が結果を告げるのを待つ。


「結果は特に関係なかった」


 そうして彼なりの考察を述べる。


「そもそもとして、恋愛も仕事もうまくいくというのは一種の目標を達成する力があるという共通点があるから起こる結果に過ぎない。そう思えるようになった。そこに因果関係はなく、相関があるように感じるのは結果としてそうなっているからにすぎないんだ」


 一呼吸おいてから、彼は続けた。


「そこで俺は愛澄華と別れることにした」


 なにがどう繋がってその結論に至ったのはわからない。それを野村くんは感じ取ったのか、語りだした。


「だってそうだろ。目標を達成するために取った行動だというのに、それがなんの関係もないと気づけば、続ける必要はない。むしろ関係を続けることで奪われる時間の方が問題だ。ならその時間をバスケ上達のために使いたいと思うのは自然なことだろ」


 その気持ちを僕は理解できない。なぜなら僕には、そこまでして達成したい目標がない。高みに上りたいと思ったことがない。


 そしてなぜ、彼がそんなことを僕に話してくるのかわからない。


「あいつは――愛澄華はただ別れを告げただけじゃどこまでもついてくるぞ。立石にもし成し遂げたいことがあって、その足かせになっているんだとしたら、思い切って突き放すことも必要だと思うぞ」

「なんでそんなこと僕に? 僕、愛澄華とのこと野村くん話したっけ?」

「立石の浮かない顔を見てたらわかる。愛澄華は自分のことばかりで気付いてないかもしれないけどな」


 野村くんは一通り語り終えると席を立ち、体育館がある方へと向かっていった。


 どうやら練習に戻るようだ。


「野村くん……ありがとう」


 僕が野村くんに抱いていた感情に間違いはなかったんだ。


 野村くんはちゃんと優しい。ただ不器用なだけ。


 こうやって僕にアドバイスしてくれる。


 愛澄華の件だってちゃんと別れを切り出したのに付きまとってくるのを突き放すための行動だったんだ。やり方は感心しないけど。


 そう考えていると再びの強風が吹く。


 下校途中である女生徒のスカートがめくれて今度は黒い布地が見える。


 女生徒ににらまれる。


 まるで野村くんは白ではなく、黒だと主張しているように感じられた。


 ……そんなわけないか。

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