第73話 隣人は打算的⑥
「……ワフ、ツカレタ」
「πσΣ」
僕の目の前で珍しく疲れた様子を隠さないポンが、ミンウに頭をよしよしと撫でられていた。
今日は久しぶりのパーティメンバー集合。
ミンウの家に集まって情報共有をしている。
一応全員、寝起きはミンウの家を借りてはいるのだが、それぞれ活動時間がバラバラでこうして全員で顔を合わすのは半月ぶりだろうか。
僕は工作員の洗い出しと捕縛、ハインツ氏との中央政府への対応の協議。
ポンはヴェイン達自警団の監視。
ホアンさんは森の民の監督。
正直、これほど神経をすり減らしたのは初めての経験だ。
いつどんなきっかけで爆発するか分からない爆弾の横で長期間過ごしているような感覚。
今も僕は椅子にぐでっともたれかかって、変装のために毛をぶち柄に染めているレアなポンを愛でる気力もない。
それは二人も同じようで、本来疲労を感じないはずのゴーストのホアンさんでさえ、姿がいつも以上に煤けていた。
「……次は、もっと単純で頭使わない仕事受けましょうね」
「……バウ」
「……それより、しばらく休暇にしようよ。
旅行とかはいいから、一週間ぐらいのんびりしよう」
「ですね~」
「ワフ」
ちょっぴりやさぐれたメンバーにミンウが不思議そうに首を傾げる。
いつもはもっと構ってくれるのに、とでも言いたげな雰囲気だ。
「δπμ」
そんな不満が表に出る前に、ひょいと顔を出した母親がミンウを呼び寄せた。
僕らの邪魔をしないようにと、気を遣ってくれたらしい。
僕は視線でだけミンウの母親に礼を伝える。
『…………』
そして三人だけになって弛緩した空気がその場に流れた。
たっぷり一分ほどはその状態が続いただろうか。
次第にだらけていることに罪悪感のようなものを感じだし、僕は重い口を開いた。
「……とりあえず、ウォルト家周辺では大きなトラブルは起きていません。
二度ほど逸った連中が森に向かおうとしましたが、未然に取り押さえてます」
二回とも誰かにそそのかされた様子はなく、単純にストレスが溜まって暴走したようだった。
確たる原因がないだけに、防げたのは運が良かっただけだ。
「工作員については今はほとんど動きがありませんね。
状況が変わったんで上の指示待ちと言ったとこでしょうか」
「……つまり、新しい指示があればまた動き出す?」
「ですね」
僕はホアンさんと顔を見合わせて溜息をつく。
予想していたことではあるが、改めて現実を直視するとなると鬱で仕方がない。
強いて良い報告があるとすれば……
「それと中央政府は一先ず、これ以上強硬な姿勢に出るつもりはなさそうです。
内務尚書から子爵宛に懐柔の手紙が届いてました。
油断はできませんけど、雰囲気的にあちらも一枚岩ではないようですね」
「それはいい。この際、時間をかけて迷って欲しいもんだ」
「ええ。ウォルト子爵には、ドワーフの山師を紹介してくれと返答してもらっています」
僕の言葉にホアンさんは意外そうに片眉を上げ、そしてすぐに気づいて頷いた。
「……ああ。確かにそれは必要か」
「ええ。落としどころとしては。
ついでにあちらが勘違いして手を緩めてくれればなお良しです」
僕の報告はそんなところだ。
続いてホアンさんが口を開く。
「森の民の側も似たようなものかな。
ただ何度か地元の猟師とトラブルを起こしそうになっていてね」
「ああ……そりゃ、そうなるのか」
猟師は当然森に入ってくるだろうし、それを止めることはできない。
色々あり過ぎて、そんな当たり前のことも頭から抜け落ちていた。
苦い顔をする僕に、ホアンさんが頭を振って続けた。
「いや、猟師もこの件に関しては心情的に森の民の側だからね。
そのあたりを森の民に理解してもらって、一先ず大きなトラブルにはなっていないよ。
ただ、今後猟師に偽装して潜りこもうとする人間がでてこないかが心配だね」
「猟の際はエルフに同行してもらうようにするとか?」
「それはそれでね……ほら、エルフはプライドが高いから」
それもそうか。
となると、引き続きホアンさんに頑張ってもらうしかない、と。
僕の視線の意味を察して、ホアンさんは苦笑した。
続いてポンだが……
僕らが視線を向けると、ポンは心なし憮然とした様子で口を開いた、
「……ポン、キヅカレテル」
その言葉の意味を理解するのに、僕らは数秒を必要とした。
