第二十二話「覚醒~勇者の力~」

 茶菓は短刀で、こちらに背を向ける形になっていたイヅナに突っこむが――。


「邪魔をするな」


 まるで背中に目があるかのようにイヅナは振り向き、そのまま剣を振るった。


「……っ」


 短剣は軽く弾き飛ばされ、茶菓は完全に丸腰になってしまう。


「戦いの邪魔をするとはな。まずはおまえから死ねぇい!」

「させません!」


 初音がもう一体のイヅナの斬撃をくぐり抜けて、茶菓を斬ろうとしたイヅナに向かって刀を振るう。


「ぐぬっ!?」


 その一撃はイヅナの背中を浅く傷つけたが――残りの三体のイヅナが初音に向けて斬りかかった。


「初音っち!」


 そこへ芋子が体当たりして、イヅナのうちの一体の攻撃を逸らす。

 それでも、初音に向けて二本の剣が襲いかかった。


「あぐっ……!」


 瞬間的に回避をした初音だったが、それでも左肩と背中に斬撃を受けてしまう。

 守護武装のおかげで致命傷にはならなかったが、かなりのダメージを負ったことは苦痛に歪んだ表情から明らかだ。


「くはは! 簡単に死ねると思うな! 嬲り殺してくれるわ!」


 イヅナたちは哄笑を上げながら、初音と芋子と茶菓に対して嵐のような攻撃を見舞い始めた。言葉通り痛ぶることが目的のようで、あえて峰打ちや柄による打撃に留めている。


「霧城! 蔵宮! 鰻川!」


 無慈悲な攻撃を受けて三人の守護武装はボロボロになり、最後は派手に吹っ飛ばされて強かに地面に叩きつけられた。


「っ……こ、こんな、ところで……わたしは、負けるわけには……」

「……茶菓が……突っこんだばかりに……」

「……茶菓っちは、悪くないよ……こいつが、異常に強すぎだから……」


 宣言どおり嬲り殺すつもりなのか、いずれも致命傷には至っていない。

 一方で、三人が倒れたことにより道也とイヅナを結ぶ視界がクリアになった。


(ここしかない!)


 道也は瞬時に照準を合わせると、四体のイヅナに向けて射撃した。


 ――ダァン! ダァン! ダァン! ダァン!


 道也の放った起死回生の銃撃だったが――。


「貴様の飛び道具は見切った」


 四体のイヅナが左右に揺れたかと思うと、すべての銃弾はかわされていた。


「なっ!? くそっ!」


 道也は動揺を抑えて射撃を再開する。一丁目のライフルの弾切れとともに瞬時に二丁目の銃に代えて、さらに銃撃していった。


「ふんっ」 


 だが、イヅナはその銃弾もこともなげにかわしていく。

 それでも、道也にできることは銃を撃つことだけだ。


「当たれっ、当たれぇっ!」


 叫びながら撃ちまくるも、全弾回避されてしまった。


 ――カチッ、カチッ……!


 撃てる弾がなくなり、虚しく引き金の音だけが響く。

 そんな道也に向かって、イヅナたちは口元に笑みを浮かべながら近づいてきた。


「卑怯な飛び道具に頼るような男など反吐が出る。やはり、おまえから嬲り殺してくれるわ!」

「――っ!?」


 イヅナたちが一斉に襲いかかってきた――そう認識したときには全身に異物が入ってくるかのような重い衝撃とともに地面に叩きつけられていた。


「ぐぶ――!?」


 遅れて全身に激痛が走り視界がぼけやる。

 ライフル銃は二丁とも切り刻まれたのか、バラバラと残骸が落ちていった。


「おっと、気絶するなよ?」

「ぐはっ……!」


 背中を思いっきり踏みつけられた衝撃で、遠退きかけた意識が強制的に戻される。


「ははは! このまま背骨ごと内臓を潰してやろうか!」


 イヅナは何度も足を持ち上げては勢いよく踏みつけてきた。

 そのたびに、全身がバラバラになるような衝撃に襲われる。


(……くそっ……ここで、終わりかよ……)


