会社の機械

鈴木かく

第1話

 先日、会社の同期が潰れた。

 今や傾きかけている会社を支えるため、会社の機械となって働いていた。

 彼はしきりに言っていた。


 会社のために


「先輩は何のために働いてますか?」

「なんだ、いきなり?」

 先輩の家にて食卓を囲む。自分と、先輩と、先輩の奥さんと。

「うちの会社って会社のために働いてる人多いじゃないですか。先輩はどうなのかなって」

「俺が働いてるのは、」

 先輩はおかずを摘まみ、口に放り込む。

 もぐもぐ、ごくん

「妻が作ってくれる美味い飯を食うためさ」

 きりっと決め顔の先輩に、奥さんが「もうっ」と肩を叩く。

 先輩が咳払いして「まあ真面目な話」と続ける。

「家族のために働いてるよ。これは胸を張って言える」

「あなた・・・・・・」

「いくら会社が傾きかけてるからって、会社のために働いて潰れたら本末転倒だしな」

「ですね・・・・・・」


   *


 目下の仕事は終わり、帰り支度の前にちらりと向かいのデスクをうかがう。

 先輩のデスクには、まだ積まれた資料が残っている。

「先輩、手伝います」

「大丈夫だよこれくらい」

 ニカッと笑う表情にはまだ余裕が見られる。

「それにお前にはこの仕事はまだ早い。今は自分にできることに集中してくれ」

「は、はい」

 しかし先輩のデスクに積まれる資料は日に日に増していく。

 週末には、積まれた資料の高さは天井にまで届くほどになっていた。


 週明け

 先輩のデスクに積まれた資料はようやく最後を迎えていた。

「お疲れ様です」

「ああ、あと一息だ」

 弁当を頬張る先輩。

「奥さんの手作りですか」

「おう。これが俺の力の源さ」

 カラン、と箸を落とす。

 先輩の手が震えていた。酷使されたその手は、限界を迎えている。

「せ、先輩・・・・・・」

「――もうすぐ終わりさ」

 先輩はデスクに置かれた最後の資料を震える手で取った。

 先輩のデスクには資料がなくなり、そして、


 ドォォン!!


 再び山のような資料が積まれた。


 週明け

 先輩が機械化していた。

「せ、先輩・・・・・・」

「必要に駆られてな・・・・・・」

 その両腕はメタリックな光沢を放っている。

「――なあに、機械化と言っても手だけだ。それにほら」

 ガガガガッ、と凄まじい速さのタイピング。

「便利なもんだ」

「そ、そうですね・・・・・・」

 確かに先輩のデスクに積まれた山のような資料は凄まじい速さで消化されていった。

 しかしそれでも間に合わなくなるほど、業務は苛烈になってゆく。

 資料が積まれて、積まれて、また積まれる。


 週明け

 先輩のデスクには、愛妻弁当が放置されていた。

「先輩、弁当食べないんですか?」

 機械化された両手両足でタイピングする先輩は、こちらも見ずに返事する。

「お前、食って良いぞ」

「え」

「今は食事の時間も惜しいんだ」

 先輩が、変わっていく。


 週が明ける度に先輩の機械化が進んでいった。

 手、足、そして、

「先輩それって・・・・・・」

 先輩の口が鋼鉄のマスクに覆われていた。

「必要に駆ラレテナ」

 その日、先輩の奥さんが弁当を届けに来た。

 しかし先輩は冷たくあしらう。

 口から内蔵にかけて機械化した身体に食事は必要ないからだ。

「あなた、帰ってきてくれるのよね・・・・・・?」

 先輩はもうひと月も帰っていない。

「当たり前ダ。俺は家族のためニ――」


 ・・・・・・


 家族のために働いている。胸を張って言っていたあの言葉が、先輩の口から出てこない。

「あなた・・・・・・?」


 バサバサバサァ!!!


 突然、デスクから資料の山が滑り落ちる。それも先輩のデスクだけじゃない。

「先輩、これは・・・・・・」

 散らかった社内を見渡し、凍りつく。

「会社が、また傾きだシタ」


   *


 その姿は完全に機械だった。

 先輩の背中には二基のブースターが備わっている。

「せ、先輩・・・・・・」

「会社ノ傾キハ俺ガ止メル」

 外から見る会社のビルは、傾いていた。

 倒れかかっているビルの側面には機械の社員達が張りつき、会社を支えている。

 そこに合流すべく、先輩の背中のブースターが点火する。

「あなた、もうやめて!」

 先輩の奥さんが駆けつける。

「これ以上会社のために働かないで!」

 先輩は振り向きもせずにこう告げた。


「俺ハ、会社ノ機械ダ」


 ブースターが火を噴き、飛ぶ。

 先輩はそのまま会社に張りつき、ビルの傾きを抑える。

 破片がパラパラと落ちる。

 ビルの破片と共に、壊れた部品の破片。支える機械達の身体から落ちたものだ。

 落ちた先、先輩達が支えているその下には、潰れた機械の山。

 奥さんは膝をつき、泣き崩れる。

 いずれ支えている先輩達は建物ごと潰されるかもしれない。

 例え一時傾きを抑えられたとしても、先輩の身体が持たなくなる。

 会社のために機械となったその身体は、潰れてスクラップの山に捨てられる。

 会社を支える機械達が声をあげている。


「「「スベテハ会社ノタメニ!」」」


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会社の機械 鈴木かく @yomu_kaku

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