言語浸蝕のココナッツ

 今、あたしたちの学校じゃココナッツが大人気! イケメンの鈴木くんも不良の鈴木くんも優等生の鈴木くんもココナッツ片手に登校中!


 ――という、ワケの分からないラインが妹から飛んできたのが一日前のこと。そして今日。私はココナッツが大流行中とウワサのココナッツ学園に来てココナッツ。


「ん?」


 なんだ? 何か今……ココナッツだったような……。

 いや、気のせいだ。片手にココナッツを持っているのなんて普通なんだから。ココナッツのる校門前で、私はココナッツジュースでも飲みながら妹が来るのを待つ。


 ――しっかし、本当に人気だなココナッツ。


 あちらを見てもココナッツ。向こうを見てもココナッツ。今しがた私の前を走り抜けていった陸上部の連中なんか、腕を振るのに邪魔だからだろう、頭の上にココナッツを乗っけていた。


「くらぁ! 鈴木ィ!!!」


 と、とても高校生とは思えない怒声をぶつけるのはリーゼントに学ラン姿の今どき珍しいくらいにコテコテの不良だ。


「おうおうおうおう!! 呼んだかいのォ! ワレェ!」


  応じて出てきたのは、これまた不良だった。彼はココナッツを掲げて、


「とりあえず死ねやァ!」


 ぶん投げた。


 しかし、相手の不良もさすがにケンカ慣れしているのだろう。自前のココナッツでガードする。


「へっ。その程度のココナッツでワシを殺せるたァ思わんこった」


 ちっ、と舌打ちしたのはココナッツを投げた方。だが、彼は直後に、にいいと笑みを深くして、


「おうよ……たった一個のココナッツで殺せるたァ、オレも思うとらんよ――やれェェェェェェ!!!!」


 右手を上げた直後、後者の全ての窓が開く。顔を見せたのはこの学校の生徒だ。全員が不良だとは、とても思えない。

 彼らはみな、能面のように不気味な顔をしており、機械のように淡々と、ココナッツを掲げた。

 よく見ればその中にはこの学校の教師だっていた。


 ――え?


 ――なに、このココナッツ光景は?


 目が覚めるような感覚。冷や水を顔にぶっかけられたかのような、衝撃。私は目を覚ます。


「――やめ、」


 気がついた時には、遅かった。

 一斉に投擲されるココナッツ。それはさながら流星群のように校門前に降り注ぎ――


「――――――」


 他校の不良をメッタメタに殴り殺した。


「お姉ちゃん!」


 と、妹の声で私は我に返る。


「行こう!」


 袖を掴み、ぎゅ、と握りしめる妹の真剣な表情に私は気圧されて、見えない何かに滅多打ちにされた不良の死体に背を向けて学校から走り去った。


「あれは何?」


 河川敷に座り込んで、私は妹に問う。あの、悪夢としか思えない異常な光景は一体なんだと言うのか……。不可視の何かに、人が殴り殺されるなんて……。


「……たぶん、ココナッツだと思う」

「ココナッツ?」

「確信は、できないんだけど、どうやら私たちはみんな、あの見えない何かをココナッツとして認識していたみたいなの」

「な、なんで」

「……分かんない。でも、気がついたらそうなってた。……たぶん、二学期が始まってからだと思う。みんな、ココナッツに侵略されて……」


 とうてい信じ難い話だった。だが、あのラインの文面とさっき見た奇妙な光景を思えば、頷くしかない。

 しかし、なぜココナッツなんだろう……ココナッツでもココナッツでもなく何故。


「お姉ちゃん?」


 見ると、妹がこちらの顔を覗き込んでいた。


「なんだか、ココナッツだよ」

「え?」


 このココナッツは何を言っているんだろう。


「そんなにココナッツ?」

「ココナッツ」

「ココナッツ」


 私はココナッツジュースを飲みながら首を傾げる。そんなにココナッツだっただろうか。

 妹が隣に座る。

「私のココナッツも飲む?」

「じゃあ」

「……こんな風にいっしょに夕焼けを見るのも久し振りだね」

「ああ、うん。そうだね」


 ――なぜだろう、どうして私は、あんなにたくさんのココナッツに今まで気付かなかったのだろう。

 空を見上げれば、そこには瞬くココナッツがある。

 ああ、ココナッツだ。


 ◆ ◆ ◆


 【組織】によって深刻な言語汚染が確認されたのは■■月■■日のことだった。

 甚大な認識障害、洗脳作用を持ってしまったその言葉の抹消がすぐさま評議会によって承認された。

 この一件による死者ははじめからいなかったことになり、世界中の辞書が、一夜にして書き換えられた。


 ◆ ◆ ◆


 今、あたしたちの学校じゃココヤシが大人気! イケメンの鈴木くんも不良の鈴木くんも優等生の鈴木くんもココヤシ片手に登校中!


 ――という、自分の送ったラインを見てあたしは首を傾げた。

 あれ? なんでこんなこと書いたんだろう?

 不思議、というより不気味という思いの方が強かったが、どこか安心感もあった。

 そのまま私はお姉ちゃんに電話をかける。

 この、奇妙なラインについて少しだけ、話をしたい気分だったから。


(了)

(お題「大人気」「言語」「ココナッツ」)

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