第十一話「とっても便利な『アラタちゃん許可証』(諸刃の剣)」

「ええと、まずはどこから行くかな……候補としては川越市立博物館、時の鐘、蔵造りの街並みのある一番街、菓子屋横丁、川越まつり会館、喜多院ってところだが……あとは、いつも俺たちのいる川越城本丸御殿ぐらいか……リクエストあるか?」


 現在の小江戸川越においては川越市立博物館は武器庫も兼ねているので敵側のヤマブキを入れていい場所ではないかもしれないが、博物館中央には江戸時代の川越の城下町を再現した巨大ジオラマがあり、子どもには人気だ。


 あとは、鎧や兜、土器などの展示物、土蔵を造る過程を再現した大掛かりなコーナーもある。なお、日本刀は初音の武器として使われているので、展示物からは外されていた。


 映像や音声を使ったコーナーは電気が使えないので見ることができないが、年に何回かは特別に太陽光発電の電力を供給してもらって視聴することができた。


「うーん……まずは町を歩いてみたいの♪」


 風貌的に魔族とわかって市民は混乱するかもしれないが(先日の偵察隊騒ぎによって魔王軍侵略の話が拡がってナーヴァスになっている市民も多い)、やはり町を歩いてもらうのが一番だろう。


「せめて、新さんに話しておいたほうがいいか……」


「そうですね。それがいいと思います」

「……ん……一応、偉い人には話を通しておいたほうがいい……」

「ま、ここから一番街に行くんじゃ市役所の前通るし、そのときに話せばいいんじゃない?」


 話がまとまり、五人で歩き始めたが――。

 不意にヤマブキは道也のほうへ顔を向けた。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん♪ 手をつないでほしいの♪」

「え?」

「いいですよ。それじゃ雁田くん、ヤマブキちゃんと手をつないであげましょう」


 リクエストにより、道也と初音はヤマブキと手をつなぐことになった。


「るんるん♪ こうしてお出かけするのは久しぶりなの♪」


 ヤマブキは上機嫌で、道也と初音の手をブランブランと振る。

 こうしていると、本当にただの幼女にしか見えない。


「ヤマブキは、ふだんはなにをしてるんだ?」

「いつもはお城で魔法の練習をしたりしてるの♪ お父様はヤマブキのことをこれからの侵略に絶対に欠かせない秘密兵器だって言ってるの♪」


 屈託なく笑いながらも、言っている内容は不穏当だった。

 初音が、心配そうにヤマブキのほうを見る。


「これからの侵略って……まさか、ヤマブキちゃんを戦場に立たせるということでしょうか……ヤマブキちゃんの年齢は、いま、いくつですか?」

「ヤマブキは六歳なの♪ 戦闘種族たる魔族は、もう五歳から立派な戦士なの♪」


 道也や初音も幼い頃から武道の稽古を積んできたが、それはあくまで自主的にだ。

 どうやらヤマブキは、完全に実戦を想定して鍛えられているようだ。


「魔族って、そんなに好戦的……つまり、戦うことが好きっていうことなのか?」


「うんっ♪ 魔王であるお父様は、これまで多くの魔族の治める国と戦って勝利してきたの♪ 魔族間の戦争を制したからお父様は魔族の中の英雄なの♪ そして、今回、北方への遠征が決まってイヅナを偵察に派遣した結果、この町を見つけたというわけなの♪」


「……そうですか。つまり、あのイヅナさんの背後には、もっと強力な軍隊が控えているということなのですね……」


 初音の顔から血の気が引いていくのが、道也からもよくわかった。

 やはり、イヅナは偵察にすぎなかった。

 その背後には本隊である精鋭部隊がいるということなのだ。


(こりゃあ絶対に敵に回しちゃダメだな……)


 そんなことになったら、この小さな川越の町は焦土と化すだろう。

 それだけは絶対に防がないといけない。


(そう考えると、一応はイヅナが最初に交渉してきたことは、まだマシだったということか……こりゃ、多少、不利な条件でも飲むように新さんに話さないと……)


 これまで十七年、ずっと異世界で平和な暮らしが続いてきた小江戸川越だが――ついに、存亡の危機に直面してしまった。


 江戸時代の狂歌に「泰平の眠りをさますじょうきせんたった四杯で夜も寝られず」というものがあったようだが、小江戸川越の泰平も破られてしまったのだ。


 余談であるが、小江戸川越には江戸時代に活躍した狂歌師元木網(もとのもくあみ)が住んだことがあり、熊野神社の境内に石碑がある。


 ともあれ。会話をしているうちに、川越市役所の前までやってきた。

 と、ちょうど市役所の正面玄関から新が出てくるところに出くわした。

 初音が声をかける。


「あ、新さん! ちょっといいですか?」

「ん、初音ちゃん? どうしたんだい? その子は?」


「えっと、この子は……この間、偵察に来た魔族の国の王……魔王の娘らしくて……小江戸川越の町並みに興味があるらしくて、案内しているところなんです」


「ちょっとごめん、手、一旦、離すよ」


 道也はつないでいた手を離すと新のところへ駆け寄って、先ほどヤマブキから聞いた魔族の軍団と魔王についての情報を耳元で話した。


「ふむふむ……なるほど。そうか、あれだけの偵察隊を出せるんだから、それなりの規模の国だと思ったけど……ふーむ、こりゃ、戦(いくさ)をしたらキツそうだねぇ……」


 聡(さと)い新は、すぐに状況を把握したようだ。


「……うん、こうなったら外交戦でいくしかないね! 小江戸川越の総力を挙げて魔王の娘を『おもてなし』しようじゃないか。もちろん、いざというときのために戦う準備も怠らないけどね」


 そこで言葉を切り、新は胸ポケットから木札を取りだした。


「これを渡しておこう」

「なんですか、これ」


 受け取って見てみると『アラタちゃん許可証』という文字と『小江戸川越市長』という立派な印が押されていた。


「これを使うと、どんなものでも無料になる! 買い物だけでなく老舗の鰻屋ですらオッケー! しかし、乱用するとアラタちゃんの支持率が落ちて次の市長選で落ちちゃうかもしれない諸刃の剣さ!」


「えっ、いや……そんなの使えませんよ、俺、市長じゃないですし」


「まぁまぁ。今回の任務は、小江戸川越の命運もかかってるしドーンと散財していいよ。市長からの特別任務だから! あの子に特上の鰻重でも食べさせてあげて!」


 確かに、高校生のお小遣いでは鰻重はキツい。というか特上なんて無理だ。

 異世界移転前も高価な鰻だったが、今でもその価値は変わらない。


「わ、わかりました……一応、受け取っておきます。ただ、ヤマブキが鰻が好きかどうかわからないですけど……」

「うん、鰻重以外にも芋羊羹(いもようかん)とか芋チップスとかあるからね。なんでも食べさせてあげて。まぁ、芋が嫌いだと一気に選択肢が狭まっちゃうけど……」


 川越は鰻と芋が名物だが、その両方が苦手となると一気に食べるものが減るのだった。


 なお、転移前には川越三元豚というブランド豚があった、現在、異世界川越では家畜は飼育されていない。あとは、海がないので川魚しか食べることができなかった。


「お兄ちゃん、早く町を散策したいのー♪」

「あ、ああっ! いま、行く! それじゃ、新さん、行ってきます!」

「うん、健闘を祈るよ! ま、肩肘張らずに、目いっぱい楽しんできてくれたまえ!」


 新に背中を押されるようにして、道也はヤマブキたちのところへ戻った。


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