ドキドキです。



「……約束の時間まで、まだかなりあるな。ほんと、どれだけ楽しみにしてるんだよ、俺」


 待ち合わせ場所の駅前に、まだ紫浜先輩の姿はない。しかしそれは、当然のことだ。だって約束の時間まで、まだ1時間以上ある。


 でも俺は居ても立っても居られなくて、気づけば家を出ていた。自分でもバカみたいだなって思うけど、朝からドキドキと心臓が脈打って、じっとしていることができなかった。


「それほど楽しみだった。……って、だけじゃないんだろうな」


 きっとその心臓の高鳴りには、期待だけではなく不安や恐怖も混じっているのだろう。……俺も、先輩と同じだ。心のどこかで、今日のデートで全てが終わる。そんな風に、思ってしまっていた。


「でも、大丈夫だ」


 俺はそう、胸を張る。だって俺には、果たさなければならない約束がある。このデートをめいっぱい楽しんで、お互いの秘密を受け入れ合う。そして今度こそ、先輩を心から愛する。



 俺は絶対に、その約束を反故にするつもりはない。



 だから震えている暇も、怖がっている暇もない。不安も後悔も全て振り払って、前に進む。俺はそう、心に決めた。


 そんな風に1人気合を入れ直していると、ふと声が響く。



「すみません。待たせましたか?」



 声の方に、視線を向ける。するとそこには、申し訳なさそうな顔でこちらに駆け寄ってくる、紫浜先輩の姿があった。


「いや、俺も今来たところ……って、約束の時間まで、まだ1時間近くありますね」


 腕時計で時間を確認すると、まだまだ早い時間で俺は思わず苦笑する。


「そうですね。でも私、待ちきれなくて」


「俺もですよ。家に居ても落ち着かなくて、つい早く出てきてしまいました。……でも、よかったです。先輩を待たせなくて」


「私も、早く貴方に会えて嬉しいです。……ふふっ」


 2人して、照れたように笑い合う。そして改めて、先輩の姿を見つめる。


 先輩の綺麗な黒髪はいつもよりずっと艶やかで、思わず目が奪われる。それに濡れたような薄ピンクの唇に、シミ一つない綺麗な肌。服装も前みたいに露出度は高くないけど、シックな雰囲気でまとまっていて、先輩によく似合っている。


「今日の先輩も、凄く綺麗です。服も髪型もお化粧も、良く似合ってますよ」


「ありがとう、ございます。でも、その……照れますね? 正面から、褒められるのは……」


「そうですか? でも今更ですよ、それは。だって俺はいつも正面から、告白し続けてきたじゃないですか」


「……確かに、そうでしたね。でも、何だか今日は照れてしまいます」


 先輩は顔を赤くして、はにかむように笑う。そしてそのまま俺の姿をじっと見つめて、ゆっくりと口を開く。


「では、私も褒めることにします。今日の貴方、凄くかっこいいです。駅前で立っている貴方は、何だか1人だけ別世界の住人みたいで、思わず……見惚れてしまいました。それくらい、かっこいいです」


「……それはちょっと、褒めすぎじゃないですか? でも、確かにこうやって正面から褒められると、照れますね」


 先輩が褒めてくれたのは嬉しいけど、何だかくすぐったくて俺は少し動揺してしまう。


「……って、いつまでも駅前にいても仕方ないですね。じゃあまだ少し早いけど、約束通り遊園地に行きましょうか?」


「ですね。前にも言いましたけど、私そういう所には今まで一度も行ったことがないんです。だから案内、お願いしますね?」


「任せてください!」


 先輩の手をとって、歩き出す。



 そうして、楽しい楽しいデートが始まった。



 ◇



 目を背けたくなるくらい、真っ青な空。そんな青空の下、華やかな喧騒と見ているだけで心躍るアトラクションが、俺たちのことを出迎えてくれる。


「どうですか? 先輩。初めての遊園地は」


 だから俺は、買って貰ったばかりのおもちゃを自慢する子供のように、先輩にそう尋ねる。


「…………」


 けど先輩は答えを返してくれず、呆然とした表情で辺りを見渡している。


「先輩? どうかしたんですか?」


 先輩の方に一歩近づいて、そう声をかける。すると先輩はビクッと肩を揺らして、驚いた顔でこちらを見る。


「すみません。少し、驚いてしまって。……遊園地って、こんなに華やかな所だったんですね。子供の頃、何度かテレビで見た記憶があるんですけど、実際に来てみるとぜんぜん違います。……最近はテレビも見ないし、私はネットもしないので、情報が古いだけかもしれませんが……」


「驚いて頂けたのなら、俺も嬉しいです。……でもスマホがないと、やっぱり不便じゃないですか?」


「そうですね。私も最近は、そう思うようになりました。今まではずっと1人だったので、本の世界があればそれで十分だったんですけど……」


 先輩はそう言って、どこか寂しそうな表情で笑う。そんな先輩を見ていると、ずきりと胸が痛む。


「…………」


 俺も1人でいることは多かったけど、きっと先輩の孤独は俺の比じゃない。だから俺は、思う。もう絶対に、この人を1人にはしないと。


「行きましょうか? 先輩。見てるより、乗った方がずっと楽しいですよ」


「はい。じゃあ私、あの……ジェットコースターに乗ってみたいです。ふわふわして楽しいのでしょう? 子供の頃から、一度乗ってみたいなって思ってたんです」


「いいですね、ジェットコースター。じゃあまずはそれから、乗りましょうか」


 また先輩の手をとって、歩き出す。……けど何故だか先輩は立ち止まって、俺の手を離す。だから俺はそんな先輩を疑問に思って、口を開こうとする。けど先輩はそれより一歩早く、俺の腕をぎゅっと抱きしめた。


「こうすると、今日をもっと楽しめると思うんです。……ダメですか?」


「ダメなわけ、ないですよ。……うん。でもやっぱり、俺は貴女が好きです。紫浜先輩」


 先輩の仕草が可愛くて、ついそんな言葉が口からこぼれる。


「と、突然、告白しないでください。……びっくりします」


「すみません。でも、こうやって先輩に触れてると、思うんです。俺はこの人が、好きなんだなって」


「……困った人ですね、貴方は」


 先輩は顔を赤くして、より強く俺の腕を抱きしめる。だからむにっと、先輩の大きな胸が先ほどより強く俺の腕に押しつけられる。


「こうやって胸を押しつけると、貴方は喜んでくれるのでしょう?」


「積極的ですね、先輩。……もちろん、嬉しいですよ。より一層、先輩のことが好きになります」


 ……少しだけ、照れてしまうけど。


「なら今日は、ずっとこうしててあげますね」


「それは嬉しいですけど、このままじゃジェットコースター、乗れませんよ?」


 俺たちは同じような表情で笑い合って、ジェットコースターの方へと歩き出す。



 だから楽しい楽しいデートは、まだまだ終わらない。


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