ジャック・ザ・リッパーにあこがれて

常闇の霊夜

題名『ジャック・ザ・リッパー』


二年前の話である。とある殺人鬼が現れた。その殺人鬼は若い女子を狙い、子宮を引きずり出し殺害、それ以外にも脊椎を抜き解体したり、バラバラの死体をまるで玩具のように集めたりしていた。しかし真に恐ろしい所は、二年たったにもかかわらず、誰もジャックの手がかりを掴めていないという事だろう。そして一人、そのジャックを捕まえることに固執している男がいた。


「ハッハッハ……!」


その男は走っていた。妹からの悲鳴と助けてというメッセージ。彼女のデート中に起こった悲劇。全力疾走する男であったが、彼が玄関で見たものはおぞましいものであった。


うみ!」


それは実の妹の死体であった。ただ殺されているのではなく、恐らく生きたまま解剖されたのだろう、顔は恐怖に歪み、手をこちらに向けるように突き出しているが、その手には彼女の物だった肺が握らされていた。男は床に膝をつき、倒れる。


「……い、おーい、起きねぇのか?」


「……あ?寝てたか……」


「毎日深夜までよくやるYO!たまには寝たら?」


「……それをする意味がない。あいつを探すことに何の意味もないだろうその行為は」


今のは夢だった。テーブルに突っ伏すように眠ってしまった男は、後ろからやってくる男に話しかけられた。眠っていた男の名前は『家頭いえず白久しろく』。そして相方の名前は『一十とうのつぎたし』。白久がジャックを追っている理由はただ一つ。仇を討つためである。元警官である彼は、これをするためだけに警官を辞め、現在十と共にジャックを追っているわけなのである。ちなみに十が探す理由はアガサクリスティーの小説が好きだからというらしい。なぜか常にヘッドホンを付けている。後マスクも。とここで彼はある物を持ってきていた。それはコーヒーだった。ネットカフェで寝ている彼を見て、思わず持ってきてしまったとのことである。それは別に構わないのだが、白久には次の言葉が突き刺さる。


「正直もう追わなくていいんじゃね?」


「……は?」


そう言った瞬間、白久は十の首に掴みかかる。コーヒーをこぼさないようにそれを受ける十。その目には明確な殺意がこもっていた。そりゃまぁ唯一の妹なのだ、それをあんな残虐な方法で殺されてはこうなってしまうのもしょうがないかと思う。とここで流石にこれ以上は不味いと判断したのか、掴む手を離し隣に座らせる。


「……すまん」


「いや別に。俺が悪いし。……んで、今回も持ってきたぞジャックが関わってそうな奴の事件」


「そうか。……見せて貰おうかその事件を」


事件に関わる事になる名簿を見ていく二人。そこにはまぁ凄惨な死体が映っていた。一人目は『安曽あんそマスト』。酒に毒を盛られ窒息死。二人目は『路次安ろじやす柄競えせる』寝ているときに致死量の睡眠薬を飲まされ死亡。三人目は『御呑ごどん任佐まかさ』顔面が見えなくなるほど殴られて死に絶えた、四人目は『路次安 富升とます』使っていた斧が頭に刺さりそのまま絶命。五人目は『英美里えみり頭鍍とうと注射器で毒を注入され死亡。ちなみに現場には蜂がいたとのことである。六人目は『六連巣ろくれんす歩榑井部あるくれいぶ』銃で撃たれて死亡した。七人目は『江戸言葉むかしことば腕力わんりき』ニシンを口に突っ込まれていたが、死因は溺死。八人目は『鵜伊里ういり亜夢あむ・ブロア』熊のはく製で腹を貫かれて死んだ。


とまぁこれが一か月の間に殺されているのである。しかもその全てが誰の指紋も、足跡も、ましてや細胞の一つまで付いて無いのだという。とここでこの死因を見ていた白久が気が付く。


