5人、揃いましたね。

 


 水瀬生徒会長……水瀬さんが文芸部に入部してくれることが決まったので、一度全員で文芸部の部室に集まることにした。


 だから俺はちとせと黒音にメッセージを送り、まだ少し仕事が残っていると言う水瀬さんを生徒会室に残し、1人で部室に戻ってきた。


「これでようやく、5人揃ったな……」


 いつもと同じ茜に染まった部室には、まだ誰の姿もない。けどちとせと黒音から、すぐに部室に向かうというメッセージが返って来た。なので、黒音と一緒にビラ配りをしている紫浜先輩も合わせて、3人はすぐに部室にやって来るだろう。そして水瀬さんも、仕事を終わらせてすぐに向かうと言っていた。


「…………」


 だから今は、本当に束の間の静寂。俺はそんな静寂の中で、少しだけ考え事をする。……今度の休み、紫浜先輩をどこに連れて行ってあげようか、と。


「やっぱり遊園地とか、思いっきりはしゃげる所がいいよな。先輩はそういう所あんまり好きじゃないかもしれないけど、でも一回先輩とそういう所に行ってみたいんだよな」


 文芸部の廃部を阻止できたら、今度の休みにデートしよう。俺と紫浜先輩は、そんな約束をしている。だからこの土日のどちらかに、先輩とデートに行ける。俺はそれが、今からとても楽しみだった。


「……あーでも、そういや先輩が何か奢ってくれるって言ってたな。なら、先輩に任せるか」


 それはそれで、とても楽しそうだ。先輩は一体、俺をどこに連れて行ってくれるのか。そして先輩が普段、どんな所で遊んでいるのか。そういうことを知れるのも、きっととても楽しいだろう。



 まあ何にせよ、休みが楽しみだな。



 そんな呑気なことを考えながら、ぼーっと夕焼けを眺める。すると背後からドアが開く音が響いて、1人の少女が部室に踏み入る。


「遅くなったわね」


 そう言ってまずは、ちとせが姿を現す。そしてそんなちとせに続いて、黒音と紫浜先輩、それに水瀬さんも、示し合わせたように部室にやってくる。


 だから俺はそんな皆んなが椅子に座るのを待ってから、ゆっくりと口を開く。


「皆んな、急に集まってもらって悪いな。……それに、部員集めに協力してくれて本当に助かった。だからまずは、ありがとう」


 そこで一度、皆んなの顔を見渡す。そしてそのまま、言葉を続ける。


「それで皆んなが頑張ってくれた甲斐もあって、生徒会長の水瀬さんが文芸部に入部してくれることになりました。……というわけで、文芸部の存続が決まりました! イェーイ!」


 と、らしくもなくはしゃいでみたけど、乗ってくれたのは、


「イェーイ! やりましたね、十夜先輩! おめでとうございます! 黒音はあんまりお力になれませんでしたけど、それでも頑張ってよかったです! ほんと、おめでとうございます! 先輩!」


 と言って、拍手をしてくれた黒音だけ。ちとせはなんだか読めない表情で水瀬さんを見つめているし、その水瀬さんも喜ぶというより楽しんでいるといった感じで、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。


 そして、肝心の紫浜先輩は……俺と黒音みたいに声を上げてはしゃいだりはしなかったが、それでも嬉しそうに笑ってくれた。


「ありがとうございました、未鏡 十夜さん。本当に、嬉しいです。やっぱり、その……貴方が来てくれてよかった。……あ、いえ、部員集めを手伝ってくれた皆さんも、それに文芸部に入部してくださった生徒会長さんも、本当にありがとうございます」


 紫浜先輩はそう言って、頭を下げる。やっぱり、そんな先輩はとても嬉しそうで、見てるこっちも嬉しくなる。


「ふふっ。じゃあ初めましての人もいるから、ちょっと私が自己紹介するね」


 水瀬さんは、皆んなの視線を集めるようにそう言って、くるりと何故かその場で一回転する。……だから、ふわっとスカートがめくれ上がって、中身が見えそうになる。けど彼女はそんなこと気に止めず、当たり前のように言葉を告げる。


「私は、水瀬 揚羽。この学校で生徒会長をやらせて貰っている、可愛い美少女です。多分みんなは、一度くらい私のこと見たことあるよね? ……まあ無かったとしても、私はみんなの顔と名前は知ってるから、改めて自己紹介する必要はないよ。……というわけで、これからよろしくね!」


 水瀬さんのその言葉に、俺と紫浜先輩と黒音は、『こちらこそ、よろしく』みたいな言葉を返す。……けれど、ちとせだけはそんな言葉は返さず、代わりに別の言葉を投げかける。


