断片悪夢
とこしえの森にはいつも霧が立ち籠めている。
霧が途絶えたことは、観測史上ただの一度もない。
きっと、観測が始まるよりも前から途絶えたことはないのだろう。人類が誕生するより以前、どんな文明の始まりよりもずっとずっと昔からそれはあった。霧をスクリーンとして茫として浮かぶ黒の四角形。
――
これに触れたものはどこかに消えると、ただそれだけが言い伝えられている。
物語に
不思議なくらい。
不気味なくらい。
不自然なくらい。
――ただ一つの伝承が佇むのみだ。
ほかには何もない。
それが、ひたすらに不気味だった。
興味本位で、悪夢の断片に触れた友人がいた。
彼の行方を、私は覚えていない。
たしかに私の目の前で触れたはずなのに、私はその直後の記憶を一切有していない。
どこかに消えた、そんな感覚があるのみだ。
まるで悪夢。しかし、名前から考えればこれでも断片。
ならば、どこかにほかの欠片があるのだろうか。
地球上にはなくとも、この銀河のどこかに。他の断片が。
幸いにも今の人類の科学は恒星間航行すら可能とするものだ。あの四角形が、あの霧が外宇宙の上位存在からもたらされたものだとしても、いつか、その真実に至るだろう。
――1000年の時が経過した。
結局、観測可能範囲の惑星にあの、黒の四角形は存在しなかった。
私は、もう、あの悪夢の断片に触れるしかないのだろうか。ずっと、友人を取り戻したいと願い、ここまで来た。宇宙の辺境のさらに辺境にまで。
なのに、手掛かりは結局ない――なにも、ない。
宇宙船が警告音を発する。
『前方に解析不能な領域を観測。回避を推奨します。前方に解析不能な領域を観測。回避を推奨します。前方に――』
瞬間、あらゆるすべてが逆回しになる感覚があった。私は果てしない宇宙の旅を始める前に戻り、あの森、とこしえの森へ。
そして、幼いあの日。
友人が悪夢の断片に触れるあの瞬間の寸前にまで戻り――
「やめろ!」
私は、無意識にそう叫んだ。友人は驚いて私を見る。手を止めて、こちらを見て、「なに本気にしてんだよ?」なんて言っている。
――ああ、良かった。あの悪夢が、断片のままに終わってくれて。
(了)
(お題「四角形」「霧」「1000年後」)
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