第十二話「時の鐘を鳴らそう♪」

☆ ☆ ☆


 再びヤマブキと手をつないで、歩いていく。


 市役所前の道をそのまま真っすぐ歩いていけば『札の辻』(江戸時代に高札を立てた場所が由来)交差点という蔵造りの街並みの北端に出る。


 道行く人々は、道也と川越娘に加えて見知らぬ小さな女の子を見て目を丸くした。


(……まぁ、一目見て小江戸川越の人間じゃないってわかるもんな……) 


 なので、隠しても仕方がない。しかし、魔王の娘であることを言うと無用の混乱が起きかねない。先日の偵察隊によって、人心は不安定なのだ。


 だから、市民から訊ねられた場合は『町に迷いこんだ異世界人』という設定にして説明していった。見た目は本当にかわいらしい幼女なので、誤魔化すことができた。


 そして、まずやってきたのは小江戸川越のシンボル・時の鐘――。


「イヅナから送られてきた魔法水晶映像では、この建物がひときわ目立っていたの♪これは、どういう用途なの?」

「これは名前のとおり時を告げるための鐘だよ。鐘を鳴らす回数によって、今、何時なのか住んでいる人たちに知らせるんだ」

「へぇえ、それは面白そうなのっ♪ ヤマブキも鳴らしてみたいのっ♪」


 ちょうど時刻は三時にさしかかろうとしていた。なお、時の鐘を鳴らす役の人は決められている。太陽光発電によって市役所内の時計は動いているが、市民の大多数は時計を持っていないのだ。


「せっかくですから、お願いしてみましょうか」


 初音が時の鐘の下にある小屋へ入って交渉をし始めた。

 そして、すぐに戻ってきた。


「どうだった?」

「はい、事情を話したらオッケーしてくださいました♪」

「わぁーい♪ ヤマブキ、鐘を鳴らすのー♪」


 鐘をつくには梯子に似た階段を昇って展望台のようになっているところへ移動する必要がある。狭いので、2,3人が定員といったところだ。


「大丈夫か? 落ちないようにな?」

「あたしが後ろから昇っていってサポートするよ! 子どもの頃はよく頼んで鐘を鳴らさせてもらったしね! みんなは下で待ってて! あ、そうだ! あたしがヤマブキちゃん抱っこして鐘のところまで飛ぼっか?」

「大丈夫なの♪ こう見えてもヤマブキは運動が得意だし頑丈なの♪ 落ちてもダイジョーブなの♪ んしょ、んしょっ!」


 ヤマブキは早くも階段を昇っていく。

 そのあとを芋子も続いていった。


「とーちゃーーーく! なのっ♪」

「ふぃー、久しぶりに時の鐘に登ったな~!」


 富士見櫓よりは低いものの、時の鐘からは蔵作りの街並みがよく見渡せる。

 ふたりからは、達成感のこもった声が聞こえた。


「それじゃ、鐘を鳴らすの♪」

「三回だぞ、ヤマブキっち! 一回ずつ、少し間を置きながら!」

「わかったの♪」


 そして、道也や初音が見守る中――いよいよ、鐘つきが始まる。


「せ~の……えいっ♪」


 ー―ゴォオォオ~~~ン♪


 やはり魔王の娘だけあって、ヤマブキはかなりパワーがあるようだ。

 見事な鐘の音が、小江戸川越に響き渡っていく。


 ー―ゴォオォオ~~~ン♪ ゴォオォオ~~~ン♪


 続いて二回目、三回目の鐘が鳴らされて、午後三時が町中に告げられた。


 なお、江戸時代の鐘つきは『捨て鐘』と呼ばれる時刻を告げる前に鳴らす鐘があったが(3回)、ここ異世界小江戸川越では、捨て鐘は省略されている。


「あははは♪ 楽しかったのっ♪ これはぜひ魔王城の城下町にも採り入れてほしいぐらいなの♪」


 ヤマブキはかなりご満悦のようだ。


「喜んでもらえてよかったですね♪」


 初音もニコニコしながら、時の鐘を見上げていた。


「ああ……そうだな」


 至近距離で見た初音の笑顔のかわいさに思わずドキッとしながらも、道也も同じように時の鐘を見上げた。


「……ん。まずは、順調な滑り出し……」


 そして、『おもてなし作戦』が上手くいっていることに対して茶菓は満足そうに頷いていた――。

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