「……ねぇ、水瀬さん。一応聞いておきたいんだけど、貴女はどうして文芸部に入ってくれたの?」


「……ふふっ」


 ちとせの問いを聞いて、水瀬さんは笑う。そして、どこか含みのある表情で俺を見る。


「…………」


 だから俺は、思い出してしまう。



『……けど、今回は君の負けだよ』



 彼女は確かに、そう言った。そして今も、その言葉の真意は分からない。だからまだ、全てが上手くいったとは言えない。俺はそれを理解している。



 ……けど、それでもまさか彼女がそんなことを言うなんて、俺は想像もしていなかった。



「私が文芸部に入ったのはね、可愛い後輩に頭を下げらたのと、私が困ってる人はほっとけない正義の味方だから。…………って理由じゃないんだよね、残念ながら」


「……どういう意味ですか? それ」


 俺は驚きながら、そう尋ねる。


「ふふっ。君が訪ねてきてくれたから、私は今日この文芸部に入ることにした。それは、間違いじゃない。……でもね、私はその前から頼まれてたんだよ。もし期間内に部員を集められなかったら、文芸部に入部してくれって」


「……その頼んだ奴っていうのは、もしかして……」


「そう。私にそれを頼んだのはね、そっちの彼女……御彩芽 ちとせさんだよ」


「…………」


 俺は視線を、ちとせに向ける。するとちとせは、本当に楽しそうな笑みを浮かべて、言葉を返す。


「私、言ったでしょ? 1人だけ、心当たりがあるって。それがね、この生徒会長なの。……というか、おかしいと思わなかったの? あんた以外の他人を拒絶してる私が、生徒会長に話を聞いて来たなんて言ったの」


「それは……」


 それは確かに、その通りだ。ちとせは文芸部が廃部になることを、生徒会長に聞いたと言っていた。俺はその時、偶然そんな話を聞くことなんてあり得るのか? と疑問に思った。けどそもそも、ちとせが俺以外の誰かと談笑するなんて、失礼だが……あるわけない。



 なら、それはつまり……



「つまり今回は、私の勝ちってことよ。だから今度の休み、ちゃんと私とデートしなさいよ? ……言っとくけど、私を頼らなかったあんたが悪いのよ? あんたが私を頼ってくれたなら、別にデートしてくれなくてもよかったのに……」


「どういうことですか? 貴女は一体、何を言っているのですか?」


 紫浜先輩はいつもの冷たい瞳で、ちとせを睨む。


「この生徒会長が文芸部に入ってくれたのは、十夜のお陰じゃなくて私の手柄ってこと。……まあ、他の子たちには全く関係ないことだけど……でも貴女は、聞いてたでしょ? 私を頼るなら、今度の休みにデートしてって。だから自覚がなくても私を頼ってしまった十夜は、私とデートしなきゃいけないの」


「…………」


 紫浜先輩は、言葉を返さない。彼女はただ冷たい瞳で、ちとせのことを見つめ続ける。


「……分かったよ、ちとせ。今回はお前が凄かった。それは認める。……けど、どうしてお前は、俺が水瀬さんを頼ると分かったんだ? いや、それ以前にお前は、水瀬さんと友達だったのか?」


「友達なんかじゃないわ。ただこの子……って、年上だったわね。じゃあこの人。この人はね、小学生の時いじめられてたのよ。……私と同じで、髪の色と目の色が皆んなと違うから。それでその時、私が彼女を助けてあげたのよ。それだけよ、この人との関係なんて」


「……じゃあどうして、俺が生徒会長を頼ると?」


「それはただの、偶然よ。あんたが他の手段で部員を見つけてきたなら、今回は私の負けだった。……けどあんたは、生徒会長を頼った。それだけよ」


「……なるほどな。でも、部員が5人集まったのは事実だろ? それなら別に、問題はねーよ」


 そう。負けだ負けだと言われるが、部員が揃ったのは事実だ。だから実際、俺の負けではない。……ただちょっと紫浜先輩とデートし辛くなって、その前に一度ちとせとデートしなければならなくなった。それだけだ。



 ……そう分かっているのに、何故かとても悔しかった。



「…………」



 ちらりと、紫浜先輩の方に視線を向ける。するとちょうど紫浜先輩もこちらを見ていて、目が合ってしまう。


「…………」


「…………」


 けれどお互い何も言わず、ただ軽く息を吐くだけ。そしてそこからは特に揉めることなく、下校時間まで楽しいお喋りを続けた。



 そんな風にして、長かった部員集めが終わり、ちとせとのデートが決まった。


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