第十四話「川越名物芋羊羹♪」

 茶菓の母の運んできたお盆には、五人分の小皿。それぞれの皿の上には綺麗に長方形に切り揃えられた芋羊羹(いもようかん)が三つ並べられている。なお、茶菓の持ってきたお盆には急須と湯飲み。


 川越の芋菓子は前時代でも有名だったが、川越茶にはそれ以上に古い歴史があるらしい。文献によると、すでに南北朝時代には川越は茶所として知られていたそうだ。


 なお、川越で芋菓子を作ることが盛んになったのは明治時代以降に埼玉でサツマイモの普及が本格的になってからである。


「わあ♪ 鮮やかな黄色なの♪ こんな食べ物、見たことないの♪」


 ヤマブキは、目の前に置かれた芋羊羹に目を輝かせていた。


「ふふ♪ 芋羊羹は見た目も綺麗ですよね♪」

「おなか減ってきたー!」


 初音も芋子も、ヤマブキ同様に瞳を輝かせている。


(やっぱり女子って、サツマイモ好きだよな……)


 道也も芋羊羹は好物ではあるが、ここまでテンションが上がるほどではない。


「……今、お茶を淹れる……」


 その間、茶菓はそれぞれの湯飲みにお茶を淹れていく。

 芋羊羹の黄色に負けないぐらい鮮やかな緑色が、湯飲みに出現した。

 それを見て、ヤマブキは今度は目を丸くした。


「わあっ、こんな色の飲み物見たことないの! これ、飲めるの?」


 どうやら、こちらの世界では緑茶のようなものはないようだ。


(……確かに、なにも前提知識がない状態で、いきなり緑茶を見たら驚くのも無理はないよな……)


 常識というものは、日常の積み重ねとも言える。


 自分の周りの人間が当たり前に飲んでいるからこそ疑問に思わないが、この緑色の液体を初見でいきなり飲むのはハードルが高いだろう。


「……もちろん、飲むことができる……和菓子に緑茶は……あるいは抹茶は……欠かすことのできない組み合わせ……次に機会があれば、至高の抹茶を御馳走する……」


「最高級の茶葉を使用していますので、きっとおいしくいただけると思いますわ♪ さあ、どうぞ召し上がれ♪」


 茶菓の母が、ニッコリと笑いながら勧めた。


「そ、それじゃあ、いただくのっ」


 未知の食べ物ということで、ヤマブキはおっかなびっくりという感じだ。

 ヤマブキは爪楊枝で刺してある芋羊羹を持ち上げると、おそるおそる口に運ぶ。

 小さくな口に芋羊羹を入れると、モグモグと咀嚼を開始――。


「……!」


 ヤマブキの表情が驚いたものに代わり――みるみるうちに笑顔へと変わっていった。


「 わあぁっ! すっごく美味しいの♪ すごい甘くて、歯ごたえも適度にあって、芳醇な香りが広がるの♪ ほっぺたが落ちちゃいそうなの~♪」


「そう言っていただけて、和菓子屋冥利に尽きますわ♪」

「……ん。お客様の笑顔が、茶菓たちの喜び……」


 蔵宮母娘も嬉しそうだ。


「……さ、緑茶を……芋羊羹を食べたあとの緑茶も、とても美味しい……ただ、熱いから、気をつけて……」

「うんっ、それじゃ、飲んでみるの♪ わ、わっ……! 本当に熱いのっ……ふーふー、しなきゃなのっ……ふー、ふー」


 ヤマブキは湯飲みを手に取ると実際にふーふーと息を吹きかけて緑茶を冷ました。


「ふー、それにしても鮮やかな緑色なの♪ 芸術的なの♪」


 ヤマブキは興味津々といった感じで緑茶を眺める。そして、湯飲みに唇をつけて、これまたおっかなびっくりといった感じで啜り始めた。


「……ずずっ……んんっ? なんだか、不思議な味がするのっ……? ちょっと苦い気もするけど嫌な苦さじゃないのっ……どんどん飲みたくなるのっ♪」


 ヤマブキは緑茶の味が気に入ったようで「ふーふー♪」と「ずずっ♪」を繰り返しながら緑茶を飲み、湯飲みを机に置くと再び芋羊羹を口に運ぶ。


「……んー♪ なんだか、この『緑茶』のあとに『芋羊羹』を食べると、さらにおいしく感じるの♪ 素晴らしい組み合わせなの♪」


「ふふっ♪ ヤマブキちゃん、かなり芋羊羹と緑茶を気に入ったようですね♪」

「茶菓っちの家の芋羊羹と緑茶は本当に美味しいからねぇ~! それじゃ、あたしもっ! いっただっきまーすっ!」


 芋子は芋羊羹を立て続けにふたつ口に運ぶ。


「もぐもぐもぐ、ごくんっ♪ んー、芋羊羹最高! ずずずっ! ぷはぁっ、緑茶も最高!」


 子どものヤマブキよりも行儀が悪いのはどうかと思うが、本当に美味だということが伝わってくる。

 しかし、いつまでも人が食べている姿を観察していても仕方がない。


「それじゃ、いただきます」

「わたしも、いただきますね♪」


 道也と初音も、芋羊羹を口に運び、緑茶を啜っていった。


「うん、美味い」

「はうぅ♪ 本当に茶菓ちゃんちの芋羊羹と緑茶は美味しいですよねぇ~♪」


 初音も、いつもの凛とした表情をとろけさせて芋羊羹と緑茶を堪能していた。

 やはり、甘いものには理屈を超えた人の心を和ませる力がある。


「皆さんに喜んでいただけて蔵宮家の面目躍如といったところですわ♪」

「……茶菓も鼻が高い……もぐもぐ……」


 茶菓も芋羊羹を食べながら、珍しく得意げな表情だった。


 こうして、『時の鐘』に続いて『緑茶と芋ようかん」による『おもてなし作戦』は成功を収めたのであった――。


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