鬼の頭が推してまいるッ!! ~【推しごと】したくて逆転生!! 夢に見たのは【ヲタライフ】 極めたいのはこれじゃないッッ!!~

川乃こはく@【新ジャンル】開拓者

プロローグ 神無、伝説をぶちたてる!!

極道――ヤクザや暴力団構成員の同義語として使用される言葉。


オタ道――特定の趣味の対象および分野や世界を愛し、極めんとするオタクとしての生き方。


◇◇◇


 拝啓、降りしきる粉雪が遠慮なく積もる季節となりました。


 街はクリスマス一色。イルミネーションがまばゆく輝く今日この頃。


 『異国』で暮らしているお父さまとお母さまはいかがお過ごしでしょうか。

 魔物混在する異世界で大層お辛い隠遁生活をなされているとは思いますがセルジアは元気です☆


 お姫様暮らし脱却から二十年。


 月日が流れるのは早いもので、少女漫画の学園ライフに憧れたはずがいつのまにかバトル漫画の世界に片足を突っ込み。気づけば戦闘民族サ〇ヤ人ばりの物騒な日常を強いられるという大変ファックな生活を送っておりましたがもう大丈夫です。


 とにかく前略を省きますとセルジア。ついに――極道の孫娘を卒業します!!


 そんなわけで――


「だっしゃらあああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 キリストさんの誕生日。淑女にあるまじき豪快な気合と共に降り積もる雪の上に鮮血が飛び散った。


 聖夜。クリスマスイヴの夜である。


 恋人たちの祭典という嘘と見栄に塗り固められた記念日に、黒髪の少女の拳が高らかに天を掴む。


 辺りは祝福の白雪が庭先に降り積もり、庭園にはクリスマスツリーと電飾の代わりに時代錯誤な篝火が真っ暗な世界を昼間のように明るく照らし出す。


 そんな極寒ともいえる夜空の下、本人の気質を体現したような長い黒髪を振り乱すわたし――鬼頭きとう神無かんなは踊るように深雪を踏みしめていた。


 わたしの周りを取り囲むは極道きっての精鋭たち。


 白い息が尾を引くように肺から吐き出され、ピリピリとした殺気が服の下から溢れ出すのがわかる。

 しかし、その引き締まった表情に余裕はない。

 薄っすらと頬を伝う冷たい汗が彼らの緊張を物語っている。

 

 こっちはさっさと終わらせてアニメのリアタイの準備をしなくちゃいけないのに――


「どうしたテメェ等ッ!! たかだか二十歳の小娘に怯えるほどテメェ等の肝っ玉はちいせぇのかッ」


 ブツブツ小さく文句を言っていると、吐き捨てるようなしゃがれた老人の声が聖なる夜空に響き渡った。


 どうやら向こうさんが手を抜いてくれるという期待は捨てた方がよさそうだ。

 僅かに腰を落として身構えれば、案の定、腹の底から轟く気合の雄たけびと共に、周りを囲っていた黒服の男たちが一斉に飛び掛かってきた。


 向こうさんも必死にならざるをえない理由があるのはわかってる。

 だけど――


「わたしにだって譲れない『夢』がある!! 覚悟しろよテメェ等!!」


 ついつい家柄の所為で口が悪くなるが、ここはご愛嬌。

 普段は心優しい淑女で通っているわたしだけど、この日ばかりは外行きの仮面を脱がざるをえなかった。


 博愛主義の聖人様も真っ青な上段蹴りを炸裂させれば、よろけた男の顔面が雪の中に突き刺さる。


 さすが二十年ぶんの恨みつらみは伊達ではない。


 一歩、二歩と間合いを詰めて息を殺せば対峙する男たちの厳つい眼光が大きく見開かれた。間髪入れず握ったこぶしを振り抜けば殴打の音が二つ、豪快に聖夜の空に鳴り響く。

 

 まったく世間はクリスマス真っ盛りだっていうのに、なんでこんなくだらないことのために汗水たらしているのだろう。聖なる夜に自前のソリとトナカイ走らせてる真っ白なおじいさんだってもっとましな理由で汗水流してるよ?


 つか、どうしてこうなった!!


「ああもう!! こっちはってだけなのに!!」


 都会暮らしを満喫するためこそこそせせこましいバイト生活に明け暮れ、満を持して一人暮らしをしたいと言っただけなのに、なんで『家族』総出で引き留められ、終いには少年漫画みたいな展開に発展するの?


 普通の一般家庭でももうちょっと穏やかな話し合いになるよ?

 これだから拳と書いて対話と読んじゃう類の人間は手に負えない。


 第一、こちとらすでに暴力沙汰はお腹いっぱいだってのに――


「(なんで、いっつも、こうなるのよッ!! わたしの人生!!)」 


 八つ当たり気味に拳を振るえば、魂の奥底から強引に汲み上げた『力の奔流』がわたしの心臓を脈動させ、三人のマッチョメンの意識を刈り取る。

 

