【第三章「勇者の力」】

第二十話「戦端」


 ヤマブキが小江戸川越に来た日から、一週間が経過した。

 その間、なぜかモンスターの出現がない日々が続いている。

 ここまで間隔が空くことは初めてのことであった。


「ヤマブキちゃんがなんとかしてくれたのかなー?」


 本丸御殿前で型稽古をしながら、芋子はのんきな声を上げる。


「……ん。でも、なんだか、胸騒ぎがする……」


 茶菓は、弓の張り具合を確かめながら、空に向かって矢を射る動作をして確認していた。それから少し離れたところで初音は素振りをしているが――表情は浮かない。


(……上手くやってればいいんだが……)


 道也としても嫌な予感が拭えないが、今日という日常を送らねばならない。

 一度分解して手入れしていた銃を組み立てると、弾薬をこめ始めた。

 

 ――カンカンカンカンカン!


 そのとき――突如として、富士見櫓に設置されている半鐘がけたたましく打ち鳴らされた。


「敵襲ですかっ!?」


 すぐに初音が刀を構えて南西の空を見上げる。

 続いて、茶菓が弓矢を手にとり、芋子も身構えた。

 道也も、慌てて銃弾を全弾込めて南西方面を見た。


 空には先日よりもさらに大規模な数の騎鳥兵。

 前回と違うのは、超低空飛行でやってきていることだ。

 ここまで低いと新の開発した迎撃用の花火を使うのは困難だ。


「敵も考えてきたってことか!」


 高度から敵部隊が来るのなら、たとえ狙いがメチャクチャでも撃ちまくればいい。

 しかし、超低空飛行で来られると家屋への被害や誤射の危険性が強まる。


(せっかく新さんが小江戸見廻組に銃を装備させてくれたのに!)


 新がこれまで試作した銃や博物館に眠っていた銃などを急遽、三十人分、配備してくれた。しかし、いずれも道也の装備している後込め式ライフル銃よりは質の劣る先込め式銃だ。


 小江戸見廻組はろくに射撃練習もできなかったので命中率には期待できなかったが、大軍で攻めてくるなら牽制くらいにはなるはずだった。


「とにかく、わたしたちだけでも戦いましょう!」

「先行するのは危険だ。四人でしっかりと連携をとって戦おう!」


 現有主戦力は四人だけなのだから各個撃破されるのが一番まずい。

 意思統一している間にも騎鳥兵たちは、初雁球場へ向けて一直線に向かってきた。


「……茶菓たちが狙い……?」

「なにぃ!? なら、望むところだぁ! 全員あたしがぶちのめしてやる!」


 前回の偵察で小江戸川越エリアのどこになにがあるか把握されてしまったようだ。

 無理もない。端から端まで歩いていけるぐらいの距離だから。


「とにかく、川越の町は絶対に守ります!」

「……ん。市民には指一本触れさせない……」

「うん! 返り討ちにしちゃおう!」


 もちろん、道也もこの危機を乗り越えるべくベストを尽くすつもりだ。

 もう一丁予備として支給されていた後込式ライフル銃に銃弾を装填した。


 その間にも初雁球場にいる道也たちを囲むように騎鳥隊が地上に集結した。

 道也たちの正面先頭に立つのは――イヅナだ。


「くく……今度こそ、この町を落としてくれる!」


 ロケット花火や小江戸見廻組の銃撃に狙われないようにするためか、イヅナを始めとする諸将はあえて騎鳥兵から降りている。一部は、そのまま超低空で旋回して初音たちが空へ上がれないように抑えに回っていた。


「おまえたちの命運は尽きた。皆殺しにしてくれる!」


 イヅナの鎧の胸元には宝石がつけられているので、異世界言語が翻訳されて響く。 こちらを殲滅するべく対策してきたことが、自信に満ちた声からうかがえた。


「わたしたちは最後の最後まで戦います! ですが、その前に……ひとつ訊かせてください。ヤマブキちゃんは無事ですか?」


 訊ねる初音に、イヅナはフンッと鼻を鳴らす。


「……本来、異世界人の質問に答える義理はないがな。どうせ死ぬお前たちには話してやろう。ヤマブキ様は現在、懲罰房で死よりも辛い仕置きを受けている。貴様たちにロクでもない知識を吹き込まれて魔王様はたいそうお怒りだからな」


「――っ!? そんなっ!? ヤマブキちゃんに罪はありません! すぐに解放してあげてください!」

「そうだよ! あんなちっちゃい子にそんなお仕置きをするなんて!」

「……あの子は、関係ない……」


 口々に抗議する川越娘たちをイヅナはギロリと睨みつけた。


「まったく惰弱な連中だ! 貴様たちは戦士ではないのか!? 物見遊山をさせて接待した挙句、土産を持たせて籠絡しようなどと! 戦闘種族である魔族を侮辱するにもほどがある! 許しがたい! ゆえに、おまえたちを八つ裂きにする!」


 どうやらかえって魔族を刺激する結果になってしまったらしい。

 だが――それでも、道也は反論する。


「戦いばかり求めてなんになる! そんなことをしても誰も笑顔で暮らすことはできない! 共存共栄する道だってあるはずだ! 別に俺たちは魔族に害をなそうとは思っていない。これまでモンスターと戦ってきたのは、あくまでも自衛のためだ!」


「そうです! わたしたちはなにも戦いを望んでいるわけではありません! この世界の皆さんと友好関係を結べるのなら、それが一番だと思っています! だから、お願いです! もう無益な戦いはやめましょう!」


 初音は刀を下げて、必死に訴えかける。

 続いて、茶菓と芋子も口を開いた。


「……そう。茶菓たちは戦いを望んでいない……」

「そうだよ! あたしたちだって平和に暮らしたいんだ! モンスターの襲撃がなかったら、あたしだって普通の女子高生をやれてたんだしさ!」


 川越娘たちの必死の叫びだが――イヅナは心を動かされた様子はない。

 それどころか、苛立ちを露わにしていた。


「軟弱すぎて反吐が出る! この世の理(ことわり)は弱肉強食だ! 強き者が弱きものを力によって支配する。それ以外にない! だから、おまえたちを殺し尽くし、この町を灰塵と化してくれる!」


「……なら! 俺はお前を撃つぞ!」


 道也は銃口をイヅナに向けた。

 もうこうなると戦いたくないなどと甘いことは言ってられない。


「そっちがその気なら俺は容赦しない! この銃弾を浴びれば即死だ!」


 道也は警告しながら、イヅナの心臓に照準を合わせた。


「どうしても戦うというのなら、わたしも容赦しません! 川越の町を、みんなを絶対に傷つけさせません!」


 初音も刀を構え直し、茶菓と妹子も臨戦態勢に入る。

 そんな姿を見てイヅナは逆に口元を満足げに歪めた。


「くくっ! それでいい! それこそがシンプルな世の理だ! せいぜい楽しませてもらおうか! いくぞ!」


 そう口にしたときには、すでにイヅナは地を蹴っていた。

 

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