第13話 女の子の涙は最強。でも、重力には逆らえない。
休み時間の度、多くの人にからかわれた。
「川田さんのこと好きなんて知らなかった」「川田さんと付き合えるなんてうらやましい」「ふたりのこと応援してる」「なんで立石なんだ」「リア充爆発しろ」
多種多様で中には陰でわざとらしく僕が聞こえる声量で話している人もいる。昨日の告白で疲労を感じているのに、追い打ちを受けて
――放課後。
僕は部活動に顔を出さずまっすぐ家に帰ろうとしていた。僕が所属しているのは文芸部だ。
年に1度の文化祭で部誌を発行すること以外に特筆するような活動をしていない。書いた作品をコンクールに応募することはあるが入選する事を目指しているわけではない。部室はあるが顔を出すことを強制されてない。
ないないづくしの緩い部活動。
そのため、僕は気が向かない時、無理せず授業が終えたらまっすぐ家に帰ることがある。今日をその日にしようと決めた。
「あばよ! 川田とよろしくやれよ!」
そんな陽気な性格からしてサッカー部内ではムードメーカーとしての地位を確立していることだろう。中学時代もそうだった。誰にでも気さくに明るく話しかけ、いつもグループの中心には彼がいた。
ただ一点。彼女ができなかったことを除けば、充実した学生生活だったと言えるだろう。彼女持ちとなった今となってはその一点も解消され、大層幸福な時期を満喫していると考えられる。
別に僕は盛快がうらやましいとは思わない。陽気な性格の人と一緒にいたいとは思うけど、僕自身が陽気になりたいわけではないからね。
彼女持ちという面に関しては一応、僕もそうなわけだし。
しばらく、教室で体を休める。イスに座ったまま、ぼーっとなにをするでもなく時が過ぎるのを待つ。
ほとんどのクラスメイトはなにやら足早に教室外へ出て行く。まるでなにか急ぎの用事があるかのようだ。
その様子をしばらく眺めたあと、さて帰ろうと疲れた体をイスから離して立ち上がる。
「
声がする方を見てみると、川田さんだった。
川田さんは教室の出入口から僕の名前を呼んだのだ。
いったいなんのようだと思うのは一瞬。付き合っている彼女にそんなことを考えるのは失礼極まりない。ただ、気になるため、訊いてみた。
「どうしたの?」
川田さんは僕に近づいてくる。嬉しそうな笑みを浮かべていた。川田さんも僕と同じように多くの人にからかわれただろうに元気そうだ。
「今日、一緒に帰ろう?」
「いいよ。今日はもう帰ろうと思ってたし」
付き合っているのに一緒に帰らないのは不自然だ。納得して誘いを受ける。
そんな僕のことを見て慌てる川田さん。手やら腕やら首やら胸やらをブンブンと左右に振って勘違いしないでと全身を使って表現してくる。
胸まで揺れるとは……思わず目がいってしまう。
「ごめんなさい。違うの」
「……え?」
「部活終わったら一緒に帰ろうって意味で……諒清は文芸部所属ではありませんでしたか?」
「そうだよ」
「なら、放課後は部活動があるでしょ。終えたら校門で落ち合いましょう」
どうやら、今日はすぐに帰ることができないようだ。川田さんにとって放課後、部活動に顔を出すのは当然のことらしい。
「なんですか? その顔は……ダメですよ。付き合っている彼女をほっといて、先に帰っては!」
「……へ?」
「すみません。なんでもありません。それでは、放課後校門で!」
それは見事な早口だった。まるで言ってはいけないことをうっかり言ってしまったかのように慌ててすたすたと、教室の出入口で一礼し去っていった。
「本当だったんだね」
川田さんに気を取られていたため、まだ教室にひとりの女子がいることに気づいていなかった。僕は声を掛けられていたく驚く。足元にある机の脚を蹴飛ばしガタンと音をたててしまうほどだ。
声を掛けてきたのは僕と同じ文芸部に所属しクラスも同じ。そして、僕が好きな子――
普段はおっとりとしているのに、今日に限っては違った。メガネ越しにでもわかるほどに
というのも、昨日僕は、彼女に放課後、告白するつもりだった。少なくとも、お昼休み、川田さんからの告白の返事を間違えるまでは。ラブレターだってすでに渡している。
それなのに川田さんへの告白の返事を間違えたことで、僕は庭城さんに顔向けできず、昨日のお昼休み終了から今話しかけられるまで、存在を一切感知しないように努めていた。
なんて酷いやつだと罵られても致し方ない。
これがもし、手紙に『好きです。』と書いていなかったら、『僕の名前』を書いていなければ、こうはならなかっただろう。
多少なりとも彼女の心を傷つけてしまったかもしれない。だが、イタズラだったのだと決めつけ、ラブレターを破り捨て、事を終えていただろう。
ただ、今回はそうはいかない。『僕の名前』と『好きです。』が書かれているのだから。言い逃れすることはできない。
とはいっても、いつまでも彼女のことを見ないわけにはいかない。クラスも同じ。部活も同じ。顔を合わせずして、これからの学校生活を送ることは困難だ。そう覚悟を決めて彼女の瞳をまっすぐ見据える。
「まだ居たんだね。驚いた」
「
知らないのは当然だ。事実ではないからね。
庭城さんの頬を伝う
「泣いてるの?」
「目にゴミが入っただけ、気にしないで」
本当に目にゴミが入っただけなのかどうか僕にはわからない。ただ、好きな子が目の前で涙を流しているのは耐え難いものがある。もし、僕のことが原因なんだとしたら、彼女には本当のことを知っていて欲しい。
必死に言葉を絞り出そうとするも、彼女が流す涙のように、僕の言葉は地に落ちてしまっているようで、僕の口から出てくることはなかった。
地に落ちてしまったのならば、拾い上げて、彼女に投げてもよかったかもしれない。でも、それは体が思うように動いてくれず、僕より先に彼女が動き出した。
「……これは……立石くんが書いたの?」
彼女はカバンから手紙を取り出した。それは、僕が書いたラブレターだと遠目でもわかる。
川田さんへの告白の返事に嘘は
先ほどまで彼女の瞳を見据えていたのに、今はもうそれができない。俯き、歯を食いしばり、小さく小降りに頷く。
「……そう……」
「あの……違うんだ。本当は……」
「お邪魔します」
僕が本当のことを話そうとしたその刹那。本来なら2年生の教室には来ない人物がやって来た。
「
教室に入ってきたのは1つ上の先輩で同じく文芸部――
どうやら、部室にひとりでいるのが寂しくて様子を見に来たらしい。
――と、思ったが、どうやらそうではないらしい。
「なに? 立石くん。庭城さんイジメてるの?」
入江部長はこの場だけ見ると、イジメの現場のように見えることを直球に指摘してくる。それを、僕が否定する前に、庭城さんが否定した。
「違います! 目にゴミが入っただけです!」
「そう? まぁいいや。いじめっ子はほっといて行くよ」
「だから、違います」
庭城さんの否定には一切の賛同を入江部長はしなかった。庭城さんの手をぐいぐいと、だけれど優しく、まるで泣きじゃくる妹をあやす姉のように連れて行ってしまう。
結局、僕は庭城さんに本当のことを言えなかった。
庭城さんに――好きな人に嘘をついているという罪悪感だけが残る。
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