冥界日本支部 死神局 幽霊部 成仏課 人間係 特別相談役 ユー・レイ

鈴龍かぶと

プロローグ

第1話 気が付いたら幽霊だった。

「冥界日本支部 死神局 幽霊部 成仏課 人間係 シニー・ガミさん」

「はい」

 私の目の前にいる男が、にこやかな笑顔と共に差し出してきた名刺には、そう記載されていた。私は、受け取ってから声に出して読み上げるまで、二度ほど目を通し直した。そうでもしないと、情報の処理が追い付かないからである。

「えーと、もう一度確認させてもらってもいいですか?」

「えぇ、何度でも」

「私は死んでいて?」

「はい」

「成仏できずに漂っていて?」

「はい」

「そんな私を成仏させるために、あなたが来た、と?」

「はい」

 信じられるか。

「まぁ、そう言いたくなる気持ちもわかりますけど」

「心を読むな」

「実はですね、あなたは少し有名な幽霊でして」

「なんでですか?」

「人助けをしようとして、逆に幽霊騒ぎを起こしている、と」

「~~~……」

 返す言葉もなかった。

「本来、幽霊というものは存在してはならないものです。お亡くなりになった人間の魂は、速やかに成仏、転生し、新しい生を受ける。しかし、なんらかの事情で成仏が出来なかったイレギュラー。それが、あなたたち幽霊なのです」

 ずばずば言ってくるなぁ。

「申し訳ありません、そう言う性なものでして」

「だから心を読むなよ」

「そんな幽霊を救うために我々はいます。幽霊になってしまった原因、所謂未練、というものを幽霊と共に断ち切り、成仏してもらうのが私の仕事です」

「未練……」

「あなたの未練は、なんですか?」

 ――死んだ自覚など、ない。気が付いたらここにいた。誰にも認識してもらえなくなっていた。しかし、私はなんだか、心の内から突き動かされるような気がしたのだ。

「人助けを、したい」

 理由はわからない。けれど、そうしなくてはならない気がした。

「ふむ。なるほど。やはりそうですか……。困りましたね」

 シニー・ガミ、と名乗った胡散臭い男は、顎に手を当てて眉をひそめた。

「なんでよ」

「幽霊が人を助けることは、出来ないんです。重々お分かりかと思いますが」

「……」

 こいつと出会うまで、私はずっと人を助けようと頑張っていた。暗がりで悩んで泣いている人がいたら寄り添って声をかけたし、横断歩道で重い荷物を持っているおばあちゃんがいたら荷物をもってあげようとしたし、今にも怪我をしてしまいそうな子供がいたら助けようとしたし、動けなくなっている人には手を差し伸べた。

 しかしその全てが悉く失敗に終わっているのだ。

 声をかけたら、驚かれた挙句逃げられたし。おばあちゃんには天からのお迎えかな、とか言われたし。子供は驚いて泣き叫んだし。動けなくなってしまっている人は、最早死を覚悟されてしまった。

「でも、私はきっと、誰かを救わないと、成仏なんてできない」

 記憶はないけれど。でも、それだけは心の根っこで感じていた。

 そして、人助けの果てに、私の記憶も、あるような気がするのだ。

 すると、シニーは手を打った。

「じゃあ、こうしましょう。幽霊を助けるんです」

「幽霊を……?」

「えぇ。あなたのように未練を持ってあちこちを浮遊している幽霊は沢山います。そういった方々を助けるんです」

「それって、私も死神になるってこと?」

「うーん、そうですね……。厳密には死神と幽霊は違いますが……。まぁ、やることは一緒ですし。あとで上司に相談してみます」

「え? 決定? 私の意思は?」

「もちろん。最終決定権はあなたにありますが。しかし、このまま人に怯え、驚かれ続けたまま浮遊し続けるのと、幽霊を救うのと、どちらを選ばれますか?」

 その質問の答えは、考えるまでもなかった。

「ですよね」

「だから心を読むな、って」

「そう言えば、まだお名前をお伺いしてませんでしたね」

「でも、私記憶ないし……」

「ふむ。じゃあ、レイさんでどうですか?」

「レイ?」

「ユー・レイです」

「ネーミングセンスのいい担当と交換できない?」

「無理です」

 

 こうして私は、胡散臭いくらいにこやかな笑顔が特徴で、ネーミングセンスが壊滅的な死神と共に、幽霊の成仏のお手伝いをすることになった。

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