第6話 任務:10分で『様子見』の支度をしなさい!

◇◇


 俺、クロード・レッドフォックスが、アッサム王国の王女、シャルロットの執事になって、早3か月がたったある日のこと。

 一日の仕事を終え、ベッドに入ったところで、今日もまた隣の控室から侍女たちの愚痴が聞こえてきた。


「はぁ、疲れたぁ」

「今日もシャルロット様のわがままは酷かったわね」


 確かにシャルロットのわがままは目に余るものがある。

 

 ――ボードゲームの相手をしなさい。手を抜いたら承知しないわよ。あ、もちろん私に勝ったら許さないから。

 ――町へ行って、アクセサリーを買い占めしてきて。私にピッタリなのを選んだら、残りは全部返品よ。

 ――北の山から湧き出る水をくんできなさい。私のお風呂に使うから。


 言うまでもなく力仕事をするのは俺だ。

 今日は歩いて1時間以上もかかる山道を3往復もさせられたからな。

 おかげで太ももがパンパンだ。

 それでも「人を殺せ。できなければお前が死ぬことになる」と命じられるより何倍もましだ。

 しかしメアリーたちにしてみれば、今の仕事が全てであり、他と比較のしようがないから、シャルロットの仕打ちに納得がいかないのだろう。


「学校にも行かず、友達が一人もいなくて、ずーっと館に引きこもりっぱなし。いつ、何を言いつけられるか分からないから、ろくに休憩すら取れないわ」

「休憩時間が取れないなんて、ありえない!」

「ほんとよねー。ああ、ゆっくりランチを取れたらなぁ」

「もう、メアリーったら。いつも食べることばかりなんだから!」

「ふふ。それにお腹がふくれた後にお昼寝するのも幸せなのよねぇ」

「それ、すっごい分かる! お昼寝って幸せよね!」


 同感だ。

 珍しくメアリーと意見があったな。

 昼寝か……。してみたいな。思いっきり。


「そう言えば、ここ最近のシャルロット様はマルネーヌ様の館に行くことが多いわね」

「マルネーヌ様ってソリス家の令嬢の?」

「そうそう。シャルロット様と同い年みたいよ。でも5年前だったかな。ご両親を亡くしてからは、侯爵の位を継いだ兄のアレックス様と二人で暮らしているの」

「アレックス様って、あのアレックス様!?」

「そうそう! 王国一のイケメン貴族で、王国軍のホープ! あのアレックス様よ!! あの方は人気だから、ひっぱりだこでね。館を留守にすることが多くて。マルネーヌ様がひとりぼっちでいるに時に、シャルロット様は『様子見ようすみ』という名目で会いに行ってるのよ。でも本当に『様子見』だけで帰ってきちゃうの。ちょっとでも長居ながいしてくれたら、その間は私たちの休憩時間になるんだけど」

「あきらめましょ。シャルロット様が『様子見』と言えば、それまでなんだから」

「あーあ、絶品ランチをのんびりと食べたいなぁ」


 なるほど。休憩時間をもらえれば、昼寝ができるのか。


◇◇


 数日後――。

 昼食を取り終えたばかりのシャルロットを廊下で呼び止めた。


「なあ、シャルロット。一つ頼みがあるんだが……」

「あんたね。その言葉遣いどうにかならないの……って、今さら言っても無駄ね。頼みって何よ?」

「休憩時間をくれないか」

「はぁ? なんでよ?」


 顔をしかめる彼女に対し、素直に答えた。


「昼寝がしたい」

「あんた……バカなの? 私が『もちろんOKよ。昼寝をすると健康に良いみたいだからね!』なーんて言うとでも思った?」

「違うのか?」

「違うに決まってるでしょ! あんたたちは私のために働けばいいの! それが嫌なら辞めてもらって結構だわ!!」


 鼻息を荒くしたシャルロットは「これ以上は何も話したくない」と言わんばかりに、俺の横を大股ですり抜けていく。

 取り付く島もない、とはまさにこのことだな。


「シャルロット様。本日もアレックス卿は軍務で屋敷を留守にしているようです。マルネーヌ様の『様子見』へ行かれますか?」


 リゼットの言葉にピタリと足を止めたシャルロットはゆっくりと俺の方を振り返った。

 

「そうね。そうするわ」と答えたものの、冷たい視線をリゼットではなく俺に向けている。

 嫌な予感しかしない。


「かしこまりました。では支度をしてまいります」


 頭を下げてその場を後にしようとするリゼットを、シャルロットは片手で制した。


「いいえ。全部クロードにやってもらいなさい」


 ニタニタしながら俺を見ている。

 こうなるともう逃げ道はない。逃げる気もない。


「分かった」

「10分よ」


 リゼットが難しい顔で俺を見てきた。

 たった10分で準備するなんて無茶だわ――。

 そう言いたいのだろう。

 だが何を言っても無駄なのは、俺も彼女もよく分かっている。


「分かった。10分だな。もし任務をやり遂げたら――」

「分かってるわよ! 休憩時間をあげればいいんでしょ!」

「侍女たちにも、だぞ。辞められたら困るから」


 そう告げた次の瞬間に、俺はその場から消えた。

 廊下を風のように駆け抜けていく。

 途中、シャルロットの部屋に入り、必要なものを手に入れる。

 部屋を出ていく際に、奥の寝室へ続くドアが開いているのに気づいた。

 自然と彼女のベッドが目に入る。

 いわゆるキングサイズってやつだな。一人で使っている割にはかなりでかい。

 天蓋てんがいからはシルクのカーテンが垂れ下がり、豪勢な装飾が施されている。それに最高級のシーツと布団が使われているのは言うまでもない。

 あんなベッドで寝られたら、最高なんだけどな……。

 思わず見とれてしまいそうになったが、そんな自分をいさめた。


(いかん、いかん。今は任務に集中するんだ)


 次に向かったのは台所だ。

 そこでつまみ食いにいそしんでいたメアリーを見つけて声をかけた。


「なあ、例のものをロビーまで持ってきてくれ」

「ぬぐっ? う、うん。分かったわ!」


 トンと胸を叩いた彼女に、「ありがとう」と微笑みかけて台所を出る。


 残り7分。

 まだ準備は始まったばかり。

 これからは時間との戦いだ――。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る