第32話 学校の会議室は男女がいちゃつくところ。そう誰かが言ってた気がする。ただそれは気がするだけ。

 僕は庭城にわしろさんが好き。愛澄華あすかのことは好きではない。でも、愛澄華と付き合っている。


 どうしたらいいかを僕と庭城さんで話し合うことになった。


 庭城さんは補習課題に取る組みながら言った。


「確認だけど、立石くんは本当に、川田さんのことが好きではないのよね」


 課題に取り組みつつ、ちらちらと送られる視線が痛い。


「もちろんだよ」

「もちろん…………」

「……?」


 庭城さんは不服そうに僕が言ったことを繰り返す。そのあと、僕にダメージを与えにかかって来た。


「川田さんのことは好きではない。そうね?」

「……う……うん……」

「でも、川田さんと付き合っている。合ってる?」

「……合ってます……」

「そして、告白の返事を間違えたとは言えない。いい?」

「……いい……けど………」

「けど? なにかしら?」

「……あの……庭城さん? 間違ってたら申し訳ないのですが……」


 なんだか庭城さんの様子がおかしいと感じた僕は意を決して、恐る恐る言ってみる。


「怒っていらっしゃる?」


 バンッ!


 庭城さんが教科書を力強く閉じる。その音に僕はビクつくも、彼女の声の調子から驚くことではないということを理解した。


「終わった~」


 どうやら補習課題が終わったようだ。そして庭城さんが話を戻すべく切り出してきた。


「それで? なんの話だったけ?」

「……えっと……庭城さんが怒……」

「怒ってないわ」

「いや、怒……」

「怒ってないわよね! ね!」


 庭城さんは明らかに怒っているのに怒っていないと言う。その勢いに押されて僕は……。


「はい! 怒ってません!」


 イスに座った状態で背筋を伸ばし、声高らかに庭城さんに同調した。


 庭城さんは嘆息したあと、仕切り直す。


「過ぎたことはもういいの」


 庭城さんは話しながら、勉強道具を片しつつ、カバンから水筒を取り出した。


「覆水盆に返らず……なんて言葉があるくらいだから、もう戻すことはできない。いくらわたしが怒っても、いくら立石くんが謝っても……もう戻すことはできないの」


 純粋たる白色の水筒のフタをポンッと開けゴクゴクと飲む。ぷはっと一息ついてからまた話を続ける。


「だからね。立石くん」

「はい!」


 名前を呼ばれて反射的に切れのいい返事をしてしまう僕。


「川田さんと別れてわたしと付き合って」

「はい! ……え?」


 庭城さんに気圧されて反射的に返事をしてしまったが、僕はなにを言われたのか理解できなかった。


 元々、僕は庭城さんと付き合うつもりではあったものの、僕の過ちによって、それはもう叶わないものだと思っていた。


 思っていたにもかかわらず、庭城さんから提案してきた。


「えっと、それはどういう……?」

「どうもこうもないわ。わたしは立石くんのことが好きなの。だから、今付き合っている彼女、川田さんと別れて、そのあとわたしと付き合ってて……そんなに難しいことは言っていないはずだけど?」


 僕は彼女が言っていることが信じられずに呆けていると、彼女はまたもや怒り出してしまった。


「なに? わたしじゃなくて、川田さんを取るって言うの?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「立石くんは川田さんが好きなのね。付き合っているうちに心変わりしたんだわ」


 庭城さんはヒクヒクと泣き出してしまう。


 庭城さんの泣き顔を見た僕は胸が張り裂けそうになった。


 庭城さんを悲しませないようにと真実を話しに来たというのに結局のところ、彼女を悲しませてしまっている。


 それが堪らく辛くて、僕は思い切った告白をする。


「心変わりなんてしてません! 僕は庭城さんを世界一愛してます!」

「……立石くん」


 今度は悲しみとは違う別の涙を庭城さんが流す。僕はさらに彼女を安心させようと余計な一言を言ってしまう。


「愛澄華に対する想いなんて比べ物になりません!」

「……愛澄華って……名前呼びしてる~」


 悲しみから悦びに涙を変えたのに、また元に戻してしまった。


 僕は余計な一言から庭城さんを悲しませてしまったことから、その後なんと声をかけていいかわからず、ただただ彼女が泣き止むのを待つことしかできなかった。


 ここまでの庭城さんの表情からわかる通り、庭城さんは涙もろい泣き虫なのだ。


 なにかある度にヒクヒクと涙を流す庭城さんを見るとなぜか無性に守りたくなってしまう。


 ただ今回、庭城さんを悲しませている元凶は僕にあり、僕はいたためれない気持ちになる。


 庭城さんが泣いている姿を見ていられなくなった僕は目を逸らしてしまう。


「そうやってわたしから目を逸らす~」

「いや、目は逸らしても、心は逸らしてないから」

「本当?」

「いつでも、どこでも、僕の心は庭城さんに向いてるよ」


 庭城さんを元気づけようと僕は言葉を掛けると、彼女は嬉しそうに髪先をいじりだした。ただそれは、いじけているようにも見える。


「……だ……だれに、向いているって?」

「えっと、だから……庭城さんに」

「庭城さんって、だれかしら?」


 ちらちらと目線を送ってくる庭城さん。僕は彼女が言わんとすることを理解して言い放った。


「僕は鈴寧さんを愛してるよ」

「ええ、知ってるわ……えへへ」


 嬉しそうに頬を緩めている鈴寧さんを見た僕はホッと胸を撫で下ろす。


 庭城さんが嬉しそうにしていると僕も嬉しくなる。その気持ちに嘘はなかった。


 お互い顔をほころばせ、照れ……会議室内が甘いムードに包まれる。


 そうやって、ふたり幸せな時間を過ごしていると……。


 —―ガラガラ。


「うちのかわいい後輩が運悪く補修対象になったって聞いてやって来たけど……お邪魔だった?」

「入江部長⁉」

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