第32話 モブとは違うのだよ『モブ』とはッッ!!
現状を見る限り、どうやらナンパか恫喝の類に引っかかっているらしい。
とろくさいことこの上ないが、凛子の指示を受け、しのぶがいるであろう現場に到着したわたしは、目の前の『ありえない光景』を前に一瞬だけ思考がフリーズしかけていた。
日本という国はそこまで危険の少ない国ではあるが、どんな国であれやはりそれなりに薄暗い部分はあるものだ。
ヤクザしかり、売人しかり、汚職しかり。
最近のニュースなんかでは――『人攫い』なんて特殊な事例もよく目にするが、
(――そ、それにしたって、『これ』はないでしょうッッ!!)
落雷に打たれたような衝撃と共に身体が硬直する。
どうやら『この世界』は、わたしが思っていた以上に面白おかしな可能性を孕んでいたらしい。
三階の雑居ビルの上。
麗らかな春風に晒されながら下界を見下ろせば、そこにはしのぶを取り囲むようにしてたむろする、世紀末然のコスプレをした男たちの姿があった。
いや、ここは正確に表現せねば、彼らの気概に失礼だ。
そう――彼らは正しく『モブ』だった!!
それも世紀末を舞台にする漫画でよく見るようなイカした類のッッ!!
「馬鹿だ、馬鹿しかいねぇ……ッッ!?」
息も絶え絶えに身体を丸め、ひーひーふーとラマーズ法を敢行するわたし。
(あ、ダメお腹苦しい……ッ、し、死ぬぅ)
反射的に震える腹筋を抱えれば、揺れる振動で肋骨が軋みを上げ、筋肉に激痛が走る。
呼吸がつらいと感じるなのは、オギャーと生まれて以来、初めてのことだった。
く、くそッ。あいつらはわたしの腹筋を殺しに来ているのだろうか。
あろうことか、かの世界線の住人をこの目で拝む日が来ようとは!!
「さ、さすがは変態の集う街で有名なアキバさん。――巡り合わせが面白すぎるッッッ!!」
なにをどうトチ狂ったらこんな面白おかしな状況が爆誕するのだ。
このアキバの街にファッションを合わせているのか、それとも地なのか。
女子高校生のしのぶを取り囲むのは、漫画の世界からこんにちはしたような風体の世紀末然とした男たちだったッッッ!!
「――はぁっ、はぁっ、ったく。ここがオタクの街だからって、いくらなんでもそりゃないでしょうが。こ、これだからオタ活はやめられんッッ!!」
とげとげの肩パットに、革ジャンといういかにもなモブ仕様。
本来埋もれるべき没個性なのに、現実世界に引っ張ってくるとこうまでインパクトを発揮するものなのか。
そこには空想世界にあるまじきキャラ個性が爆誕していた。
「ハァ、ひ、ひさしぶりに、笑った。くくっ……、どこの世界にも常識外れの馬鹿ってのはいるもんだねぇ」
「誰が馬鹿だこの野郎ッッ!!」
「おっと、さすがにバレたか」
そうしてひとしきり笑い終えれば、頭上を見上げるオモシロ三人組と目が合った。
どうやら私の笑い声が聞こえていたらしい。
声のする方に視線を飛ばせば、案の定。厳つい見た目の三人衆が警戒するようにわたしを見ていた。
だがさすがの彼らも、上から見られてるとは思わなかったのだろう。
ファンキーな格好でわかりにくいが、あからさまな動揺が透けて見える。
「テメェ、なにもんだこの野郎。さっきから黙って聞いてれば馬鹿だなんだと好き放題いいやがってッッ!! 見せもんじゃねぇんだぞオラ。文句があるなら下りてこいや!!」
「そうだそうだ。アニキはモブなんかじゃねぇ!! モブのなかのモブなんだぞ!! 馬鹿にすんじゃねぇ!?」
「いや、どっちかというとお前の方が酷いこと言ってるよ? あとでぶん殴られても知らないからね」
どうやら彼らの中に常識人が混じっているらしいが、それが拍車をかけてシュールさを際立たせている。というより――あいつらほんとに悪人か?
雑技団の間違いじゃねぇの?