「……合計八人もこの一か月で死んでるんだぜ?……ヤバくね?」


「確かにな。しかしこれはジャックの犯行とみて間違いないようだ」


「なんで?」


「これは恐らくあの有名なアガサクリスティーの小説、『そして誰もいなくなった』を原作に、それを元にして殺害している物だ」


あの名作であるアガサ・クリスティーの名作、そして誰もいなくなったを元に殺害していると把握した。という事はとここで十もその意図を理解する。


「てことは……六人目が犯人ってこと?」


「……そうだろうな。こんな名前の奴見たことがない」


「それを言うなら七人目も大分だけど」


それを言うのは野暮という物。確認をしたところ、ジャックと名乗る者から金を出すから死因を偽装してくれと頼まれたとのことである。しかし当然だがこれは偽名。それ故にほとんど何もないと同じ状態になってしまう。とここで十のスマホに通知が届く。それは彼が登録している動画チャンネルの物。なぜか全部低評価をつけているが。


「……通知切っとけよ」


「おぉすまん。……あぁ?!」


「どうした?」


「これ見ろよ!」


と動画を見た十は急いで白久にその動画を見せる。その内容は、今まさにジャックと名乗る者が殺人をしようとしている様子であった。白久は落ち着いて動画を確認する。するとこの近くに同じような椅子があるとのことであった。二人はそれを見ると、即座にその場所に向かうのであった。向かう途中、白久はある事を思い出していた。


「……嫌な予感がする……」


それは白久の彼女の話。なぜかこの一か月一切の電話も連絡もない。そもそも白久の彼女はある事件に巻き込まれたことがある。今から約三年前、集団強姦事件という物があった。それに彼女は巻き込まれたというのだ。今回の事件の被害者はほとんどがそれに関わった奴らである。もしやその復讐で今回の事件を行っているのではないかと考えてしまったわけである。それに、彼女にはやる理由がある。だからこそ、白久はそれを考えないようにしていた。


「どうした?」


「いやなんでもない……」


「そうか。そういやこれが終わったら俺の警察就職五年記念になんか飯でも食いに行くか!」


「……そうだな」


そして二人がジャックと名乗る者がいる場所にたどり着いた時、動画ではもはや時間がないという状況であった。出口は二つ、犯人を逃がすわけにはいかぬと二手に分かれることにした。


「……」


そして中に入る。その中には椅子とそれに座らされている被害者の姿。銃を構えそれをけん制する白久であったが、ジャックと名乗る者は止まらない。ナイフを首に突き立てようとする。遂に白久は銃を撃つ。それは当たらなかったが、ジャックと名乗る者は確かにそれを脅威だと思ったのか、被害者の首にナイフを突き刺す。しかし血が出てこない。頭を掴んで持ちあげる。


「ハリボテ……!?」


そして掴んだ頭を投げつけ、白久を襲おうとするが、流石にここまでされては白久も黙っていない。銃弾を浴びせ、その動きを止める。これで六発全て打ち切り、血を吐きながら床に倒れ伏す。白久は被ってるヘルメットを外すと、その中から出てきたのは白久の彼女の顔であった。嫌な予感が的中した上に、復讐が達成してしまったことで彼は倒れそうになるが、それでもまだやることがあると立ち上がる。いや、立ち上がろうとした。であるか。なぜか?


「あーあ。……駄目だったか」


「!」


何と死体が喋ったのである。思わずヘルメットを落とし、更に銃すらも落としてしまう。とヘルメットの中にある物を発見する白久。それは変声器ボイスチェンジャーであった。誰がこんなものを付けたのだと思っているうちに、十が二つ目の出口からやってくる。


「まぁ所詮はただ利用されただけの人物よなぁ……」


既に白久は理解してしまった。だがまだそうでないかもしれない。その機体は余りにもさらりと砕け散る。マスクを取る十。その顔についていたのは、


「ま。……結局気が付かなかったな?」


あのまるで全てを見下し、悪魔ですら逃げ出すような笑みをした男は。


「……ジャック・ザ・リッパー!」


「イエス!正解!」


咄嗟に銃を拾い撃とうとするが、既に弾は全弾撃ち尽くしてしまったし、その上相手は銃を持っている。最悪という他無い状況にあった。そして銃を突きつけながら、十……もとい、『ジュウジャク』は話始める。


