第91話 神の使徒とはかくありき?④

「はぁっ!」


 僕の振り下ろした剣が鈍い音を立てて盾に遮られる。そして盾にぐっと押し返され、僕の体勢が少しだけ崩れた。

 その僅かな隙に、鋭くソフィアさんの剣が滑り込む。僕はそれを、更に大きく身体を倒すことで回避。そしてそのまま遠心力を使って横薙ぎの一撃を放つ。

 大振りのその一撃は再び盾に防がれる。僕は後ろに大きく飛びのき、仕切り直した。

 そしてアウトレンジから視線と剣先で互いにフェイントをかけ合い隙を探る。


(純粋な戦士としての技量は僕とほぼ互角かな)


 それが実際に剣を交えた、ソフィアさんに対する僕の見立てだ。

 先ほどからアタッカー寄りの僕が攻め、タンク寄りのソフィアさんがそれにカウンターを仕掛けるといった攻防が続いている。

 実戦であれば攻め手はいくらでもあるが、純粋な剣の勝負となると魔法戦士でもある僕らは互いに決め手を欠く。


 この戦いを眺める他のメンバーにチラリと視線をやり、ソフィアさんにもういいだろうと合図を送る。彼女も同じ気持ちだったのか、この戦いで初めて彼女の方から仕掛けてきた。


「きぇぃっ!」


 真っ直ぐな、ごまかしのない振り下ろし。

 僕はそれに、最短最速の突きで対抗する。


『――――』


 ソフィアさんの剣が僕の額の上で、僕の剣がソフィアさんの喉元で制止する。

 一呼吸の沈黙の後、僕らは互いに距離を取って一礼した。


「ありがとうございます。よい稽古でした」

「こちらこそ。いや、全く崩せませんでした」


 晴れやかな笑顔で手を差し出すソフィアさんに握手で応じ、僕は素直な感想を口にした。

 今の攻防だけを切り取れば実質僕の負けだ。剣だけで彼女を崩すのは僕では難しい。

 そして持久戦になれば厚い鎧を着こみ、神聖魔法の使い手でもある彼女に分があるだろう。


(アンナさんもそうだけど、正統派のタンクってのは地味だけど強いよな)


 これなら伯爵家からの護衛が彼女一人なのも頷ける。


「ねえねえ、次はあたしと手合わせしてよ~」

「…………」


 同じ戦士であるクーロンとリトさんは、興奮した様子でソフィアさんに話しかけている。

 ソフィアさんもまんざらではない様子で、少し休んだら手合わせに応じてくれるようだ。


 今日は旅に出て二日目の昼過ぎ。

 昼食後に休息を取っていたところ、ソフィアさんから先ほどの手合わせの申し出があった。

 互いの実力の確認のため、というには今更なので、恐らく目的は気晴らしだろう。

 剣を交えている最中は、それまでとは比べ物にならないほど晴れ晴れとした表情をしていた。


「バウ! スゴカッタ!」

「お疲れ」


 立ち合いを見物していたポンとホアンさんが労ってくれる。

 僕は二人の横に座って、深々と息を吐く。


「はぁ……いや、やっぱり騎士の技っていうのは凄いね。

 全く軸がぶれない。あれを剣だけで崩すのはしんどそうだ」

「……諦めるな、です」


 荷物を枕にして横になっていたエリスが、据わった目でぼそり呟く。


「……できるできないじゃなく、崩すまでやれ、です。

 ボスならできる……なのであの二人が終わったらもう一度チャレンジ、です」

「いや、そうやって休憩時間を引き延ばしたところで、最終的にお前が歩く距離は変わらないからな?」

「…………F●CK」


 吐き捨てて、荷物に顔を埋めるエリス。

 二日目だというのに、まだ身体が徒歩に慣れていないようだ。

 荷物は持ってやっているから手ぶらだし、昨晩も見張り当番をホアンさんに代わってもらっていたのだが。


(……まぁ、昨日と違って自分の足で歩いているだけ成長したと考えるか)