「おい、聞いてんのかこの野郎!!」
「ん? ああ、いや悪い悪い。確かに笑っちまうのは失礼だったかもね。つい感動しちゃってさ。んじゃ――ちょっと待ってな」
「ちょっと待ってな、っておまえいったいなにを――、おい!? ちょっ――おま、それダメだって!? 早まるな!! 早まるんじゃな――」
ああーッッ!? というモブの叫び声が路地裏に響きわたる。
まさか本当に下りてくるとは思わなかったのだろう。
音もなく地面に着地してやればポカンと信じられないものでも見たかのように口を開けるモブ三人衆の姿があった。
唯一驚いていないのはしのぶただ一人だが、その視線は若干冷ややかだ。
というより――
「んで下りてきたけど、――おいしのぶ。これはいったいどういう状況なわけ?」
「知らない。このおっさんたちに聞いて」
おおい、そこはせめて説明くらいしろよ。
だからいつまでたってもお子様なんだよ
「……だいたい、なんで来るのよ」
「そりゃ、不本意なことにこれがわたしの依頼なもんでね」
「頼んでないし」
「その状況でよく言えるなお前」
そう言って睨みつけるしのぶの視線を真正面に受け、堂々と薄い胸を張やるが如何せん状況が良くない。
どうやら人質にされてしまったらしい。
もっと抵抗しろよ。とツッコミたいがどうせ反抗的な態度が返ってくるだけなのでやめておく。
「それで、わたしの連れが世話になったみたいだけど、その子に何か用?」
「連れ、だと――? お前が?」
「そそ、この子が何か悪さしたってんならわたしが代わりにあやばる――ッ!?」
昭和を思わせるアフロを視認した瞬間、我慢してたものが噴き出でた。
ちょっと乙女として終わってるが我慢できなかったのだから仕方がない。
だって――
「だ、ダメだ。間近で見るとマジで笑える!? なにその頭!? なにをどう改心したらそうなるの!?」
「て、テメェ初対面の相手にいくらなんでも失礼すぎるだろうが!?」
目尻から零れだす涙を人差し指で拭い、堪え切れずに小さく噴き出せば、我慢できなかった声なき笑い声が腹筋を崩壊させる。
世紀末の覇者もビックリな忠実な下っ端ムーブ。
ヘアスタイルもさることながら、ロン毛やモヒカンなど世紀末を地で行くようなファンキーさを忠実に再現してるところには驚きよりもまず先にちょっとだけ感動を覚えてしまう。
明らかに漫画のモブ役なのに、現実世界にそのモブを持ってくるとこうなるのか。
まるでどこぞのヒーローのような強烈な存在感にはさすがのわたしも感嘆の息を漏らすことしかできなかった。
「いやーごめんごめん。ほんと感動しちゃってさ。それで、この拳はなにかな?」
「んなぁにッッ!? 俺のマッハパンチが!?」
男の振り上げた拳を難なく片手で捉え、ガッチリと固定してやればモブ(アフロ)の口から驚愕の声が漏れた。
本人は至ってまじめなのだろうが、その驚き方がなおさらわたしのツボを刺激する。
「なにがマッハパンチよ。ハエが止まるかと思ったわ」
「うるせぇ、俺がマッハっつったらマッハなんだよ!!」
そうしてその面白集団から視線を、外せば遠巻きに彼らを見る通行人の姿が。
誰もが見てみぬふりをしているのか。あまりにもあからさまな諍いの雰囲気に誰も助けに入ろうとはしないのも当然である。
わたしだってこんなコメディ現場に単身で乗り込む勇気はない。
(まぁ、他人の不幸に巻き込まれたくないという気持ちもわからなくないけど、それにしたってこれはあからさまでしょう)
女一人を囲むようなあのクズ共もそうだが、一向に抵抗せず虚空を見続けているしのぶもしのぶだ。
両腕を組んでわたしを睨みつけてはいるようだが、あれは人質の態度じゃない。
あれじゃあ好きに襲ってくれと言ってるようなもんじゃないか。
(まったく、どうしていつもこうなるのかねぇ、わたしの人生)
シリアス展開を予想していただけに、この展開はさすがに予想外だ。
どうしよう。助けるのが惜しくなってくる。
「んで、こいつらはお前の何?」
「だから知らないって言ってるでしょ。勝手に絡まれただけだし」
「はぁ、ったく。まぁそんなところだと思ったけど、もうちょっと抵抗しろよな。言いなりもいいとこじゃねぇか」
というか肝心のナンパらしきキャッチに引っかかっているしのぶの目は、すでに半分死んでいるようだった。
まったく助けがいのない小娘だ。
「まぁこの生意気なガキに立場を分からせたくなる気持ちもわかるけどさ。それにしたって……これはないないでしょ」
子ども相手に大人三人。正直、がっかりだ。
モブならモブらしくもっとわきまえた行動をとってもらいたいものである。
すると業を煮やしたのか。リーダーらしきアフロの乱暴な口調がやけに耳障りに裏路地に響き渡った。
「おい、ここは俺に任せて先に行け!!」
「へいアニキ。ですがアニキはいったい!!」
「俺はこのババァをとっちめてから合流するからあだだだだだだだッッ!? ちょ、ババア、じゃなくお姉さん!? めっちゃ痛い!! 潰れる潰れる潰れちゃいますぅうう!? ちょっお前ら助けてえええええええええ!?」
「くぅ、アニキ。アンタのこと一生忘れません――ってなわけでアニキが時間稼いでる間にさっさと来いオラ」
「きゃっ、ちょっと何するわけ。離してよ、つか触らないでよこのモブ!!」
「ぐえっへっへ、そんなこと言っても実は――ちょっ、マジで平手は痛い痛いって!? ちょっとは手加減しろや!!」
「ごめんね。お嬢ちゃん。こいつらほっっっと馬鹿で」
なんだこの茶番。
二人がかりでしきりに抵抗するしのぶの手を掴み、強引にどこかへ連れ出そうとしているが、シリアス感が全然ない。
『いいからこい』だの『俺達の言うこと聞いてればいいんだ』などと言う言葉を聞く限り、やはり狙いはしのぶのようだが――
「正直毒気が抜かれるな、これは――」
地味に警戒してたのが馬鹿みたいだ。
ナンパにしては傲慢が過ぎるし、かといって後ろに黒幕がいる気配もない。
(つまり、本当に絡まれてただけか。心配して損した)
と言っても、この世間知らずなお嬢ちゃんも限界な頃合いだろう。
下手にストレスを与えて暴走なんてなったら目も当てられないし、そろそろ面倒な連中が来てもいい頃合いだ。
ということで――
「しゃぁね。さっさと助けに行きますか」
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