 いつか覚醒して、初音たちを助けたいと思っていた。

 だが、このままでは川越娘たちどころか市民たちも虐殺されてしまうことになる。


「か、雁田くんっ……!」


 道也の視界の先で、初音がふらつきながらも立ち上がった。

 そして、取り落としていた日本刀を再び手にしてイヅナに向ける。


「わたしが……相手になります! 雁田くんを解放してくださいっ!」

「ふん、女に助けられるとは情けない奴だ……しかし、雑魚を痛ぶるよりも剣を振るうほうが楽しめるな」


 道也の背中から足を離すと、イヅナは剣を下げたまま初音に歩を進めていく。


「……茶菓たちも、いる……」

「そうだよ、あたしだって、まだ闘えるっ……!」


 茶菓と芋子も闘志を失うことなく立ち上がり、イヅナに対した。

 そんな姿を見て、イヅナは嗜虐的に口元を歪めた。


「くくくっ……その意気や、よし!」


 残りのイヅナたちは川越娘たちに殺到して、一瞬のうちに蹂躙した。

 三人の身体が木の葉のように舞い、血飛沫とともに吹き飛ばされていく。

 

「霧城っ、みんなっ……!」


 道也は身体を起こそうとしたが、すぐに激痛が走った。

 それでも無事だった脚の力を頼りにして、無理やり立ち上がる。

 しかし、頼みの銃は斬り刻まれ、両腕も刀傷だらけだ。


(でも、それでも……)


 このまま初音たちが殺されるところは見ていられない。


(死ぬなら、俺からだ!)


 マネージャーとして、幼なじみとして、川越娘を支えてきた者として――三人が殺される姿を見ることなど耐えられない。特に、初音は。


「おいっ……! おまえの相手は俺だ!」


 道也は地面に落ちていた銃の残骸を力いっぱい蹴り上げる。

 それは思いのほか大きく弧を描いて、一番近くにいたイヅナの脚に当たった。


「……ほう? そんなに早く死にたいか」


 三体のイヅナは初音たちに対峙したままだったが、残骸を当てられた一体が道也に振り向いて近づいてくる。そして、大きく剣を振りかぶった。


「雁田くんっ!」

「……させないっ……」

「やめろぉーーー!」

 

 初音たちが助けに入ろうとするがイヅナは初音の刀ごと弾き飛ばし、茶菓が懐から取り出した二本目の短刀を叩き落とし、殴りかかった芋子を投げ飛ばした。


「くくっ……惰弱な男よ! これで終わりだ!」


(本当に、ここで終わりなのか……? こんな、なにもできないで……!)


 絶望に心が染まっていくが――それでも、このまま終わりたくはなかった。


(覚醒しろ覚醒しろ覚醒してくれ!)


 もう己の中に眠る力が目覚めてくれることを願うしかない。

 大事な人たちを守るために。

 だが――。


「死ね!」


 無慈悲に剣が振り下ろされ、道也の身体は斬撃の勢いで宙を舞った。


(そんな……)


 深々と斬られた身体からは血飛沫が噴き出した――が。


(って……あれ?)


 まともに斬られたのに意識がある。痛みもない。

 そして、次の瞬間――身体が青白い光に包まれ始めた。

 そのまま、不可思議な力に守られたように地面に着地する。


「……なに? くっ! まさか、これは!」


 イヅナが焦ったように何度も斬りかかってきたが、不可視の障壁が正面に出現して斬撃を防いでくれる。


(……身体に力が漲ってくる……? 覚醒……したのか?)