そして、少しだけ表情を真剣なものに変えて問う。
「気付かれてるって、ヴェインに、か?」
「……バウ」
「大丈夫なのかい?」
心配そうにポンを覗き込むホアンさんに、ポンは言いにくそうに俯く。
その態度に何となく事情を察した僕は、ポンに近づいて頭を撫でながら聞いた。
「何かされたのか?」
「……サレテナイ」
「気付かれてて、だけど放置されてるってこと?」
「……バウ」
なるほど。ようは相手にされなくて悔しがっているわけか。
僕は思わずホアンさんと顔を見合わせて苦笑する。
「何か言われたのか?」
「……ウウン。ミテ、ワラッタ」
僕はポンの頭を抱え込んで優しく言った。
「そりゃ、僕も見通しが甘かったな。
流石は歴戦の英雄だ。
そう簡単に監視もさせてくれないか」
「……クゥン」
「大丈夫。悔しいだろうけど、ポンは立派に役目をはたしてくれてるよ」
僕の言葉にポンが顔を上げる。
「監視の目的は、ヴェインを好き勝手に動かさせないことだからね。
ポンの存在はちゃんと牽制になってるよ」
「……デモ」
「ああ。次は完璧にこなしてヴェインに目にもの見せてやろう。
僕らはまだひよっこなんだ。
負けたからって一々落ち込んでる暇はないぞ?」
僕の言葉にポンは考え込み、そして思い出したように笑った。
「ミレウスモ、マケタ?」
苦笑する。リカント族のカーンに負けたことか。
「ああ。手も足も出ずに負けた。
一緒だね?」
「バウ! イッショ!」
ポンの機嫌が直ったのを見計って、ホアンさんがそっと口を挟んだ。
「とは言え、ヴェインがこのまま手を出してこない保証もない。
ポン君の監視はいったん引き上げるかい?」
「そうですね……」
悩ましい。
放置するにはヴェインは不確定要素として大きすぎる。
それこそこちらに引き込むことができれば……
「……実はハインツさんから聞いた話なんですが――」
かつてヴェインが中央軍に所属し、そこで宰相と対立し軍を辞したという話を伝える。
ホアンさんはその話に表情を明るくした。
「いいじゃないか。要は宰相と敵対してたってことだろう?」
「まぁ、恐らく……」
「それなら、彼もこちらに引き込んでしまえばいい」
懸念が一つ解決したね、とホアンさんはホッとした様子だ。
言っていることは分かるし、僕もそのことは考えた。
「……何か問題でも?」
僕が消極的なのを見て取ったホアンさんが不思議そうにする。
僕は慎重に言葉を選びながら答えた。
「僕らと宰相は現状対立していて、ヴェインは過去に宰相と対立していた。
敵の敵は味方、と言いたいところなんですが……その保証はありませんよね?」
「そりゃそうだけど。
領主だの森の民だの巻き込んでおいて、今更そこを気にするのかい?」
「それはそうかもしれませんが……少なくとも領主も、森の民も、彼ら自身に僕らと手を組む理由がありました。
翻ってヴェインはどうでしょう。
リスクを冒してまで僕らと手を組む理由がありますかね?」
「ふむ……」
僕らの作戦が、誰の目から見ても確実に成功するようなものであればいい。
だが客観的に見て失敗の可能性は多分にある。
そしてもし失敗すれば中央政府がより苛烈な対応に出てくることも考えねばなるまい。
(『へっ、宰相の野郎に一泡吹かせられるなら、幾らでも協力してやるよ』とか、カッコいい主人公ムーブしてくれるかなぁ?
全部僕の考え過ぎで、頼んだらあっさり仲間になってくれるなら、それが一番なんだけど)
僕らがどうしたものかな、と頭を悩ませていると、部屋の外が少し騒がしい。
「バウ?」
「……何かあったのかな?」
しばらくすると、軽快な足音とともに声が聞こえてきた。
「……ン! ホアンはいるか!?」
姿を見せたのはハーピー族の戦士長、キリルさんだ。
ここしばらく行動を共にし、一番親しくなったホアンさんが応対する。
「キリルさん。どうしたんです、そんな慌てて?」
「ホアン! おお、お前たちも一緒だったか、ちょうどいい」
彼女は僕らを見て一瞬だけ表情を輝かせると、すぐにそれを真剣なものに戻して続けた。
「ヴェインが攻めこんできた」
その言葉の意味を理解するのに、僕らは数秒の時間を必要とした。
そして。
『…………はい(バウ)?』
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