彼は、私のもの
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下駄箱の前を通ったときには、もう舞白の姿はなかった。
それにホッとしつつ、茜を迎えに行く。
茜は制服姿で、ぐったりと壁にもたれ掛かって宙を見つめていた。私が荷物を取りに行っている間に男子更衣室に行って着替えていたらしい。
「舞白に、挨拶だけしたかったな」
ぽつっと呟かれた言葉。
薄暗い気持ちが胸の中でとぐろを巻いて、きゅっと喉元を締め付ける。
「やめときなよ」
考えるよりも先に言葉が出て、その言葉が鼓膜を揺らしたから、続きの言葉を急いで飲み込んだ。
やめときなよ、あんな恩知らずを構うのは。
「そうだね。会ったら俺、なにするかわかんないし」
友達のままでいれるのなら、それがいい。そう吐き出した茜に、ホッとばれないように小さく息を吐く。
どうやら、都合のいいように解釈をしてくれたらしい。
「もう行こ」
「いいけど、薫、着替えは?」
「鞄の中に入れた」
どうせもう二度と着ることのない制服だ。教室からここに来る途中で更衣室に寄って、しわになることを気にせずに押し込んだ。
あとで両親が困った顔をするのが想像できたけれど、いい。もう、いい。
幼稚な八つ当たりだった。でもたぶん、それに気づくのは私だけだ。
血を飲んだとは言え、まだ昼間。
ふらふらとして危なっかしい茜に肩を貸す形で歩き出す。
背負うことだって出来るけれど、流石に女子が男子を背負う姿は目立つのでやめておく。
下駄箱に着いたら、先に自分のローファーを出してから、茜の下駄箱に移動する。
「あ」
茜のローファーの上に、丁寧に折り畳まれたメモが入っていた。
珍しいことではないので、どうするのか、茜に視線で問いかける。
いつもの茜なら、受け取って、読んで、呼び出しならその場へ行くし、そうでないのならそのまま保管する。
だけど今回は、呼び出しだった場合、応じることはできないのだ。
茜はしばらくじっとそのメモを見つめていたけれど、やがて手を伸ばして、それをポケットにしまった。
思わず、きゅっと茜の制服の裾を掴んでしまう。それに気づいた茜が、やっと私を見て、眉を下げて微笑んだ。
「あとで読むだけ」
「どうせ答えられないのに」
「それでも。……ごめんね」
首を横に振る。
もしも、茜が他の人を、たとえば舞白を選んだとしても。
最後は、私のところへ戻ってくる。
だって、人間よりも私たち狩人や吸血鬼のほうが長生きなのだから。
それに、人間の血は吸血鬼を化け物にしてしまうけれど、私たちの血は彼らを美しい吸血鬼のままに出来る。
私はそっと彼を見上げる。
ただでさえ透き通るような色をしていた肌は、今では生気を感じさせないほど青ざめている。
だからこそ、闇を溶かしたような髪がよく映える。
優しげに垂れた瞳に、赤い色は一滴も混ざっていない。夜中の湖のように澄んだ黒。
この美しい吸血鬼を、絶対に化け物にはしない。
それができるのは、私たちだけ。
茜は、私のものだ。
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