まったく面識のない美少女が俺の『幼馴染』を自称しています

ヒトデマン

"シイナノゾミ"を名乗る存在

 オカルトなんてものとは無縁の人生だった。幽霊の存在なんて信じてはいないし、地球外生命体はいるかもとは思っても、地球にやってきて色々やっているという陰謀論は眉唾だと考えていた。

 だけど、その日突然、自分の目の前に現れた彼女に対しては自分の精神の異常か、科学で説明できない何かを信じるしかなかった。


「おっはよー!ツカサどうしたの?なんだか今日元気ないんじゃなーい?」


 通学路を歩いている最中、突然に自分の背中を叩かれ、思わず転びそうになるのを踏みとどまり、イラつきを覚えて後ろを振り向く。


 そこに立っていたのは、作り物に思えるほど見目麗しい美少女だった。肩にかかるほど伸びた黒髪は光沢を帯びており、目は透き通るようだ。


 そして彼女の顔も、姿も、声も、俺の記憶に全くと言っていいほどであった。


「……だ、誰ですか?」


 俺のその問いに、彼女はポカンとした顔をする。


「私だよ!『幼馴染』の"シイナノゾミ"!」

「いや、誰?コワッ……」

「いやいやいや!『幼馴染』にそんなこと言う!?どうしたの!?頭でも打った!?記憶喪失!?」

「い、いやごめん。俺と君って面識あったかな」


 彼女は「マジかー」という顔をしながら深くため息をする。


「どうやら本当に忘れちゃってるみたいだね。私はシイナノゾミ、ツカサの子どもの頃からの幼馴染だよ……まさかツカサ、自分の名前まで忘れちゃってないよね」

「い、いや。流石に自分のことくらいは覚えているけど……」


 あまりに堂々とした彼女の態度に、自分がおかしいのかと思い始める。


「シイナノゾミさん……だっけ?ごめん、本当に思い出せないんだ」

「いや、いいよいいよ。何かの弾みで思い出すかもしれないしさ。……それにしても、ぷぷっ、ぷぷぷ……だめだ!普段と私への態度と比べてめっちゃよそよそしくて笑っちゃう!」

「は、ははは……」


 普段の俺の彼女への態度というのがまるでわからないので、愛想笑いを浮かべるしかない。それにしても彼女の言う通り、俺は記憶喪失なのだろうか。このような美人な幼馴染を持っていたというのなら、自分はとても幸運だと言うほかない。


「さ、学校行こ!騒ぎになるかもしれないから、記憶喪失のことは黙っといたほうがいいかもね。あ、でも、他のクラスメイトも忘れちゃったりしてたら……」

「いや、大丈夫。クラス全員の顔と名前は一致できる」

「ええー……なんでわたしだけー?」

「俺もわからねえよ……」


 心に形容しがたい突っかかりを覚えながら、俺は彼女と共に学校に向かったのだった。


 *


 学校について自分のクラスに向かい、そしてクラスメイトを見渡す。……うん、大丈夫だ。ちゃんと全員の名前と顔が一致する。それだけに、なぜ自分がシイナノゾミの名前と顔を忘れてしまったのか疑問に残る。


「じゃ、わたし隣のクラスだから」


 そう言って彼女は隣のクラスに向かっていった。さすがに幼馴染だからと同じクラスなわけではないか。特に周りの生徒から疑問に思われていないあたり、この学校の生徒であることは間違いないのだろう。


「よーツカサ。一緒に連れてた女の子は誰?アンタの彼女?」


 その時、クラスメイトのギャルがからかうような声色で俺に話しかけてきた。その言葉に俺は疑問を覚える。


「誰って……隣のクラスのシイナノゾミだけど……知らないのか?」

「いや、初めて見たんだけど、もしかして転校生?」


 ……おかしい。彼女はまるで、いつも一緒に登校していたかのように俺と接していた。違うクラスだから名前は知らないとしても、姿すらわからないなんてことがあるのだろうか。


「なあ!お前も彼女のことしらないんだよな!?」

「うわ、ちょっと何急に?ホームルーム始まるからさ、話したいことあるなら後でね」


 そう言われて渋々ながら俺も席につく。興奮と不安で先生の言っている話はまったく耳に入らなかった。ホームルームが終わり次第、すぐに俺はギャルの席に向かい話を聞きに行く。


「なあ、今日俺と一緒に登校していた女の子のことなんだが……!」


 彼女のことを忘れている。もしくは知らないというのが俺だけじゃないのなら、この記憶喪失謎の手がかりが掴めるかもしれない。だが帰ってきた言葉は信じられないものだった。


いっつも一緒に登校してるよね。なに?付き合ってんの?ヒューヒュー」


 その言葉に、俺は絶句した。


「いや、さっき彼女のこと知らないって……」

「は?知らないはずないじゃん」

「……は?」


 訳が分からず混乱する頭を落ち着かせるため、一旦自分の席に戻った。その直後、教室の扉が開き、1人の女生徒が入ってくる。そして彼女は、教壇に紙の束を置くと、そのまま俺の隣の席へと着いた。


「次の授業は数学だよね。日直の仕事で配布プリント取りに行ってたら遅れちゃった。ふふ、今日もまた、眠そうになったら、シャーペンで刺して起こしてあげるね」


 彼女の見せる笑みが、途端に恐ろしいものに感じてしまう。俺の心は、シイナノゾミを名乗る存在への疑問と恐怖に覆い尽くされた。





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