第二十三話「ヤマブキの瞳」

「……ヤマブキ?」


 魔族への言いようのない憎悪で氷のように冷たくなっていた心が、ヤマブキを見た途端にいつもの優しさを取り戻していく。


「……」


 一方で、ヤマブキから反応はない。

 虚ろな瞳をしており、生気が感じられなかった。


「……ヤマブキ、どうしたんだ? 俺だぞ……お兄ちゃんだぞ?」

「…………おにい……ちゃん……?」

 

 そこで初めて気がついたようにヤマブキは道也を見た。

 一瞬、瞳が正常な色に戻りかけたが――すぐにまた暗いものへと変わる。


「…………ううん、違うの……この感じは……お兄ちゃんじゃないの…………そう、勇者……勇者なの……魔族に災厄をもたらす滅殺者……なの……」


 ボソボソと独り言を口にしつつ、ヤマブキはこちらを焦点の合わない瞳で見つめる。その姿にゾッとしたものを感じつつ、なおも道也は呼びかけた。


「しっかりしろ、ヤマブキ! 俺は道也だ。お兄ちゃんだ! 勇者じゃないし魔族に災厄なんてもたらさない!」


 そう応えつつも、道也は心の中で『勇者』という言葉に疼くものを感じた。

 この力は――あるいは本当に『勇者』の力なのかもしれない。

 理屈を超えたところで、それを感じるものがあった。


「………………」


 一方で、ヤマブキは品定めするかのようにこちらを見つめ続ける

 やがて――両手を向けてきた。


「……その青い神聖なオーラは勇者なの……間違いないの…………勇者は魔族を滅ぼす最悪の存在……だから、ヤマブキは……勇者を殺さなきゃいけないの……」


 ヤマブキの両手に赤い光が集まり――放たれた。


「くっ……!」


 気がつけば、道也は左手のひらをそちらに向けていた。

 同時に青い輝きが盾を形作るように展開する。


 ――ドォオオオオ……!


 青い光の盾は、赤い衝撃波を受けとめて完全に霧消させていた。

  

「…………さすがは、勇者の力……すごいの……」


 完全に打ち消されるのは予想外だったのか、ヤマブキは驚いたように呟く。

 一方で、道也も自分が反射的に魔法の盾を展開していたことに驚いていた。


(……やはり俺は『勇者』の力に目覚めたのか……?)


 初音たちとは明らかに異能の力のレベルが違う。

 そして、確信したようなヤマブキの言葉。

 やはり『勇者』の力というものに目覚めたと考えるのが自然だろう。


(だが、今はそんなものはどうでもいい!)


「ヤマブキ! 正気に戻ってくれ! 俺と闘う必要なんてないだろ!? また川越の町を観光しよう! また色々と案内してやるし美味いものも食べさせてやるぞ!」


「…………かわ……ごえ……?」


 『川越』という言葉に反応して、ヤマブキの瞳が揺らぐ。

 そこで、初音たちも声を上げた。


「ヤマブキちゃん、初音です! また一緒に川越の町を歩きましょう!」

「……茶菓の店の芋羊羹も、また食べてほしい……」

「闘うよりも遊んだほうが楽しいって! また時の鐘を鳴らそう!」


 川越娘たちの呼びかけに、ますますヤマブキの瞳は揺らぎを大きくしていった。


「…………初、音……お姉、ちゃん……? ……いも、ようかん……? ……ときのかね?」


 ヤマブキはふらつきながら、初音たちのほうを振り向く。

 その瞳は、徐々に以前の輝きを取り戻していった。

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