嘘つき。
「ふふっ。やっぱり私とあんたは、運命の赤い糸で結ばれてるのよ!」
今まで見たことがないくらい上機嫌なちとせが、俺の手を引いて早足に歩く。
「そんなに早く歩くなよ、ちとせ。お面で足元がよく見えないんだから、転んじまうぞ?」
そんなちとせに、俺は苦笑とともにそう返す。
「いいの。あんたと一緒なら、転んだって平気だから。それより、たこ焼き食べましょ? あの、道の端っこで売ってるやつ。あそこのが1番、美味しそう!」
「分かった。分かってるから、そんなに強く引っ張るなって……」
「分かってる。分かってる!」
ちとせは元気にそう言うが、結局俺の腕を引っ張ったまま、目的の屋台に向かう。
ジャンケンの結果は言うまでもなく、俺とちとせの勝利だった。俺とちとせがパーを出し、他の皆んなはグー。……一応は公平な勝負だったので、その結果に誰も文句は言わなかった。
「…………」
でもだからって、彼女である先輩を疎かにするわけにもいかない。なのでちとせと出かける前に、『後で2人で一緒に、回りましょうね?』と、小さな声で先輩と約束しておいた。
だから今はただ楽しく、ちとせと一緒に騒がしい夜を歩く。
「ほら、十夜。あんたの分もたこ焼き買って来てあげたから、火傷しないように食べなさい」
「ありがとな、ちとせ。金は後で返すよ」
「お金なんて要らないわ。返すなら、愛情で返して」
「たこ焼き一人前の愛情って、何をすればいいんだよ」
「キスかな。もちろん、ぎゅって抱きしめながらね」
「それはちょっと、高過ぎだ」
苦笑してから、近くのベンチに腰掛ける。そしてそのままお面を外して、たこ焼きを口に運ぶ。
「……うん、美味い。たこ焼き食べたの久しぶりだけど、こんな美味かったっけ? って思うくらい美味い」
「ふふっ。それはきっと、私と2人きりだからよ」
「かもな。つーかこっちばっか見てないで、お前も食えよ」
「分かってるって。じゃあ私も……」
ちとせは俺に背を向けて、お面を外す。今の俺はちとせの顔を正面から見れないから、逃げるように明後日の方に視線を向ける。
「…………」
けどきっと、ちとせも美味しそうにたこ焼きを食べているのだろう。……そう思っていたのだけど……。
「熱っ! 舌、火傷したかも……。あんたよく平気で、食べられるわね……」
ちとせは自分の舌を冷ますように、ふーふーと息を吐く。
「何やってんだよ、お前。気をつけて食べれば、火傷なんてしないのに。……なんか冷たいものでも、買ってきてやろうか?」
「……いい。それより、次行きましょう? 私、次は射的とかやってみたい」
「射的か。面白そうだけど、そんなのあったか?」
「あったわ。さっき歩いてる時に、行きたい所に目星つけておいたの。だから案内は、私に任せなさい!」
「……相変わらず、用意周到だな。じゃあたこ焼きの続きは、花火を見ながら皆んなで食べれるか」
「うん。じゃ、行きましょうか?」
お面をつけたちとせが、当たり前のように俺の手を握る。そうしてまた、騒がしい夜へと踏み出した。
それからの時間は、あっという間に過ぎていった。射的をして、クジを引いて、金魚掬いをして、焼きそばを買って、唐揚げを買って、チョコバナナを買った。
その間ずっと、ちとせは楽しそうに笑い声を響かせていた。……たぶんきっと、俺も同じように笑っていたのだろう。
ちょっとしたことで笑い合って、どうでもいいことではしゃぎ合って、2人で一緒に楽む。その時間はまるでちとせと2人きりだった昔に戻ったようで、少し胸が熱くなる。
「そろそろ戻るか、ちとせ」
でもそろそろ、頃合いだろう。まだ花火が始まるまで時間はあるが、そろそろ戻らないと他の皆んなが見て回る時間がなくなってしまう。
