乾杯です!



 そして、翌々日の金曜日。その日は久しぶりに皆んなで集まって、ちょっとしたパーティーを開くことになった。


 黒音が言い出した、3人でのデート。その話を進めていくうちに、その前に一度、皆んなで集まろうという話が出た。……というか俺が、皆んなで遊びたいと言った。


 最近は、昔の夢ばかり見る。ちとせと出会わず、誰からも愛されていなかった頃の自分。その時のことを、よく思い出す。あの頃は今よりずっと、孤独だった。今の方が、あの頃よりずっと心が冷たくなっているのに、今の俺にはそばに居てくれる人たちがいる。


 それはとても、幸せなことだ。きっと昔の俺が今の俺を見たら、心の底から羨むはずだ。寂しさだけしか感じられなくなっていたあの頃の俺にとって、人の温もりは何より得難いものだから。



 ……けれど今の俺は、そのことにあまり価値を見出せなくなってきている。



 得難いはずの、何より大切なはずの彼女たちと、たった4日顔を合わせなかった。それだけで俺は、彼女たちの顔を上手く思い出せなくなっていた。


 先輩とちとせ。2人がどんな顔で、どんな風に笑ったのか。もうそれを、はっきりと思い出せない。


 だから俺が2人のことを完全に忘れてしまう前に、心が完全に凍りついてしまう前に、最後に皆んなで集まりたいと思った。きっと今の俺は、皆んなで集まって遊んでも楽しいだなんて思わないのだろうけど、それでも僅かに残った未鏡 十夜の心が、それを強く望んだ。



 最後に、楽しい思い出が欲しいと。



「……もう少し保つと、思ったんだけどな」


 でも、無理なものは仕方ない。必死に手を伸ばしても、届かないものがこの世には沢山ある。


「なんだか頭が、ぼやぼやするな」


 自室のベッドに腰掛けて、そんな益体のないことをダラダラと考える。皆んなは、夕方ごろに来る約束になっている。だからそれまでの暇な時間を、意味のない思考に費やす。



 そうすることで、まだ温かな心を持っていた未鏡 十夜に戻れる。そんな気がしたから。



 そして、そんな風にしばらくダラダラとしていると、不意にチャイムの音が鳴り響く。


「……行くか」


 だから俺は身体を起こして、いつもの未鏡 十夜の仮面を被る。そうして、楽しい楽しいパーティーが始まった。



 ◇



 空が茜色に染まり出した頃。少し遅れたちとせがやって来て、久しぶり……というわけでもないけれど、文芸部のメンバーが勢揃いした。


「うわ〜。凄いご馳走ですね? 本当にこれ全部、十夜先輩の奢りなんですか?」


 黒音は今日のパーティーの為に頼んだ料理を見渡して、おもちゃを買ってもらった子供のようにそう声を上げる。


「ああ。皆んなには色々と、迷惑をかけてるからな」


 俺は肩から力を抜くように軽く笑って、そう言葉を返す。


 今日は祭りの時にほったらかしにしたお詫びと、こんな俺に付き合ってくれたお礼も兼ねて、俺の奢りでピザと寿司を頼んだ。……その程度で今までかけた面倒を帳消しにできるとは思わないが、それでも今の俺には、それくらいしかできることがなかった。


「十夜くん。迷惑なんて、そんな悲しいこと言わないでください。私は……私たちは、十夜くんが好きだからここにいるんです。少なくとも私は、迷惑なんて思ったことは一度もありません」


「そうよ。私はあんたの近くにいられるだけで、幸せなの。だから、あんたが気を遣う必要なんてないのよ。それくらいあんただって、分かってることでしょ?」


 先輩とちとせの2人は怒ったように肩を怒らせて、真っ直ぐに俺を見る。


 この4日間、2人はどうしてかうちに来なかった。その理由は、まだ聞いていない。先輩は何か準備をしていたと黒音から聞きはしたけど、それ以上は何も知らない。


 まあでも、2人だってずっと暇なわけじゃないだろうし、来れない日くらいあるだろう。そう考えて、深く尋ねるのは辞めておいた。……これからのことを考えると、あんまりべたべたするのも、よくないだろうし。


 ただ祭りの時のことがあるから、もしかしたら先輩のお姉さんと組んで、何か企んでいるのかもしれない。それだけは注意しておかないと、またあの祭りの時のように無駄に2人を傷つけることになってしまう。


「おや? じゃあ2人はお寿司、要らないのかな? 実は私、お寿司が大好きなんだよねー。だから君たち2人が食べないのなら、私が全部──」


「誰もそんなこと、言ってないでしょ?」


 水瀬さんの言葉にちとせがそう割り込んで、そのままポイと、中トロを口に運ぶ。


「あー、ずるいです! 食べるのは乾杯の音頭をとってからだって、皆んなで約束してたのに!」


「別にいいでしょ? 1個くらい。……というか、このマグロ美味しいわね。十夜。あんたこれ、そこそこいいところに頼んだでしょ?」


「どうかな。それより、さっさと食べようか。……先輩。なんか適当に、乾杯の音頭をとってください」


「え? 十夜くんじゃなくて、私がするんですか?」


「もちろんです。だって先輩が、文芸部の部長でしょ?」


 俺がそう言うと、先輩は困ったように皆んなの顔を見渡す。


 皆んなそれぞれ、祭りの時と同じお面をつけてくれている。だから、そのまま食事をするのはかなり面倒なはずだ。なのに誰も、文句1つ言わない。……本当に皆んな、いい奴だ。俺には、勿体ないくらいに。


「……えーっと、じゃあこうして文芸部の皆んなで集まれたのは、本当に嬉しいです。私はずっと1人だったので、皆さんが来てからの文芸部は本当に楽しかったです。だから──」


「長いわよ。私お腹減ってるから、もっと手早くしてちょうだい」


 話の途中で、ちとせがそう口を挟む。


「貴女は、また……」


 先輩はそんなちとせに抗議するように、ちとせの方に視線を向ける。……けど言い合いをしても仕方ないと思ったのか、すぐにちとせから視線をそらす。そして一度咳払いをしてから、こう声を上げる。


「色々とありましたが、これからもよろしくお願いします。……では、乾杯です!」


 そうして皆んなで手にしたジュースをキンっと合わせて、ささやかだけど楽しいパーティーが始まった。


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