 言いたいことはたくさんある。叫びたい想いも山のようにある。

 だけどそう言った文句はすべてやり終えてからでも十分できる。

 だが、だがッッ!! これだけは、これだけは言わせてほしい。


「わたしの野望を邪魔するなああああああああああああ!!」


 めくれ上がる地面の雪がゲームのエフェクトみたいに宙に舞い、瞬時に巨漢二人を吹き飛ばす。

 狙うは大将、ただ一つ。

 勢いを殺さずそのまま地面を蹴り、一直線に『鬼』の首を取りに行く。


 これまで散々わたしの『野望』を邪魔されたが、そんな憂いもこれで終いだ。


「じじいいいいいいいいいいいいいいい!!」

「神無あああああああああああああああ!!」


 わたしの雄叫びに呼応するかのように仁王立ちした祖父が着物の袖から腕を引き抜いた。


 アイツさえ、あのじじいさえ倒せば、わたしの野望は成就される。

 しかし、世の中気合だけ物事が思い通りになれば苦労しない。


 案の定、じじいの合図と共に背後から役付きと思しき男どもが群がり、最終防衛ラインとばかりに巨大な肉壁を作り上げるではないか。


 これぞ、俺の積み上げてきた歴史だと言わんばかりのしたり顔。

 それは一つの暴力を形にした大きな雪崩だった。

 先ほどまでの下っ端とは比べ物にならないピリピリとした威圧感がわたしを襲う。

 でも――


「その程度の修羅場、この五年で飽きるほど潜り抜けてきたわッッ!!」

 

 迫り来る男どもを前に、僅かに腰を落として感覚を研ぎ澄ませれば、容赦なく振り抜かれる攻撃の全てを躱し、いなし、カウンターと高度なフェイントを交えて男どもを蹴散らしていく。


 人間離れした挙動の数々。


 並々ならぬ覚悟をもって繰り出した拳の嵐は容赦なく男どもの急所を抉り、一撃のもとに物言わぬ屍を量産していく。


「こんな家、絶対に。絶対に出てってやるんだから――ッ!!」

 

 これも全ては我が理想あの日夢見たオタ道の成就のため。


 腰まで届く黒髪を振り乱し、華奢な右腕が筋肉モリモリのマッチョメンを吹き飛ばす。荒々しく肩で息を切り、豪快に拳を振るえば、積み上がる男どもの山の中から誰かが呟いた。


「お、鬼だ……」


 誰が『逝った』かは知らないが、鬼で結構。

 これも全ては、一人暮らしのため! 平和なオタ道のため!!

 だからッ――


「いい加減倒れろくそじじいッッ!!」


 背後からの殺気に体が反応する。

 咄嗟に右腕で剛拳をいなし、左腕を振り抜くが手ごたえはない。


 そうして容赦なく振り抜かれる拳の嵐を潜り抜け一息に間合いを潰せば、驚きと喜びの混じった『鬼』の声がわたしの鼓膜を震わせた。


「いい加減に観念しやがれ神無!! テメェはオレの跡を継ぐ資格があるんだよ!! それを今更、組の代紋背負わずどこ行こうってんだ!!」


「うっさい耄碌じじい。それくらいちゃんと考えてるっての!! いい加減わたしを解放しなさいって言ってんの!! アンタも親ならいい加減子離れしろや!!」 


 いつまで子ども扱いする気!? わたしこれでも二十歳なんだけど!?

 あと――


「わたしはあんたの組なんか絶対に継がないって言ってんでしょうがッ!!」


「極道の何が不満だ! カッコいいだろうがッッ!!」


「その年でそれかよ、不満しかないわッッ!! 女にカッコよさを求めるとか馬鹿なんじゃないの!? わたしはもっと普通に生きたいのッ!! 隠居と称してこんなド田舎に引っ越してきたアンタと一緒にすんな。それとねぇ――」


 コンビニがないってのはどういうことだあああああああああ!!


 オタクにとって死活問題たる魂の咆哮と共に拳を振るえば、カウンターの如きじじいの剛拳が頬を掠める。

 もはや試練とは名ばかりの殺し合いだ。

 剣戟の如く鋭い拳の打ち合いが聖夜に響き渡り、致命傷となりうる全ての打撃を『漢』も『少女』も紙一重で躱していく。


 くっ、さすがわたしの『オタ道』を二十年間も阻んできた男。侮りがたし。


 だけど――ここで負けたら、『この世界』に来た意味がなくなる。


「まーけーてーたーまーるーかああああッッ!!」


 魂の奥底に眠る魔力が血管を通して拳に集約する。


 ぐっぱい少年漫画。こんにちは乙女ライフ。


 固く握り締められた拳をいなし、僅かに生まれた隙間に強引に拳を捩じり込めば、

 ギョッと目を見張る祖父――清十郎の黒い瞳に我の強い少女の姿が映りこんだ。


 ――捕らえたッッ!!


「もらったあああああああああああああああああっ!!」


「くっ――、何がテメェをそこまで駆り立てる!!」


「わたしのオタ活の為じゃあああああああああっ!!」


 溢れ出る力の奔流を拳に乗せ、二十年分の『想い』と共に打ち放てば、見事なまでのアッパーカットが老人の顎に突き刺さった。


 カエルがつぶれたような呻き声。空中で綺麗な弧を描いて滞空するクソじじいが美しいトリプルアクセルを決める。


 その八十にしてはガッチリとした身体がゴシャッと雪の上につぶれ、真っ白なキャンパスの上に豪快な大の字を作った時、商店街から流れる決着の鈴の音が高らかに鳴り響いた。

 ちょっとやり過ぎた感は否めないが――、まぁあのじじいだし死にはしないだろう。


 そうして我が祖父を見下ろしたままわたしは静寂に包まれた真っ白な庭園を眺めて満足げに息をつくと、


「これで約束通り、わたしの自由にさせてもらうから」


 『鬼人』と名高き極道の頭である鬼頭清十郎と積み上がる『百の男たちの死に体』を見下ろし、沸き上がる万感の喜びと共に『前世』からの誓いを胸に堂々と宣言するのであった。

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