だから俺はそう言って、皆んながいる河川敷に足を向ける。
「……そうね。でも最後にちょっとだけ、付き合って欲しいところがあるの。本当にちょっとだけだから、それくらいいいわよね?」
ちとせの有無を言わせぬ瞳が、俺を見る。俺はその瞳に少し嫌な予感を覚えながらも、分かったと言葉を返す。
「じゃあ、行きましょうか」
祭りの喧騒から少し離れた小さな神社に、早足で向かう。ちとせはまるで、初めからその場所に行くと決めていたように、淡々と歩を進める。
「…………」
俺は何も言わず、黙ってその背に続く。そしてちとせは、神社の隣にある小さな林に入って、ゆっくりと空を見上げる。
ふと吹いた風が、ゆらゆらとちとせの白い髪を揺らす。
「……ねぇ、十夜。あんた、嘘ついてるでしょ?」
まるで吸い込まれるように空を見上げるちとせは、自然な仕草でそう言った。
……正直に言うと、そんなちとせが綺麗だと思った。お面をつけたままだからその表情は伺えないが、人混みから離れた林で静かに月光を浴びるちとせは、どこか魔的で危うい美しさを感じる。
でもそれはやはり、愛情ではなかった。
「……どういう意味だよ、それ」
誤魔化すように、俺も空を見上げる。お面を通して見る欠けた夜空は、やはりいつもと別物に見える。
「そのままよ。あんたは初めから、ずっとずっと嘘をついてた。他の誰は騙せても、私は騙されないわよ」
「…………」
俺は答えを、返さない。
「あんたと一緒に、屋台を見て回った時間。私ほんとに、楽しかった。ほんの少しの時間でもあんたを独り占めできて、本当に本当に幸せだった」
「俺も、楽しかったよ」
「それなら、本当のこと話してよ」
「……どうしてそこに、繋がるんだよ」
俺は軽く、息を吐く。
「……なあ、ちとせ。お前は俺に嘘をついてるって言うけど、お前だって裏で色々と何かやってるんだろ?」
きっとこうやって2人きりになるのも、ちとせの策略の一部なのだろう。水瀬さんあたりと手を組んで先に何を出すか決めておけば、ジャンケンでちとせが負けることはなくなる。
無論、だからって俺が勝つとも限らないが、確率を上げることくらいならできる。……いやきっとちとせのことだから、ジャンケンで負けた時のことも考えて何か策を練っていたのだろう。
証拠なんてどこにもないけど、俺はそう確信していた。
「お互い、隠し事はできないわね」
「かもな」
「私たちは、ずっと一緒だった。だから嘘をついても、隠し事をしても、すぐにバレる」
「……俺は嘘なんて、ついてるつもりはないけどな」
「なら私も、隠し事なんてしてないわ」
ちとせがそこで、俺を見る。だから俺も、ちとせを見る。
「だったらそろそろ、皆んなの所に戻ろうぜ? 花火までまだ時間はあるけど、あんまり遅くなると皆んな心配する」
「……ダメよ。まだ1番大切なことを、言ってない」
お面越しでも分かるちとせの紅い眼光が、俺の瞳を射抜く。
歩き出そうとしていた俺の足は、その瞳に縫い留められたように、動きを止める。
「…………」
そんな俺を見て、ちとせは大きく息を吐す。そして、雪のように儚さと冷たさを孕んだ声で、揺らぐことなくその言葉を口にした。
「ねぇ、十夜。あんた、死ぬ気なんでしょ? あの女と、私の血を吸って……あんた、死ぬ気でしょ?」
ざあざあと、辺りの林が風に揺れる。俺はまるで時が止まったように、黙ってその音と祭りの喧騒に耳を傾ける。そして一度、呆れるように息を吐いてから、ゆっくりと口を開く。
「ああ、そうだよ」
俺のその言葉を聞いても、ちとせは何も言わなかった。
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