「別にさぁ……俺お前を殺したいわけじゃないのよ。んでもお前の周りにいる奴使いやすいんだもん!じゃあ使うしかないよね?」


「お前……!お前!」


「おぉっと!この銃弾がお前を貫いちまうぜ!だから黙って聞いてな」


「……」


九は事の顛末を話していく。彼がなぜこのような悪魔とも言える行為をしたのかを。それは余りにも、余りにもふざけた動機であった。


「俺ってさ、ジャックになりたかったのよ」


「……は?」


「いやさぁ……ジャックってさ、なろうと思って成れないじゃんか?だから俺は虚像を作った訳よ、『』を」


「……まさか……!」


「そう!あの二年……アレ?三年前だっけ?どうでも良いか!ともかくお前の妹ちんをぶっ殺したあの日、あの瞬間から俺はジャックになったって訳。噂が独り歩きし、いるはずのないジャックをそこに感じていたのは……お前だろ?白久」


要するに、彼はただジャックになりたかっただけなのである。なりたかっただけで『』。しかもそれを警察に務めながら、そのおぞましい内面を悟られずに。


「……十……!」


「あ、俺本名『九』って言うの。ほら、九って十弱じゃん?十弱……じゅうじゃく……じゅう、ジャック……ってな」


「何が十弱だ!お前のくだらないエゴで何人死んでると思ってる!?」


「……えー?二十八人でしょ?俺覚えてるもん」


とここで白久は彼女が持っていたナイフを見る。九はベラベラと事件の事を話している。


「あの女は復讐したかったらしいんでな。手伝ってやったらこの始末よ。……まぁ。それも?しょうがないってか?」


白久はナイフを掴もうとする。しかし気になることがある。それは今の今まであの誰もいなくなったを模した殺人事件であるのに、最後の一人は自殺で〆なくてはならない。これはどういうことなのだろうと問いただす。


「……最後の一人は自殺するんだろ?お前が自殺でもするのか?」


「する訳ねぇじゃん?ゆーて一切問題ねぇのよ、自殺の方法って奴は……一つじゃねぇんだよ」


「……」


何を言っているのかわからなかった。とここでナイフを掴んだ白久。そして会話の途中で隙が生まれたジャックめがけてこのナイフを振り下ろす。それを避け銃で撃つジャック。だが白久は止まらない。最後の力を振り絞ってナイフを腹に突き刺す。確かな手ごたえを感じ、殺したと理解した後で気が付く。あのナイフは元々『』使っていた物。……つまり、それで死んだという事は『分をした』という事である。つまりは……


「これで……自殺だろ……?」


全てがジャックの手のひらの上。しかし復讐出来たのだからそれでいい。そして遂に白久はその意識を手放す。とここで通報を受けて警官の一人が入ってくる。


「大丈夫か!?……二人共死んでいる……!」


とここで不用意にジャックに近づいた警官の首にナイフが突き立てられる。首を抑えて倒れる警官とは逆に、手を使わずに起き上がってくるジャック。不気味そのものであった。そして後から入ってくる警官たちに向けて、何があったのかを話していくジャック。腹には白久の警察手帳が入っていた。


「……あぁ、ちょっと見に行きます」


最後にジャックは白久の死体を見る。幸せそうに死んでいると思った。ジャックはここで思い出していた。結局自分が自分であるといえたのはこいつといた時だけではないかと。それ以外はジャックでしかないのだ。


「……わりぃな、俺はよぉ……こう言う生き方しかできねぇんだよ」


それはジャックではない、十一としての顔。先ほどまで人を殺していた人間であるとは思えないほど、その顔は慈悲と悲しみにあふれていた。しかし警察達を見る時は九に戻る。最後に白久を一瞥して、他の警察達に何があったのかを説明していく。


「白久ですか?……彼は、あのジャックから最後まで被害者を守ろうとしていましたよ」


嘘偽りない一言。誰もが白久を英雄だと称えるだろう。あのジャック事件を終わらせたのだから。それ以来、ジャックはトンと姿を消した。誰の記憶からも忘れられた時、一人の女の死体が見つかった。


「……悪いね。やっぱダメらしいわ」


雨が降る中、もはや仕事のように殺人をした九。既に生きる意味など無いに等しい彼の、最後の抵抗なのであった。そして死体にはメッセージカードが添えられていた。


『ジャック・ザ・リッパー。復活』


と。

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