ワクワクします。



 夜の闇が入り込めないくらい、騒がしい人混み。屋台から響く、活気のある声。嗅いでいるだけで腹が減る、焼きそばやたこ焼きの香り。


 歩くだけで、心が躍る。そんな景色が、辺り一面に広がっている。


「ふふっ。お祭りなんて来たの子供の時以来で、なんだか私、ワクワクしてしまいます」


 黒い狐のお面越しに、先輩が笑う。


「ですね。……というか俺は、祭りなんて1回も来たことがないので、ちょっと圧倒されます」


「何言ってるのよ、十夜。中学の時、2人で一緒に行ったじゃない。もう忘れたの?」


 猫のお面を被ったちとせが、こちらを振り返る。


「そうだっけ? ……あー、でもそういや確か、2人で一緒に遠くから花火を見たことがあったな。でもあの時はこうやって、屋台にまではこなかったはずだろ?」


「ううん。人混みができる前に、2人で一緒にたこ焼き買って食べたわ。……私今でも、あの味覚えてるもん」


 ちとせは昔を懐かしむように、空を見上げる。その仕草を見て、俺は思い出す。そういえばちとせは、昔もそんな仕草で花火を見上げていたな、と。


「……十夜くん。今日は私と一緒に、たこ焼き食べましょうね?」


 どこか拗ねたように、先輩が俺の腕を取る。


「分かってますよ、先輩。……あーでも、お面したままだと何も食べられませんね」


 もしかしたら、口元が見えるくらいならセーフなのかもしれない。けど今ここで、それを試すわけにもいかない。


「その辺は上手く工夫して、顔を合わせないように食べるしかないかな。……まあ、事情を詳しく知らない私が、口を挟むようなことじゃないんだろうけどね」


 軽い笑い声を響かせて、水瀬さんがこちらを向く。


「いや、水瀬さんの言う通りだと思いますよ。……というかやっぱり、そのお面で見られるとちょっと怖いです」


「女の子はね、男に怖がられるくらいが、ちょうどいいのさ」


「男だけじゃなくて、普通に女でも怖いけどね、そのお面」


「ちとせさんは相変わらず、厳しいな……」


 皆んなでそうやって話しながら、わいわいと歩く。そうやって歩いていると、いい香りを漂わせる屋台で何か買いたいなと思う。けどまずは花火の場所取りをしてからだと、皆んなで先に決めていた。だから花火がよく見えるという河川敷に向かって、皆んなでゆっくりと歩く。


「……って、あの子どこ行ったのかしら?」


 ちとせがポツリと、そうこぼす。


「あの子って……あ。黒音が居ない」


 辺りを見渡してみるが、黒音の姿はどこにもない。こんな人混みを歩くのなら、まず第一にはぐれないよう気をつけなければならない。なのについ、気を抜いてしまっていた。


「まずは、電話だな」


 焦っても仕方ないので、とりあえずカバンからスマホを取り出す。そしてそのまま、黒音に電話をかけようとするけど、まるでそれを遮るように聞き慣れた元気な声が響く。


「見てください! 十夜先輩! 金魚、こんなにたくさん取れましたよ!」


 声の方に視線を向けると、アホ毛をひょこひょこと揺らしてこちらに駆け寄って来る、元気一杯な黒音の姿が見える。


「あんた。離れるんなら、一言くらい声をかけなさい」


 呆れたように、ちとせが息を吐く。


「そうだぞ? 黒音。急に居なくなると、心配するだろ?」


「……そうでした。金魚すくい楽しみにしてたので、皆さんに声をかけるの忘れてました。……すみません」


 黒音がしゅんと、頭を下げる。


「別に怒ってないから、そんなしょげるなよ。……金魚、よく取れたな。後で俺にも、取り方教えてくれよ」


「……はい! やっぱり十夜先輩は、優しいです!」


 黒音はすぐに、元気一杯に笑みを浮かべる。……お面で顔は見えないけど、笑っているのが仕草で分かる。


「……十夜はなんか、その子にだけ甘い気がするわ」


「甘いんじゃなくて、十夜くんは優しいんです。……私は、好きですよ? 十夜くんのそういうところ」


「……そ。まあ、私の方が好きだけどね。十夜のこと」


 そんな風に皆んなで歩き続けて、ようやく河川敷にたどり着く。


「ここにシートをひいて、場所取りするんですよね? ……でも、凄い人です。場所、空いてますかね……」


 先輩は圧倒されたように、辺りの人混みを眺める。……確かに先輩の言う通り、河川敷は沢山の人でごった返していて、座れそうな場所なんてどこにも見当たらない。


 ならどこか別の場所に、移動しようか。そんなことを考えていると、ふとちとせが声を上げる。


「あ、あそこ空いてる」


 言うが早いか、ちとせは素早くその場所まで移動して、パパッとシートをひいてしまう。


「……こういう時のちとせは、凄いな」


 ちとせの動きの速さはまるで忍者みたいで、皆んな少し唖然としてしまう。


「どう? 凄いでしょ。私、頼りになる女なのよ」


 ちとせはそんな視線なんて気にもせず、えへんと自信満々に胸を張る。


「流石はちとせさんだね。私も負けてられないよ」


「黒音には絶対無理です、あんな素早い動き。黒音、視力もあんまりよくないし、走るのも遅いので」


「まあとりあえず、ありがとな、ちとせ。お前のお陰で、ゆっくり座って花火が見れそうだ」


「えへへ。どういたしまして」


 ちとせは珍しく、照れたような笑い声を響かせる。


「……ありがとう、ございます」


 そしてもっと珍しく、先輩がちとせにお礼を言った。


「さて。荷物も置いたことだし、色々と見て回るか」


「そうですね。……あ、でも誰かが残らないと、この場所取られちゃうんじゃないですか?」


「あー、確かに。じゃあ交代で行きましょうか」


 荷物だけ置いて行くという手もあるが、流石にそれは不用心だろう。最低でも誰か1人……いや、2人は残していくべきだ。


「なら最初は、私と十夜で回ってくるわ」


「ダメです。十夜くんと一緒に回るのは、彼女である私に決まってます」


 そして案の定、2人は言い合いを始めてしまう。……けどお面を被っているせいか、その姿が少し間抜けで思わず笑ってしまう。


「何笑ってるのよ? 十夜。言っとくけどあんたがこの女と回りたいって言っても、私は引かないからね?」


「分かってるよ、ちとせ。……でもそうなると、どうするかな」


 できれば俺は先輩と2人で見て回りたいけど、今そんなことを言っても揉めるだけだろう。なら……と、考えたところで水瀬さんが口を開く。


「ならここは公平に、ジャンケンといこうじゃないか。勝った2人が最初に見て回って、負けた3人がそのあと見て回る。言い合いなんてするより、その方がずっと手っ取り早いと思うよ?」


 水瀬さんはそう言って、ちとせに向かって軽くウインクする。……お面越しでも、そのウインクはちゃんと見えた。


「……そうね。確かにそれは、その通りかもね」


「黒音は別に後でも先でもいいですけど、ジャンケンするなら勝ちますよ? 黒音、ジャンケンだけは最強なので」


「じゃあ、決まりだな。……先輩もそれで、構いませんか?」


「はい。私と十夜くんが勝てば、なんの問題もないですから」


 そしてしばらく皆んなして黙り込んで、



 最初はグー、ジャンケンポン!



 と、声が響く。そうして一度もあいこになることなく、すぐに最初に行くメンバーが決まった。


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