 みるみるうちに傷が塞がり、初音たちのような守護武装に包まれていく。

 手には、いつの間にか銃と剣を合体させたような武器『銃剣』が握られていた。

 身体からは、青い光が靄(もや)のように立ち昇っている。


「青き輝きだと!? まさか本当に勇者だというのか!?」

「勇者……?」


 そんなことを言われても、道也には思い当たることはない。

 だが、傷口が塞がり痛みがなくなるというような現象は初音たちにはなかったことだ。異能の力とは別種だとわかる。


「くっ! とにかく貴様を殺す! 勇者だろうとなんだろうとわたしのやることに変わりはない!」


 分身も含めて四体のイヅナが、道也に殺到してくる。

 そのままイヅナたちはこちらを囲んで、斬撃の嵐を見舞うが――道也の身体は青いオーラに護られており、攻撃はことごとく弾かれていた。


「雁田くん……?」

「……覚醒……?」

「あたしたちの覚醒よりすごくない!?」


 川越娘たちも驚きの声を上げる。

 だが、なによりも驚いているのは道也自身だ。


(なんだこの湧き上がる力は)


 さっきまではイヅナの攻撃がほとんど見えなかったのだが、今はスローモーションのように感じられるほどだった。


「せいっ!」


 道也は左腕の装甲部分でイヅナの剣を受けとめる。

 そして、右手の銃剣でイヅナを突いた。


「ぬぁっ!?」


 道也自身も信じられないような速さの一撃は、イヅナをいとも容易く貫く。

 と、同時に緑色の光を放ちながらイヅナの分身は霧消していった。

 分身とはいえ、あれだけ苦しめられたイヅナを一撃で葬ったのだ。


「おのれ!」


 残りのイヅナたちが斬りかかるが、道也は素早く銃剣を構えて迎撃していった。


(身体が軽い)


 イヅナたちの動きが手に取るようにわかる。

 道也は攻撃をかわしながら、さらに一体のイヅナを刺突して霧消させた。


「くっ……!?」


 尋常ではない道也の強さを目の当たりにして、二体のイヅナは後退していく。


「逃がすか!」


 道也は銃剣を構えると、一体のイヅナに向けて引き金を引いた。


 ――ダァン!


 これまでの銃とは、初速も威力も段違いの一撃によってもう一体のイヅナも瞬殺。

 道也としても己の強さに驚くばかりだ。


「なんだと!?」


 残った一体のイヅナは愕然とした表情を浮かべる。

 形成は完全に逆転した。

 この状態が覚醒なのかどうかは判別つかないが、圧倒的な力に目覚めたのだ。


「降伏しろ。剣を捨てろ」


 道也はイヅナに銃を向けながら、警告する。

 ここで魔王軍との全面戦争に突入という事態は避けたい思いがあった。


「くっ……」


 それでもイヅナは剣を捨てない。

 覚悟を決めたように、道也を睨みつけてきた。


「今回のわたしに退くという選択はない。刺し違えてでも貴様を倒す!」


 イヅナの纏う闘気が格段に上がっていく。

 だが、もはや道也に恐怖感はなかった。

 圧倒的に自分が強くなっていることがわかっているのだ。


「なら、仕方ないな」


 道也は自分でもゾッとするような冷たい声で告げた。

 覚醒してから、異様に闘争本能が格段に上がっている。


 こうなったら、殺すしかない。

 それだけのことをイヅナはしたのだ。

 これ以上、初音たちや川越市民に害を為すのなら排除しないわけにはいかない。                 

「勇者よ! 死ねええええええええい!」


 裂帛の気合とともに地を蹴り向かってくるイヅナ。

 それに対して道也は引き金を引こうとしたが――。

 突如、道也とイヅナの間に竜巻のようなものが発生する。


「ぬぐわっ!?」

「なっ、くっ!」


 思いっきり竜巻に突っこむ形になったイヅナは派手に吹き飛ばされたが、道也はどうにかその場に踏みとどまった。


(なんだ、この竜巻は……?)


 強力な魔力を感じるが、どこか懐かしいような気もする。

 そして、竜巻が急速に収まるとともに現れたのは――ヤマブキだった。


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