第33話 舌を耳に、唾液は脳に、
「〈修復〉しか使ってないから、無痛症を治しているものだと思っていたけど……?」
「それはおかしい。取り戻すなんてあり得ない。血脈は遺伝子で決まる先天的なものだ。生まれる以前にまで時間を巻き戻して痛みを取り戻しているとは考えにくい、時間を加速させようと、時間を停滞させようと、ありえない」
「でも実際、マツユキは痛みを感じるようになるんでしょう?」
「ああ、そして能力が切れれば痛みはなくなる」
「なら……〈修復〉した後で、無痛症が再発してる?」
「断続的に発動してる、っていう方が正しいのかもしれない」
「発動してるって、そんな、まさか」
久遠が自らの身体を〈修復〉し続け、喉が渇くのと同じように。
久遠が時間操作を〈修復〉によって治癒能力と勘違いをさせ続けていたように。
「流石、存在しないはずの六番目(笑)って感じだ。俺の異能は、後天的に痛みを感じないように作り替えられた。断続的に、痛覚を遮断するように。本来の異能――奥の手を隠すために」
わざわざ自分の手の内を晒すような酔狂は正気なら誰だってしないだろうが、ここまで来ると病的だ。敵を欺くならまず味方からというが、俺は文字通り身内に騙されていたってわけだ。
痛みがないから痛みを気にせず強く在れる。でも痛みがなければ死んでしまうから死なないように気を付ける。不完全であるように見せて完全を目指し続ける、実に十六夜らしく人間的な発想だ。存在しないはずの六番目は伊達じゃない。
「仮に、仮によ? 痛みによって奥の手が隠されているとして……どうするつもり?」
「なに、簡単なことだよ」
久遠の小さな体を抱き締める。久遠が摘まんだままだったペットボトルのキャップがカラカラ音を立てて転がった。顔の横に、吐息の熱を感じる。
「〈修復〉で記憶を取り戻す。思い出したいんだ。あの日、何があったのか。誰がどうやって十六夜家を滅ぼしたのか。俺が滅ぼしたのだとしたら、俺はそれだけの武器を隠してるってことになる。武器は使わなくっちゃ意味がない。今は武器を飾っている場合じゃない。俺は、お前と生きる未来のために、五年前、一族郎党皆殺しにした原因を知りたい」
「失敗してもがっかりしないでね?」
「失敗なんかしない。
さて、ここで問題だ。
脳に触れるのに、最も障害が少ない外側の器官は?
――答え、耳。
湿気を多分に含んだ熱い吐息に甘い呼気が混ざる。
吸い込む。
執事にめった刺しにされた傷が痛む。
全身が痺れるようだ。
囁きがあった。
「いくわよ?」
鼓膜がふう、と微風に叩かれる。
耳が唇に包まれた。
一緒に漏れ出た声がこそばゆい。
「ん……、っふ、ちゅ、んむ、れ……」
嬌声じみた声。そして吐息を巻き込みながら、ぬめった舌が耳の奥に挿入されて、別の生き物のように蠢いている。耳かきをするとくすぐったいと身をよじる久遠の気持ちがわかる気がした。
小さな舌が耳の外側から頭の奥まで、滑らかに突き動かされているような。
「っはぁ、あ、む、ん……っふ、れぇ、ん……」
甘い声と空気、唾液が流し込まれる。
何度も、何度も繰り返された。
繰り返されて、溺れる。
繰り返しだった。
繰り返した。
繰り返し。
繰り返す。
そして、
――、
。
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すべて思い出した。
妹の為だった。
俺が殺した。
滅ぼした。
確かに、
俺が、
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