 そう言えばもう一人の問題児の様子はどうかな、と視線を巡らすと、間近に近寄ってきていた当人と目があった。


「……あ」


 ルースは僕と目が合うと、何故かしり込みするように下を向いて黙り込む。

 僕が何を言うでもなく、ぼんやりルースを見つめていると、


「ほら」

「ワフ」


 横からホアンさんとポンの促すような声。

 僕は軽く嘆息すると、努めて感情を表に出さないように口を開いた。


「何か御用ですか?」

「あ、その……」


 ルースはそれでも少し口ごもるような素振りをみせ、そしてやや頬を紅潮させながら口を開いた。


「す、凄いなお前! その、私とそんなに歳も離れてないのに、ソフィアと互角にやり合う奴なんて初めて見たぞ!」

「お褒め頂きありがとうございます」

「あ、うん……」


 淡々とした僕の反応に、ルースの勢いがしぼんで下を向く。

 ……うん。自分でやっときながら少し可哀そうなぐらいのしぼみ方だ。


「……ワフ」


 ポンがちょんちょんと僕の脇腹をつつく。


「大人げない……」

「ボス……がっかり、です」


 横からぼそぼそと呆れたような声。


(あれ? 何か僕の方がアウェー?)


 僕がフォローを入れた方がいいのかな、と口を開こうとするより早く、ルースが顔を上げた。


「その……昨日は失礼なことを言って悪かった!」


 そして再びがばっと頭を下げる。


「ホアン殿やエリスはもちろん、お仲間の皆さまにも大変失礼なことをした!

 あのような振る舞いをしておきながら、都合のいいことをと思うかもしれないが、どうか許して欲しい!」

「え? あ……どうされたんです?」


 何で一日足らずで態度が一八〇度変わっているんだ?

 僕は困惑して、助けを求めるように周囲を見渡す。


「いや、昨晩筋肉痛で苦しんでいたから、魔法で少し、ね?」


 え、ホアンさん。僕のいないところでそんなイベント起きてたの?

 全然把握してないんだけど?


「ふぅ……奴とは、同じ苦しみを乗り越えた友、です」


 そうかエリス。お前も筋肉痛をホアンさんに治療してもらったと。

 ひょっとしてこの雰囲気、一緒に見張りに立ってたポンも知ってるとか?

 何で僕だけそのやり取り知らないの?

 僕リーダーなんですけど? ちゃんとホウレンソウは守ろうよ。


「ホアン殿は司祭の資格もお持ちだというし、エリスたちにも生まれという本人になんの責任もないことで酷いことを言った。

 お前が仲間を侮辱されて怒るのはもっともだ! すまん! 許して欲しい!」

「あ、はい……」


 間の抜けた言葉を返す僕に、ルースを除く他の者たち――クーロンやリトさん、ソフィアさんまで笑いをかみ殺している。


「……別に自分は怒っているわけではないので。

 もう当人たちに謝罪していただいているなら、自分がどうこう言う筋合いではないと言うか」

「本当か!? 許してもらえるのか!?」

「え、ええ……何でそんな必死に……?」


 何で直接関係ない僕にそんな必死に謝るのか、思わず表情が引きつる。

 ルースはこてんと首を傾げ、悪意のない表情で答えた。


「だってミレウスは、怒らせるとずっと根に持つタイプだって聞いたぞ?」

「はい!?」

「それに、気に入らない人間には一切の容赦がないと」

「いや、待って――」

「だから謝るときはタイミングを見て慎重にするように、って……」

「誰だ、んなこと言ったのは!?」


 グルリと頭を回し容疑者を睨みつける――と、ソフィアさん以外の全員がしれっと宙を見上げていた。


「お前ら、僕を一体どういう目で!? というか――」


 僕はポンの身体を掴み、こちらを向かせて叫ぶ。


「何でポンまで――ふざけてるだけだよな!?」

「……ワフ」

「何故目を逸らす!?」


 他の連中はともかく、ポンにまでそんなことを思われていたのか!?


「ポン! 冗談だと言ってくれ!?」

「……ワ、ワフ」

「嘘でもいいから!?」


 置き去りにされた形のルースが、困惑した様子で呟くのが聞こえた。


「これは……許してもらえたということでいいのかな?」

「……いいんじゃないか、です……どうでも」

「だねぇ。剣のことが聞きたいなら、あの茶番が終わった後にしなよ」

「あ、じゃあ折角だから、ライナス神殿での修行について教えてもらえないか?」

「そうだね。宗派は違うけど、どこであれ最初は――」


 まあ。二日目の昼はそんな風にグダグダと過ぎて行った。

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