七年後
集まって
罪悪感
* * *
居酒屋から出て、今日会った人たちと会釈をして別れる。
一つ、びゅおっと音を立てて風が吹く。
「寒いね」
頭上から降ってくる聞きなじみのない声にうなずく。
「そうですね」
名前なんて、覚えていない、
覚えたところで、少しあとには意味を失くしているから。
街灯が、キラキラと道を照らしている。
それだけじゃない。
赤、青、緑に橙。
色とりどりの宝石のような灯りに、街路樹や電信柱が彩られている。
十二月の下旬。
年の瀬が迫ってくるこの時期には、同時にクリスマスがやってくる。
「太陽って、こんなに温かい光なの?」
また降ってくる声。
そっと見上げた先に、青白い肌。
キラキラと輝く瞳は、ほんのりと赤が混じっている。
生まれた頃から吸血鬼だった彼は、太陽の光を浴びたことがないのだと言う。
ちくりと痛んだ胸に気付かないふりをして、わたしはまた前を向く。
「そうですね。温かくて、強いです」
「強いの?」
「夏とか、特に。フライパンの上で熱せられる玉子みたいな気持ちになります」
「へえ」
浴びてみたいな、と呟く彼が太陽の光を浴びることは、一生ない。
もしかしたらあったのかもしれないけれど、今日、わたしがその可能性を潰すのだ。
元々あの人が予約をしてくれていたホテルの部屋に着く。
「おわっ、狼の置物がある! でっか!」
はしゃぐ声をうしろに聞きながら、わたしは荷物を置いて、上着をハンガーにかける。
「すっごいよ、雪ちゃん! この置物? 剥製? あったかい!」
「血、飲むんですよね」
部屋の中央に立って、じっと彼を見つめる。
キラキラとしていた瞳が、一気に静かになった。
「慣れてるね、雪ちゃん」
「……初めてでは、ないので」
「そっか」
彼がゆっくりと立ち上がる。
「吸いやすい体勢とか、ありますか」
「立ったままで」
「わかりました」
大きな手が、ゆっくりと胸元まで伸びたわたしの髪を耳にかけていく。
「俺はね、人間は二回目。大切な狩人を殺されて、つい」
力なく笑う彼に、先ほどまでの無邪気さは見当たらない。
「大事な子だったんだ。いつもお昼の話をしてくれた。寂しいときは傍にいてくれて、いつだって血を与えてくれた」
頭に添えられた手に、力がこめられる。
「彼女は俺を守ろうとして、殺されたんだ。心臓を一突きされて。馬鹿だよね。いくらすぐ回復するって言ったって、心臓を刺されたらどんな化物でも死んでしまうのに」
首元に、彼の息が当たる。
「馬鹿は俺も、だけど。人間の血を吸っちゃったせいで、こうして人間の血を吸わないと飢えちゃうようになったんだから」
肌が破ける音がする。
この痛みにだけは、まだ耐えられなくて。
ギュッと目の前の服に縋り付いてしまう。
「君は、あの子にちょっと似てたんだ」
囁くような声。
血をすする音。
錆びた鉄の香り。
そして、衝撃。
よろめいたわたしは、そのまま尻餅をつく。
灰を、浴びながら。
からん、と乾いた音を立てて木の杭が床に転がる。
「お仕事、お疲れ様、舞白」
杭を拾ったクロくんは、この場に不釣り合いなくらい楽しそうに微笑んでいる。
ドアの近くにあった狼の置物は、もういない。
「まだ、二回目だった」
「一度でも吸ってしまえば、彼らはもう、後戻りできない」
どれだけ理性が強くても、化物になるだけだ、とクロくんは自分の掌をカッターナイフで切りながら言う。
「忘れたい?」
「イヤだ、覚えてる」
切り口を首筋の傷に当てられた瞬間痛みが走る。
必死に自分を抱きしめてその痛みに耐える。
「忘れるほうを選べば、一気に意識飛ばせるのに」
「……」
「わざわざ背負うのもきついだろ」
「でも」
どんどん消えていく灰を、眺める。
わたしが忘れてしまえば、きっと。
「彼らが死んでしまったことまで、なかったことになるみたいで」
ハッとクロくんが笑う。
「優しいんだな、雪は」
わたしは、そっと瞼を閉じる。
茜と薫と別れてから、七年が経った。
今、わたしは家族を失い、家を失い、クロくんの紹介で、お仕事をしている。
宙を舞う、真っ白なそれの名前を与えられて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます