第4話
朝もやのチュルリー通りで、わたしは歌を歌っていた。
――想い出
わたしは幸せを探していた
街の角に
窓の影に
雑踏の音に
ガス灯の下に――
帝都の中心街へ続くチュルリー通りには、仕事へむかう朝行きの人々が足早に歩き、
――夕方になると、わたしは幸せを探しに行く
家路の人に
月の光に
夜の闇に
夢の中に――
夜の煌びやかな衣装もなく、華やかな化粧もないわたしの姿は、
わたしの歌声にいくらかの人が足を停め、いくらかの硬貨を置き、そしてまた歩いていく。
――想い出
あなたはどこにいってしまったの?
想い出
朝もやの中に消えてしまったあなたは――
カンカンと
――想い出
朝もやの中に消えてしまったあなたは――
わたしは美しい声を持っていた。母に愛されていなくても、それがわたしの取り柄だった。だからわたしは歌った。一人になっても歌い、歌うことで生きてきた。それが今までのわたしの人生だった。
街頭で歌い、夜店で歌い、
わたしは街頭に戻ってみた。母に捨てられたあの日の自分を振り返るために。わたしの歌に、あの日の感情が残っているのかどうかを確かめるために。
――想い出
朝もやの中に消えてしまったあなたは――
カツカツと靴を鳴らす音がして、あたしの前で止まった。目をむけると、毛皮のコートに身を包んだ
「おはよう、ダミア。朝から素敵な歌ね」
エカテーナは笑顔であいさつをすると、懐から財布を取り出して、わたしの前に百ドゥカティ札を差し出した。
「なんのつもり?」
「良い歌を聴けば
その形の良い眉を上げてエカテーナが言った。わたしは差し出された紙幣を一瞥して皮肉を返す。
「頂いた
エカテーナは肩をすくめると、含みのある笑みでわたしを見た。
「あなたのお母さん、あなたを置いて若い男と駆け落ちしたんですってね」
カッと頭に血が上った。わたしは無言で
「女が母親を嫌うのは、母親が女であるからよ」
立ち止まる。振り返るとエカテーナがいつもの挑発的な笑みを消して、無表情にわたしを見つめていた。
「あなた、わたしみたいな
そう言ってエカテーナは自嘲気味に首を振ると、遠い目で朝もやの街を見やった。
「あなたはいいわね。羨ましいわ。あなたの歌は素晴らしいもの。あなたはわたしが嫌いでも、わたしはあなたの歌が好き」
わたしはとまどい、エカテーナをじっと見つめた。彼女は問わず語りで話し続ける。
「わたしは芸のない女。
エカテーナが毛皮のコートをはだく。その男に
「そんな女を女は許せないのよ。だけれどわたしは許してもらうつもりもないわ。だからわたしは女なの。わたしを責める人には逆に問い返してあげるわ」
そしてエカテーナはわたしにむかい手を伸ばし、指輪の宝石を見せる。
「それがなんなの? ってね」
彼女の成功を物語るように、その宝石は白く輝いた。そしていつも彼女が見せる挑発的な微笑み。わたしは彼女を知った気がした。彼女はわたしの歌声を憎んでいた。
「わたしの母親も女だったわ。男をとっかえひっかえ、娘にとっては“ろくでなし”なね。母娘そろって“ろくでなし”なんて、ちゃんちゃらおかしいわね。責める気にもならないわ」
エカテーナが肩をすくめる。その目にあるのは嫉妬だった。彼女にはない歌声をわたしが持っている。それは母親と同じ道を歩くしかない彼女の人生の否定だから。だから彼女は自分を愛さなければならなかったのだ。
「まだ、見舞いに行っていないそうね」
彼女はそう言いながらこちらに近づいてきて、わたしの手に百ドゥカティ札をねじ込むと、耳元でささやいた。
「あなたはいつまで娘でいるつもりかしら?」
そして通り過ぎる。わたしが振り返ると、彼女は背中をむけて歩きながら、片手を上げて言った。
「わたし、あなたの歌が本当に好きよ。お母さんにも聴かせてあげたら? じゃあ、また夜にね」
歩き去るエカテーナ。わたしはしわくちゃになった百ドゥカティ札を見つめる。気がつけば朝もやは晴れていた。朝行きの人々が
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